第16話 おっさんたちはキレる。

「逝くか、スズキよ」


「まだだ。俺たちの有終の美を飾るには、まだ足りない」


 魔王に促されるかのように、闇の勇者はぼろぼろになった黒いローブを脱ぎ捨てた。


 未来世界の義体とやらは、人工皮膚があちこち剥がれて下地の金属が見えているし、その金属も劣化しているのが見て取れる。


 この異世界に来て100年以上メンテナンスもしていないだろうから、経年劣化でこうなってしまったのだろう。


「………お前たちはなにがしたいんだ」


 ジューンは大剣を担ぐように肩に置き、ため息混じりに尋ねた。


 壁も天井も失われた広間には夜風がビュオオビュオオと吹き付けてくるが、ジューンの重い声は不思議と全員の耳に入った。


「人間支配に世界征服……それが本当の目的か? さっきから有終の美だとかなんとか言ってるし、どうも腑に落ちない」


 戦闘態勢ではないジューンの言葉に、魔王アルラトゥと鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサスは顔を見合わせ、少し頷きあって闇の勇者が喋りだした。


「簡単な話だ。俺はもうじき死ぬ。だからこの異世界に復讐する。それだけだ」


「はぁ? 全然わからないんだけど」


 コウガがクレームを入れる。


「………いや、だから。俺の身体を見れば分かるだろうが。この世界で俺の義体は維持できないから、もうすぐ機能低下して死ぬ! 元の世界にいればもっと長生きできたものを、だ!」


 三人のおっさんたちからすると100年位先の未来では、人はそれだけ長生きできるらしい。


 三人とも、何の承諾もなしに異世界に呼び出されて戦えと言われる理不尽さは感じた。だが、この三人はこの世界に順応した。


 闇の勇者は順応できないまま100年前後この異世界で過ごし、本来得られたはずの長寿も得られなくなった。だからこの世界を恨んでいる、ということだろう。


「はて? 君を呼び出したのは、さっきからイチャついているそこの魔王ではないのか?」


 セイヤーもツッコミを入れる。


「違う。俺を呼んだのはジャファリ連合国だ」











 百数十年前。


 鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサスは、西の大国ジャファリ連合国に召喚された。


 その頃、文明や理知が乏しい亜人や、少数しかいない割に強大な力を持つ魔族たちの領域は人間から無視されており、東西南北の四大国家は自領土拡大のために、互いに人の領土を取り合って争っている時代だった。


 そんな中、ジャファリ連合国は伝説の勇者の力で他国を制圧することを画策した。


 御伽噺のような手段ではあったが、召喚の儀を執り行ったら、本当に異世界から人間が現れた。


 それが鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサスだ。


 彼は重力を操れるという勇者特性に早く気がつけたので、有無を言わさず戦わされた。


 彼の活躍は連戦連勝。まさに一騎当千の戦果を上げた。


 ジャファリ連合国が彼を呼んだことにより、それまで均衡を保っていた各国のパワーバランスは崩れた。


 ジャファリ連合国に対して敗退を繰り返した東のリンド王朝、北のディレ帝国、南のアップレチ王国は「勇者」の存在に気が付き、戦々恐々とした。


 そして、ついには自分たちも勇者を召喚することになった。


 ………おそらく、時代的にはその中のひとりこそ、亡霊になって妖精女王ティターニアに取り憑いた旦那だろう。


 ジャファリ連合国 対 他三カ国の戦い。


 つまり、勇者一人対三人の戦いだった。


 先に鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサスを召喚していたジャファリ連合国であっても多勢に無勢………時間と共に形勢は逆転していく。


 そこでジャファリ連合国は、勇者に頼らないで敵国を殲滅できるとんでもない手を使った。


 ドラゴンの幼体を餌にし、ドラゴン族の集団暴走スタンピードを引き起こそうと企んだのだ。


 親子の情が深いドラゴン族の習性を利用し、幼体を誘拐し、敵対する各国に連れて行く。そこにドラゴンたちが攻め入って形勢逆転を図る────当初はそういう目的だった。


 だが、目論見は序盤で破綻する。


 ドラゴン族は予想外にも他国に行かず、まっすぐジャファリ連合国を襲撃し、一夜にして国は滅ぼされてしまったのだ。


 ドラゴンはトカゲではない。人間、いや、魔族よりも神に近いと言われている高位生命体だ。彼らは人間の浅はかな計略を見破り、自分らの子を攫った者たちを許しはしなかったのだ。


「国を失った俺は三大国家の勇者たちに捕らえられ、殺されかけた。なんとか逃げおおせた俺を救ってくれたのは、このアルラトゥだ。そうさ………この異世界で俺を戦力としてではなく、ちゃんと人として扱ってくれたのは彼女だけだった!」


 二人は見つめ合い、またチュッチュと粘液交換を始める。


「………」


 イチャコラする未来人を眺める三人のおっさんたちは、何回もわざとらしい咳払いをして話の続きを促した。


「………俺たちは惹かれ合い、愛し合った。もう戦わずこのまま彼女と添い遂げようとも思ったさ! だが俺は! 俺を呼び出した挙げ句に殺そうとしたこの異世界の人間たちを許せなかった! だから! 彼女と共に魔族を率いて戦いを起こした! しかしもう遅かった! 俺の義体寿命は限界だ! ────せめて最後に、お前たち人間の勇者を道連れにして俺たちは死ぬ!」


「「「俺たち関係なくない?」」」


 おっさんたちは不平不満を漏らした。


「お前を痛めつけたのは百年前の勇者だろ? 俺じゃないぞ?」

「余生を幸せに過ごしたらどうだ? 私ならそうするが」

「てかさ、復讐する相手はあんたを呼び出した国でしょうが。僕関係ないじゃん」


「復讐するべき国は滅んだ! なら、俺を苦しめたマジ卍な【勇者】に復讐する!」


 突然出てきた「マジ卍」というパワーワードに三人のおっさんたちは白目を剥いた。


 百年後の世界ではマジ卍という言葉が、こんなシリアスな場面でも使われるようになってしまうのか、と。


「妾は惚れた男と添い遂げる。たとえ魔族や亜人から忌み嫌われようとも。それが妾の愛だ」


 魔王アルラトゥは物悲しそうに笑みを浮かべた。


 それを見た三人のおっさんの空気が一変した。


 三人の表情から呆れたような気だるいものが消え失せ、明確に「怒り」が満ちる。闇の勇者どころか魔王ですら硬直するほどの怒気だった。


「惚れた女にそんな顔させてんじゃねぇぞ、この野郎」


 ジューンは大剣をブンと振った。


 怒っている。


 性格どストレートなジューンは、鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサスのやりように激怒していた。


「無差別な復讐などガキのすることだろうが」


 セイヤーもキレていた。


 時代も異なる無関係な者たちがこの戦争でどれだけ血を流したことか。


 それを思うとキレずにいられなかった。


「きさん、しゃーしかったい!! ぼてくりこかすぞ!!!!」


 コウガもキレていた。


 ジューンとセイヤーが理解できないようなお国言葉方言が飛び出してしまうほどに。


「「「簡単にやられると思うなよ」」」


 おっさんたちはそれぞれの武器を構えた。











「どういうこと?」


 ジューンの連れである宮廷魔術師クシャナは目をしかめた。


 辛辣な女たちに囲まれても全く心折れない上位魔族のイーサビットは「魔王城の天守閣が倒壊したとの情報が飛んできた」と同じセリフを繰り返す。


「まさか勇者たちは魔王城で戦闘しているのではないか?」


 旧神ティターン十二柱の一人、法と掟の女神テミスは露出過多なビキニアーマーの下にある超乳をゆっさゆっさと動かしながら、この場にいる全員を見た。


 ディレ帝国第二王女のエヴゲニーヤ………愛称エーヴァは「セイヤー様のもとに馳せ参じなくては!」と語気を荒げたが、このメンツの中ではもっとも一般的な人間であり、なんの戦闘力もない。あるのは次期女王であるという強大な権威だけだ。


「いやいや王女様。どうやって行くって言うんですか。ここから相当あるんですよ?」


 エーヴァの、いや、セイヤーの侍女であるエカテリーナが苦言を呈する。


 感情だけではどうにもならないことがあるのだ。


「そうですねぇ~。このシュートリアの町からだと数百キロはありますしぃ~………ちょっと今から参戦するのは、むずかしいですねぇ~」


 相変わらず間延びした口調と、のほほんとした顔ではあるが、傷だらけの筋肉に包まれたダークエルフ族の将軍ヒルデは「困りましたねぇ~」と首を傾げる。


「転移魔法を使える人はないんですか!」


 エフェメラの魔女ツーフォーはヤンデレ気味な狂気をはらんだ表情で叫ぶ。


「使えたとして、魔王城は魔法阻害の強烈な術式が組み込まれているので、転移したと思ったら石の中、とかありえますけどね」


 魔族の一般人エリゴスはあきらめモードだ。


 冒険者の猫頭人身族ネコタウロスミュシャは「どうにか手段はない?」とブラックドラゴンのジルに尋ねる。


「お主ら、愛する男を信じて待てばよかろうに。そもそも奴らが心配するようなタマか」


 ジルが半笑いで言うと、女たちは「そうよね」と全員納得した。


「え……え~?」


 イーサビットは急に落ち着き払った女たちの態度についていけず、困惑するだけだった。

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