第15話 おっさんたちは魔王と出会う。
魔王の間。
その直前にある巨大な扉前で、セイヤーとコウガは「うーん」と唸っていた。
残す所は結構ダメージを与えた闇の勇者と魔王だけなのだが、すぐに攻め入れない理由がある。
ジューンがまだいないのだ。
「私たちは各国の代表ということになっている。魔王討伐は国家の威信みたいなものを背負っているはずだ。つまり、ジューンが魔王討伐に参加していないと、彼の所属しているリンド王朝は他国に対して威信が落ちる。戦後のことを考えると三人揃って叩きに行くべきだと考えるが」
セイヤーは長い間会社の経営に携わっていたので、こういうヒエラルキーに対して敏感なのだ。
だが、コウガは違う。
堅実な半官半民のような大手企業に努めているサラリーマンではあるが、宴会要員みたいなところもあり、経営畑とは無縁だ。
だから「ジューンもその場にいたことにすればいいじゃんか」とラフに考える。
「急ぐ理由があるのか?」
「あるよ。さっきの闇の勇者が回復する前に倒してしまいたいじゃんか」
「ふむ……ジューンも一緒に魔王を倒しましたと、口裏を合わせられるほど、彼が器用に
「あー、そうだね。あの人、バカ正直に『俺は魔王と直接戦っていない』とか公の場で言いそうだからねぇ。うーん。強制的にここに連れてくる魔法とかないの?」
「君は私をド●●もんかなにかと勘違いしていないか? ………できるな」
「できるんかい!」
セイヤーが手をパンと叩くと、目の前に歩いている途中だったジューンとティターニアが現れた。
「!?」
ジューンとティターニアは何が起きたのかわからずキョトンとしている。
「すまん。時間が惜しかったので強制的に転移してもらった」
セイヤーは軽く頭を下げる。
「あ、いや。ありがたい。こちらは四天王の一人で妖精女王のティターニアさんだ」
ジューンが紹介すると、ティターニアは王侯貴族の淑女のように優雅に会釈した。
「って、ヴィルフィンチがいないな」
ジューンが見る先にいるのはセイヤーとコウガ、そしてアッシュヘッドしかいない。
『私はここよー』
コウガの金色の軽鎧が喋りだす。
「……なにがあったのか聞くべきか?」
「いや、さっさと魔王を倒そう」
「はいよー!」
魔王の間。
その巨大な扉をコウガが押し────開かない。重すぎてピクリともしない。
「ジューン、代わって………」
「あ、ああ」
小柄なコウガが横に退いた瞬間ジューンが扉を蹴り飛ばすと、鋼鉄の分厚い扉は蝶番の部分から弾けて、魔王の間にものすごい勢いで飛んでいく。
その鋼鉄の巨大扉は、空中に現れた闇の壁に叩き落とされた。
闇の勇者「鈴木・ドボルザーク・
謁見の間とも言うべきか。
広間の中央奥には数段高い所に玉座があり、闇の勇者がそこに座す者の傍らに立っていた。
玉座に座る者。
三人のおっさんたちはその姿に息を呑んだ。
こめかみから天を貫くかのようにそそり立つ巨大な二本の角は、赤から黒へとグラデーションしていて、玉座の数倍の大きさにもなる漆黒の翼は、普通の魔族が持っている被膜ではなく鴉のような羽根だ。
全身からあふれる威厳と貫禄。
そしてその乳の大きさたるや、黒曜石のような漆黒の鎧が下から持ち上げているせいで、計り知れない魔乳と化している。
さらにその顔にはまるで現実感がなく、まるで彫刻、いや、アニメか漫画かフルCGのゲームに出てきそうなほど美しい。
とうに異性への欲が渇れているおっさんたちですら呆然と見入ってしまうほどの美女だ。
魔王アルラトゥ。
当代の魔王であり、人間を下等と罵り世界支配に動いた元凶である。
「勇者たちの案内、ご苦労であったな四天王の妖精たち」
凛とした声にまで威厳が篭っている。
「下がっておれ。それとも、永劫の苦しみを味わいたいのか?」
「いいよ。ありがとう。下がっていてくれ」
ジューンが促すと、ティターニアとアッシュヘッドは恐る恐る広間から出ていった。
コウガの鎧と同化しているヴィルフィンチだけは何食わぬ感じで鎧を模し続けているが、魔王はそれに気がついているのかどうか………。
「妾の勇者をよくもいたぶってくれおったな」
魔王アルラトゥが立ち上がる。
ハイレグ気味な下半身の露出が、無骨な黒い鎧との対比で生々しい。
そして巨大な剣を悠々と片手で構える。
「これは邪聖剣ニューロマンサー。天使も悪魔も切り捨てたと言われる我ら魔族の秘剣………勇者と言えど、ただではすまんぞ」
ジューンも大剣を抜いた。
「これは
「なにを言うかと思えば………妾と戦わずして勝ちを収めるつもりか?」
魔王アルラトゥの姿が突然ジューンの眼の前に現れたかと思うや否や、ジューンの身体は大剣をまともに受けて広間の端の壁にまで吹っ飛ばされていた。
「!」
セイヤーが
コウガは「あ、やべ」と思ったが、魔王からではなく、闇の勇者から攻撃を食らった。
黒い蛇のように動く質量を伴った重力の坩堝は、大きく撓ってコウガの身体に叩きつけられた。
小さな体は一度天井に叩きつけられ、床に落ちてバウンドした。
一瞬。
ほんの一回瞬きできるかという一瞬のうちに、三人のおっさんたちは叩き伏せられた。
「当代の勇者とはこんなものだったか。杞憂であったのぅ、スズキよ」
そう問われた闇の勇者「鈴木・ドボルザーク・
「アルラトゥ……無駄だ。俺たちの攻撃は通じていない」
その言葉の通り、三人のおっさんたちは「よっこらせ」と立ち上がる。
「おぉ、痛ぇ」
ジューンは自分の首に手を当てた。
薄っすらと赤い線が入っている────邪聖剣ニューロマンサーに切りつけられた部分だ。
弛まぬアホのような身体を強化する努力の結果、ジューンに怪我一つ負わせるのは、不可能ごとと言ってもいいほどに鍛えられていた。
おそらくジューンがまとっている真紅の衣よりも、ジューン自身の肉体のほうが柔軟で硬質、そして破壊不可能だろう。
「今の攻撃、なかなかのものだ」
幾重にも切り巡らせた魔法障壁で邪聖剣ニューロマンサーの斬撃を無効化したセイヤーも立ち上がる。
「死ぬかと思った!」
青ざめながらコウガが立ち上がる。
コウガの場合はヴィルフィンチたる鎧が闇の勇者の攻撃をすべて受け止め、運動エネルギーの殆どを受け流しつつ、コウガの身体が天井と床に叩きつけられてバウンドしても怪我一つ負わないように、姿勢コントロールまでしてくれていた。
そしてコウガに対する攻撃は即座に魔王アルラトゥたちに対して、数倍の不幸として返っていく。
三人があちこちぶつかったせいで広間の壁や天井には亀裂が入り、とてつもない土砂崩れとなって魔王と闇の勇者を飲み込んだのだ。
が、その不運返しを魔王と闇の勇者は更に受け流した。
闇の勇者が崩れてきた土砂をブラックホールに吸い込んでしまったのだ。
「ふん。こうなってしまえば我が城も瓦礫のようなものよのぉ」
魔王アルラトゥが大剣を振ると、剣圧で城の上半分が吹き飛んだ。
夜空と血のような月明かりが見えるようになり、まるで天空の塔の頂にいるような風景になってしまった。
「美しい夜じゃ」
魔王アルラトゥは恍惚と夜空を見上げた。
「お前様と逝くには相応しい夜じゃ」
アルラトゥは闇の勇者を抱き寄せ、その機械的な目元を気にすることなく、唇に吸い付いた。
ナメクジが這い合わさり、粘膜と粘膜が溶け合って同化してしまうかのような、長く絡み合う接吻だった。
突然行われ始めた情事を見せつけられた三人のおっさんたちは、呆然とする他なかった。
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