第14話 努力のおっさんはフラグを踏み抜く。
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あらすじ
強運の勇者コウガの鎧に白雪姫ヴィルフィンチ(魔法の鏡)が合体したぞ!
天才の勇者セイヤーと灰かぶり姫アッシュヘッドも加えて、4人は闇の勇者を追う所だ!
その頃、努力の勇者ジューンは………
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その頃、努力の勇者ジューンは、御茶会の真っ最中だった。
白いテーブルクロスが掛けられた丸いテーブルにはティーセットとケーキスタンド。
セレブなご婦人方でもいたら「うふふ、おほほ」とか「ざますわねぇ」とか言いそうな金持ち臭がする。
「どうぞおかけになってください」
妖精女王ティターニアに促される。
背後霊に成り下がった元勇者を剣で吹き飛ばしたジューンは、
「いや、そんなことより、今、白雪姫が消えたんだが?」
突然魔法陣が現れてヴィルフィンチが消えたというのに、ティターニアは平然としている。
「気にしなくていいと思います。あれはアッシュヘッドが強制転移させただけですから。きっと大したことはございませんわ。それとも、ヴィルフィンチが一緒でないと落ち着かないとか? あら、いやだ。貴方様はヴィルフィンチがお好きなのかしら?」
「いや、お茶をいただこう」
それは否定の意味も込めた言葉だったが、ティターニアは薄く笑うだけだ。
妖精の言うこと、やることはよくわからない。
「どうして私が魔王直下の四天王になったのかを語るには、かつて異世界からやってきた勇者について話す必要がありますわ」
「手短に頼む」
渋々テーブルに付いたジューンが、ティターニアが用意した紅茶をすすってみると、なんとも言えない落ち着いた幸福感に包まれて、ほっと一息ついた。
『………てか、俺は妖精の女王と茶なんぞ飲んどる場合か?』
緊張感のなさに違和感を覚える。
その頃、セイヤーとコウガは「ジューンを助けに(御茶会に混ざりに)行くべきか」「魔王ぶっ殺しに行くべきか」と緊張感のある議論を交わしているのだが、ジューンの耳には入ってこない。
ティターニアは紅茶を優雅に飲みながら背後霊について語ってくれた。
昔、まだ彼がこの世界に来たばかりの頃は、本当にいい人だった、と。
異種族でも二人の間には愛があり、いつしか二人は結ばれ、それからは長い年月を一緒に過ごした。
世界中を旅し、日常を楽しみ、平和に過ごした。
しかし勇者と言えど人間だ。妖精の永遠とも思える寿命とは釣り合わず、勇者は老衰で天寿を全うした────悲劇の始まりはそれからだ。
勇者は死んでも成仏せず、その魂をアストラル体という一種の霊体にしてティターニアに取り憑いたのだ。
最初の頃は死して尚一緒にいてくれる勇者の愛に感動していたが、それも度を越すとジャマなだけである。
風呂はもちろん、トイレ(妖精でもトイレには行くらしい)や就寝中………とにかく亡霊という職業(?)は暇すぎて、四六時中話しかけてくる。
亡霊は存在する次元が異なるらしく、こちら側の物質に触ることが出来ない。そのため「本でも読んでてよ」と言うこともできないらしい。
では「見るだけ」なら暇つぶしできるだろうと、妖精たちを使って舞台演劇もやってみたが、眠らない亡霊相手に24時間365日、劇団に演じさせ続けるなんて不可能だし、そもそも背後にくっついて離れないから自分も観劇しなければならなくなる。いくら妖精でもそんな生活が出来るはずもない。
終いには亡霊と化した勇者は、暇を持て余しすぎたのか性格も変わってしまい『お前も早く死んであの世で一緒になろう』など女々しいことを言い出した。
「百年の恋も冷めまくりです」
そう言いながらティターニアはクッキーやケーキを次々とテーブルに出す。
「そのお菓子、一体どこから出してるんだ………」
おっさんとしては甘いものよりもスルメとか柿ピーを出して欲しいところではある。
「ふふふ、わたしの血統魔法は亜空間に物を収納して自由に出し入れできる、というものなのです」
「あぁ」
セイヤーがやっていたものと同じか、と納得する。
ティターニアは話を続けた。
いくら死を願われても、不老不死である妖精女王は、なにをしても死ねない。
むしろ、最初は死ぬ気はさらさらなく、この亡霊をどうにかして浄化できないかと様々な手を使った。
だが、亡くなった勇者のアストラル体とかいう亡霊は、どんな手を使っても成仏してくれない。腐っても、いや、死んでも勇者だから、並の方法では浄化できないと諦めるまで四半世紀かけたらしい。
その間、毎晩毎晩『はやく死のうよー』と言われ続けて、睡眠不足とストレスでノイローゼになったティターニアは、この苦しみから逃れるには「どうにかして私が死ぬしかない」と思うようになってしまったらしい。完全に精神的な病だ。
だが、自害はもちろん、他人に殺してもらおうとしても、不老不死のティターニアは死ねなかった。刺されても斬られても燃やされても沈められても固められても………なにをしても彼女は平然と生還する。この世界の
こうなったら、この世の
「というわけで四天王になりました」
「長い話だったが、死なずに済んで良かったな」
ジューンが亡霊を散らしてくれたおかげで死ぬ必要はなくなったのだ。
「はい、ありがとうございます。どうやって存在次元の違うアストラル体を剣で消滅できたのかは分かりませんけど………なんにしても、これで亡き夫の亡霊に悩まされることなく次の恋を成就できます」
「なぜ俺の手を握る?」
「次の恋ですから」
ティターニアはジューンの手を自分の胸に押し付け「はぅん」と甘い息を吐いた。
「妖精の貞操観念と恋愛脳はどうなってるんだ」
手を引っ込めながら問うと、ティターニアは薄く笑った。
「妖精王オーベロンと元勇者は過去の男。バツなんていくらついても幸せならいいんです! それに次は3度目の正直!……あれ? 死別はバツに含まれるんですかね?」
「知らんがな………てか、いいか、よく聞いてくれ。君は自分の意志で俺に惚れたんじゃない。勇者には異性を魅了してしまう特性があるらしく、そのせいなんだ」
「妖精に魅了が通じるわけ無いですわ」
ティターニアはからからと笑う。
魅了とは妖精の専売特許で、どんな魅了魔法でも妖精を洗脳することは出来ない。それがこの世の理なのだそうだ。
「いや、その【この世の理】をガン無視するのが勇者なんだろう?」
「私は確固たる自分の意思であなたを夫にするつもりです」
「まてティターニア。俺の意思が介在していないぞ」
「そうでしたね。あなたのお心を無視して迫るなど、妖精の風上にも置けないメンヘラだと思われてしまうではないですか。反省反省」
ティターニアは「てへぺろ」してみせる。かわいい。かわいいんだが………。
「今、メンヘラって言ったか!?」
「はい、元亭主から教えていただいた異世界の言葉です」
「あぁ…………ん? んー?」
ジューンは頭を抱えた。
老衰で死ぬほどこの異世界で年を食った先輩勇者は、当然、勇者特性を持っているからこの異世界では100年を超える寿命があったことだろう。
と、すると………約100年前にこの異世界に召喚された勇者たちは、一体いつの時代の日本からやってきたのか。
この異世界と日本の時系列が同じなら「100年以上前の日本から来た」というパターンが一番納得できるのだが、だとしたら今の「メンヘラ」というワードの存在が、その答えを否定する。
100年以上前の日本にメンヘラなどというネットスラングがあるはずがないのだから。
「なぁ女王。あんたの元亭主は俺の世界、いや、えーと、あんたたちが言う所の『異世界』で、いつの時代から来た、とか聞いたことはないか?」
「申し訳ありませんが、聞いたところで理解できないものだったので覚えておりませんが────勇者は異世界の様々な時代からやってくると聞いています」
「んー? 今回俺たち三人は全く同じ時代から来て────」
ジューンは言葉を止めた。
本当にそうだろうか。
年齢は全く同じだったが、見ていたTV番組などの共通項については話をしたことがない。
違う時代の40代のおっさんである可能性も、ありえなくはないのだ。
「さて、同じ時代、同じ世界、同じ時間軸……どうなんでしょう? 私は勇者召喚の儀に詳しくないのでお役に立てなくてすいません。死んでお詫びします」
「いやいやいやいや! もう死ぬ必要ないだろ!? それくらいのことで死のうとするなよ」
「死にたい癖がついてしまいまして………」
「いいかい女王。あんたが簡単に死のうとしている命は、誰かにとっては欲しくて欲しくてたまらない命でだな………」
ジューンはどこかで聞いたようなセリフでティターニアを説得しようとしたが、ティターニアはそっけなかった。
「よくわかりませんが人は人、私は私です。その人が死にかけているのは私のせいではありませんし、私が私の命をどう扱おうが私の勝手です。それを無駄遣いだと思うのなら、短命な自分の運命を呪いながら勝手に羨めばいいと思います」
「………」
ジューンは相手を論理的に納得させる説教が苦手だ。
こういう場合、おっさんによって「死んだらダメだ。とにかく死んだらダメなんだ。理由は死んだらダメだからだ!」と感情で説教をしたがる者と「死に方を選ばないと大変だよ。事後処理のことや残された家族のことを考えたら死ぬのは得策ではない」と理性に訴える者に大別できる。
中には「あっそ。俺には関係ないし、死ねば?」と簡単に見捨てる者と「ふーん、そう、大変だねー。死ぬ前にセックスしよう」というクソ野郎もいるが、それらはイレギュラーだ。
ジューンは完全に感情型だ。
だから上辺だけの言葉より何より、どストレートな「感情」をむき出しにすることにした。
「とにかく俺は死にたがるやつは嫌いだ」
ティターニアはなにか反論しようとしたが、ジューンの強い眼差しを受けてうつむいた。
「わかりました」
ティターニアはグッとなにかを覚悟した顔になり、ジューンを見据えた。
「私は死にません」
「あ、うん」
御茶会なのに話題が重い。
ジューンは「早く魔王を倒して帰りたい」と心の底から思った。
「私が死なないんだから、あなたも死なせません」
妖精女王はジューンの首筋に軽く口付けをした。
妖精流の挨拶か親愛の印だろう。
「はは、ありがとう。じゃあ、俺はそろそろ魔王討伐に行く」
ジューンは妖精女王からもらった今の口づけが、なにかのフラグになっているとは気付きもしなかった。
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