第13話 おっさんたちはラストバトルに向かう。
ラプンツェル一家をやりこめたコウガは、一人てくてくと魔王城の中を歩いていた。
伊達に小柄なのではない。歩幅も狭いので、広い魔王城を往くのは骨が折れる。
しかも中年になってからというもの、長時間歩くと足の土踏まずの血管がぶちぶち切れるような痛みがある上に、履いているのはスポーツシューズなどではなく鉄のグリーブだ。クッション性もないので痛さ倍増である。
「しんどい………」
おもわずぼそりと愚痴ってしったコウガの前にあるのは、延々と続く薄暗い通路。
そこの角から何かが飛び出してきそうな気配。
薄く開いたドアの隙間からこちらを見ている気配。
天井を何かが這い回る気配。
壁にかけられた何かの肖像画の目線が動く気配。
聞こえてくるのは何者かが荒々しく息を吐く気配。
いい歳したおっさんだが、あえて言おう────超怖い、と。
なんせここは異世界で、しかも魔王の城だ。亡霊や怪物が存在しない日本ですらこの手のホラー映画は怖いというのに、亡霊や怪物が普通に存在しているこの異世界で怖くないはずがない。
薄目を開けながら、ビクビクオドオドと進んでいくと、先のほうが明るい。
ああ、やっと出口だ!と思いつつも、やはりビクビクオドオドと、そっと光の先を覗き込む。
そこではセイヤーと、見覚えのない黒衣の男が対峙していた。
セイヤーが光線を放ち、黒衣の男が黒い盾でそれを受けつつ反撃でセイヤーを蹴り飛ばす。
蹴られたセイヤーが魔法障壁のいくつかを割られながら吹っ飛ばされ、硬そうな壁に激突すると、その衝撃で城が揺れて壁が崩壊する。
「うわぁすげぇ」
思わずそんな語彙力の欠片もない言葉を口に出してしまうほど、その光景は子供の頃に見ていたアニメや漫画の「異能バトル」そのものだった。
『あのロン毛のおっさんが一番勇者してるよなぁ』
ジューンの場合はすごすぎて活躍の度合いがさっぱりわからない。剣が光ったと思ったら敵が消滅しているパターンだからだ。
『ん?』
コウガは部屋の奥の方に灰かぶり姫………アッシュヘッドが倒れ伏しているのを見つけた。
『殺られたのか? いや、ちょっと動いてるか。うーん、助けないとヤバイかなぁ?』
黒衣の男は、真っ黒な壁のようなものでセイヤーを四方から閉じ込めるが、その箱は光の亀裂を生じて爆散する。
散り散りに飛んでくる黒い破片を避けながら、黒衣の男はセイヤーに拳を叩きつける。
その拳は完全に機械の手で、当たれば相当痛そうだが、セイヤーに届く前に拳は目に見えない壁に弾かれる。
『うん、ヤバい』
伏していたとしても。
それが妖精だとしても。
魔王直轄の四天王の一人だとしても!
女の子をこんな超常のバトルの巻き添えになりそうな場所に転がしてはおけない。
強運であるというだけで何の能力もないコウガだが、倒れた女(妖精であっても)を救おうという気概はある────気概はあるが、こそこそと壁際を擦るようにして移動する。
これも強運と言えるのかどうかはわからないが、とにかくコウガはアッシュヘッドの元に辿り着けた。
「おーい、灰かぶりさんよ。大丈夫かい?」
「う………あ、小さいおっさん………」
「うるせぇよ。さ、早く。あの化け物たちの戦いに巻き込まれないうちに逃げよう」
「くっ………ヤラレっぱなしでこの私が逃げると思ってんの?」
アッシュヘッドは憎しみを思い切り顔に出した。
「けど私の力だけでは難しいかもしれないから、あんた、力を貸しなさい!」
「えー、僕弱いよ?」
「いいから! こう唱えて………鏡よ鏡! どこにいるか知らないけど私の召喚に応じて出てきなさい! サラガドゥーラ! メチカ! ブーラ! ティンティンプイ! プイ! はい、言って」
「え、なに? チンチンぷいぷい!? 何語!?」
「あんた、やる気なしね……」
「いやいや、即興で言わせるにはセリフ長くない?」
「いいから早く言えボケ! ああ、もういい! あんたとは相性悪い! 強制転移!!」
アッシュヘッドは魔法陣を空中に広げた。
その魔法陣から白雪姫たるヴィルフィンチがポンと現れる。
「はぁ!? どういうこと!?」
ジューンと共にいたはずのヴィルフィンチは強制的にアッシュヘッドの前に転移させられてきた。
アッシュヘッドとしては、ヴィルフィンチを呼んだことで闇の勇者に対抗できると思ったのだ。
なんせこちらは魔王四天王のうち2人の妖精が揃い、勇者も二人いる。
逆に言えばそれくらいいないとアレには勝てないと思っている。
「こざかしい!!!」
鈴木・ドボルザーク・
「!」
セイヤーは魔法の壁でそれを一纏めにして奮闘しているが、いつまでも保つ感じはしない。
「コウガ! 逃げろ! やつは冗談ではなく強い! 闇の勇者だ!!」
セイヤーの声にアッシュヘッドはこちら側の敗色が濃くなったと感じ、舌打ちしながらヴィルフィンチの背中に触れた。
「鏡よ鏡、世界でいちばん小さなおっさんの勇者の力となれ」
「は?」
ヴィルフィンチが訝しげにアッシュヘッドを睨みつけるが、その顔は金色のスライムのような流動体になっていく。
「ヴィルフィンチの正体は魔法の鏡そのもの。彼女は魔法の鏡を支配して同化した永久の妖精なのよ」
「………もしかして世界でいちばん小さいおっさんって僕のこと? 160センチはあるんだけど!?」
「違うわよ。世界でいちばん小さなおっさんの勇者、よ」
服や装飾品と同じく、肌も顔も髪もすべて金色の流動体となったヴィルフィンチは、ぬるぬるとコウガの軽鎧に同化していく。
なにがどうなったのかわからないが、コウガの軽鎧は、前より一層輝かしく、装飾も豪華なデザインになった。
「まるでバトル漫画で主人公が途中で新しくて強い武器を手に入れた時みたいな感じ?」
「何言ってるのかわからないけど、いいこと? ヴィルフィンチを使う時は【鏡よ鏡】って唱えるのよ。私はあの人のサポートに回るわ!」
アッシュヘッドはひらひらのスカートを羽根のように広げて飛び上がると、瞳にハートマークを浮かべながら「私が来たからもう安心よダーリン!」とセイヤーにホッペチュウしようとした。
「やめんか!」
セイヤーはガチで怒鳴る。このタイミングで魔法が使えなくなったら即死だ。
「もういけず。あとでたっぷりお願いよ!」
アッシュヘッドは魔法陣を生み出し、ネズミの大群を生み出した。
「召喚獣、ビッグホーンマウス! 私をぶっ叩いた闇の勇者を食い殺しておしまい!」
「チッ」
闇の制御以外に余念がなかった闇の勇者「鈴木・ドボルザーク・
一匹のネズミがツノをその腹に突き刺した時─────カキーンと金属音がこだました。
「!」
次の瞬間、ネズミたちは闇に飲まれて消えていったが、闇の勇者は腹に穴が空いて、機械化された銀色の腹部が見えていた。
「なにあれ」
アッシュヘッドは青ざめている。
「くっ、4対1でも優勢になれないなんて………ってか、そのうち2人はなにもしていないじゃないのさ! ちっさいおっさん! 働け!」
アッシュヘッドはコウガに向かって怒鳴る。
「はいはい。じゃあ白雪姫、あの黒いの倒してきて」
『人の話聞いてた? 私に命令する時は────』
「あー、忘れてた。おっさんになると物忘れが………」
『いいから! 空気読んで! はよ!』
「はいはい。鏡よ鏡。あの黒いの倒してきて!」
軽鎧から金色の丸い服飾が離れ、目の前に浮かぶ。
1、2、3………合計7つの球だ。
『七人の小人たちにに命令よ!
黄金の軽鎧と化したヴィルフィンチが指示したとおり、金色の球たちはそれぞれの名前にふさわしい働きをした。
硬質な小さな球が、死角から凄まじいスピードで、鈴木・ドボルザーク・
球の強度がどれほどのものかわからないが、2100年生まれの身体は金属部分を攻められて無残に火花を散らす。
「ジャマをするなあああああああああ!!」
闇の強大な質量がコウガ(と鎧化したヴィルフィンチ)を襲おうとするが、
「なに………zzzz………はっ!? へっぶしっ!!……zzzz………くっ、なんだこのくしゃみと眠気は!」
鈴木・ドボルザーク・
眠い上にくしゃみが止まらないなど、地獄の拷問だろう。
集中力を欠いてしまった鈴木・ドボルザーク・
「すごいな」
戻ってくる金属球達を見ながら、セイヤーはコウガの金軽鎧……いや、ヴィルフィンチの能力を素直に褒めた。
「ふふ、当然でしょ。あの子もだけど、私だって強いんだから四天王と呼ばれているのよ」
自分が褒められたわけでもないのに、アッシュヘッドは胸を張る。
やれやれと戦闘モードから普段着に戻ったセイヤーは「なんの能力もない偽物の鎧が本物以上に強くなったんじゃないか?」とコウガに皮肉っぽく言う。
いちいちあの
セイヤーに言われ、コウガは「たしかに」と喜びを隠せない。
「ねぇ白雪姫。このまま僕の鎧になっててくれない? あ、鏡よ鏡………」
『いいわよ。たまには人の姿に戻るけど、いいわよね?』
ヴィルフィンチは案外素直に鎧化することを受け入れた。
セイヤーは逃げて行った闇の勇者の行き先を魔法で探知する。
そこにはとんでもない魔力を持つ何かがいる。
きっと魔王だろう。
「コウガ。ちょっと聞いて欲しい」
セイヤーはコウガに「闇の勇者」について情報を共有してくれた。
自分たちよりずいぶん未来から、そして、自分たちよりずいぶん昔にこの世界にやってきた勇者であること。そして身体の殆どが義体と呼ばれる機械に換装されていること、その体もそろそろ寿命が来そうであること………。
「なんで魔王側に付いてるのかはわからない。わからないが、かなりの強敵だ。さすが勇者と言うべきか………ジューンはどうした?」
『ここに強制的に呼び出されるまで、四天王最強の妖精女王ティターニア様と……』
鎧化したヴィルフィンチが言葉を切る。
もしやピンチかとセイヤーとコウガの顔が引きつる。
あの努力の化物を圧倒する相手がいるとしたら、とても勝てる気がしないからだ。
『ティターニア様と御茶会してたわ』
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