第12話 おっさんたちはガチで戦う。

 妖精アッシュヘッドを一撃で昏倒させた闇の勇者は、まだホッペチュウの影響で、魔法が完全ではないセイヤーに容赦なく襲いかかった。


 影や闇。光ある所に必ず存在するを操る勇者は強かった。


 まるで生き物のように影が伸び、大理石の柱を淀みなく斬り飛ばす。


「この世に影ほど薄くて鋭利なものはない」


 闇の勇者は勝利を確信したかのように、唇の端に笑みをたたえて言う。


「そんな馬鹿なことがあるか!」


 セイヤーは舌打ちしながら、魔法の壁で影の攻撃を防ぐ。


 質量などないはずの影や闇が、恐るべき力で魔法の壁を食い破っていく。


「馬鹿なこと? 光はエネルギーに変換できるし、熱量も伴う。なのに闇にはなにもないというほうが無理のある話だとは思わないか?」


 闇の勇者の言葉にセイヤーは目をしかめた。


「だとしても、こんな使い方ができるわけない」


「使えないはずの影や闇を操る。だから俺は闇の勇者なんだよ」


 複数の帯状の影が魔法の壁を叩く。


「そもそも! 影はなにかに投射した光によって生まれるものだろうが! 投射する物もなければ光もないのにどうやって動いて………なるほど、これは影ではないな」


 セイヤーは徐々に回復してきた魔力を込めて、手の上に光の玉を生み出した。


 地水火風の「系統魔法」すべてを網羅し、空間魔法や色魔法、香魔法や虚無魔法、識別魔法や精神魔法などなどの系統化されていない「血統魔法」すべても扱え、そして自ら望んだ魔法を生み出すことが出来るセイヤーは、魔法での再現は不可能とされていた「光」を生み出した。


 火を生み出して明るさを得たのではない。光そのものを生み出したのだ。


 光に照らされた影は消えるしかない。


 だが、セイヤーを襲う影たちは光の中にあっても消えなかった。むしろ光ですら吸い込んでしまうほどの黒さだ。


 あまりにも黒すぎて、立体感のある世界の中に黒マジックでのっぺり線を書いたようにしか見えない。奥行きも陰影もない、ただの黒だ。


「ブラックホールみたいなものか」


「ふん。よくわかったな。みたいなものではなく、ブラックホールだ」


 重力の坩堝ブラックホール


 それは高密度かつ大質量の強い重力場であり、飲み込んだが最後、物質ばかりか光さえ脱出することができないとされている天体だ。


 「ブラックホールを自由自在に操れるとしたら何ができると思う? 高密度で質量もある闇を形成し、鋭利な刃物や武器も自在に作れるし、無敵の防壁にもなる。万物を吸収して閉じ込めてしまうことも出来るし、俺の意思で取り出すこともできる。無敵だとは思わないか?」


「とんでもない能力だが………タネがわかれば私にも!」


 魔法のたぐいであれば模写可能────と思っていたが、できなかった。


「勇者の力は模倣できない。それがこの世の理だ」


 闇の勇者は一点に影を集中させた。


「叩いてダメなら吸い込むまで。事象の果てで死ね」


 セイヤーの身体はブラックホールと化した影の渦に吸い込まれ始めた。


「!」


 魔法の力で力場を強める。


 が、その力場ですら飲み込まれていくのが分かる。


「これはただのブラックホールではない。この俺………勇者が生み出したブラックホールだ。指向性を持って対象を吸い込み、俺が願わぬ限り二度と出すことはない!」


 闇の勇者が両手を上げるのと同時に、セイヤーの身体はブラックホールに吸い込まれてしまった。


「ふん。俺と同じ勇者だというから構えていたが、案外簡単だったな。次はどいつを────ん!?」


 ブラックホールと化した影の渦から光が漏れる。


 その光は亀裂となってブラックホールを粉砕し、音もなくセイヤーを蘇らせた。


「………貴様、なにをした」


「ホワイトホールを作った」


「な、なんだその適当に考えたようなものは! バカにしているのか!」


 闇の勇者は自分の理解を越えた現象に慌てていた。


 ホワイトホールとは、ブラックホール解を時間反転させたアインシュタイン方程式の解として一般相対性理論で議論されている存在だというがある。


 簡単に言えば、ブラックホールは事象を越えて物質を外部へ逃さず呑み込む領域だが、ホワイトホールはその逆……事象の地平線から物質を放出する領域────もっと簡単に言えばブラックホールは吸い込んで、ホワイトホールは吐き出す部位だという説だ。


 それを実際に検証する方法は今の人類の科学技術では、ない。だから仮説なのだ。


 が、セイヤーは魔法でやってのけた。


 ブラックホールが闇ではなく重力で作られているのと同じように、ホワイトホールも重力によって生み出される。ただ重力の向きが反転しているだけだという仮説。それを知っていたセイヤーは、魔法で重力場を反転させてみたのだ。


 結果はご覧の通り、抜け出てこれた。


 重力を制御するのがこの闇の勇者の能力だとしたら、先程はブラックホールの中から物を取り出すことも出来るような口ぶりだったので、重力場を反転させたら行けるだろうと確信もあった。


 闇の勇者は舌打ちしながら、闇の帯を放った。


 が、それらはすべて地面に落ちていく。


 セイヤーが更に強い重力場を作って闇を落としてしまったのだ。


「降参したらどうだ?」


「ならば!!」


 闇の勇者は跳躍した。


 すごい速さと高さだ。


「!」


 セイヤーはただ事ではないと悟り、自身に戻っていた100%の魔力を駆使して、一瞬のうちに「身体強化」「魔法障壁」「速度強化」「摩擦係数0」などの術を構築した。


 その瞬間、闇の勇者は頭上から拳に闇を纏って打ち付けてきた。


 パァンと音を立てて魔法障壁がいくつも割れ飛び、闇の拳はセイヤーの顔面に迫ったが、残像すら伴うスピードでそれを回避し、逆に魔力の束をまとった拳を闇の勇者に打ち付ける。


 生まれて初めて、他人に拳を当てた。


 だから今のパンチはまったく渾身のものではなく、ちょっと腰の引けたものだった。


 闇の勇者はドテッと地に落ちたが、大したダメージは与えられていないだろうと思ったが、その予想を裏切るように「う……うぐっ………」と闇の勇者は呻き声を上げる。


 拳にまとわせた魔力が強すぎたか? それとも変な所にあたったのか!?


 セイヤーは慌てて闇の勇者を抱き起こした。


「さ、さわるな!!」


 闇の勇者はセイヤーを振り払う。その時、黒鬼の仮面は落ち、足元で綺麗に割れてしまった。


「…………」


 闇の勇者の目は完全に機械化されていて、レンズ状にせり出したカメラ・アイが、ピントを合わせるためにフォーカスリングを自動的に動かしている。


 黒いローブの下から見える手足は所々皮膚が剥げ落ちて機械化された骨格が見えているし、その機械部分もずいぶんと老朽化しているのが見て分かる。


 明らかに未来人だ。


 現代人ならこんな無骨な人体改造はしないし、したという事例を聞いたこともない。


『こいつ、一体何者なんだ────うわぁ………』


 魔法でこの男の鑑定結果をパッと見たセイヤーは、ツッコミを入れざるを得なかった。


 名前:鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサス


『キラキラネームも未来だとこうなるのか………見た感じいいおっさんだぞ、もう……』


 義体番号:ムラクモ・マトリクス社製XCA-SO改

      シリアル1052167-1056194-114106


『義体? ってかこのシリアルはポケベルかよ………』


 セイヤーはポケベル世代より少し若いが、読めないわけではない。


 1052167どこにいるの?-1056194今から行くよ-114106あいしてる


 こんなベタな番号がランダムに作られるとは思えないので、わざとだろう。


 生年月日:2100年10月10日


 やはり未来人だったが、それよりもセイヤーが感心したのは『キリがいい日に生まれたもんだな』という所だ。


 備考:西の勇者として100年前に召喚された異世界の男。自分を召喚した魔王アルラトゥに一目惚れし、その退廃思想に染まる。現在144歳。


「100年前!?」


 思わず声が出た。


 未来人が自分たちより100年も前にこの世界に召喚されていたという、時系列がよくわからない展開に、セイヤーすら混乱を覚えたのだ。


「………詳しく聞きたいんだが」


「………何を知りたいのかわからないが、電脳を覗き見ればいいだろう」


 闇の勇者は首の後に手を回し、コードを引っ張り出してきた。


 セイヤーが知るどのタイプのソケットとも違う形状をしている。


 そしてセイヤーは、長い髪を掻き分け首の後を露出させて闇の勇者に見せた。


「………お前………電脳ソケットがない!? くっ、お前はそれほど未来から来たというのか」


 闇の勇者「鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサス」は、ダンと床を叩いた。


 叩かれた石床が拳の形にめり込む。


 これは彼自身の素の力でなし得る破壊力なのだろう。


 セイヤーはごくりとツバを飲みながら、正直に話すことにした。


「いや、私は昭和の生まれだ」


「ショウワ?」


 あぁ、とセイヤーはしくじりを悟った。


 たとえば昭和生まれの普通の人々が明治以前の元号を軽く言えるかと言われたらそうではない。幕末の「慶応」まではなんとか分かるとしても、その前の「元治」や「文久」「万延」などまで理解しているのは結構な歴史マニアに分類できるだろう。


 この闇の勇者「鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサス」が未来の一般人だとして、そんな昔の元号まで知るわけないのだ。


「西暦でいえば1970年代の生まれで、私がこの異世界に連れてこられた時は2010年代後半だ」


「な………俺は電脳化される以前の旧人類に負け……いいや、まだだ。まだ終わらんよ!」


 鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサスは闘志を剥き出しにして立ち上がった。


 その体中の関節が軋むような音を立てていても、その全身には闘志がみなぎっているようだった。

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