第11話 おっさんたちはそれぞれ戦う。

 双子が沈黙したので両親に向き合ったコウガは、鋭い目つきだった。


「甘やかしてるあんたらにも言いたいことがあるんだけど」


「いや結構です。本当にもう結構です。どうぞお通り下さい」


 ラプンツェルおばさんは低頭して先の道を示した。


 元王子はめそめそしている双子の肩を抱いて「そろそろまともになろうね」となだめている。


「あ、僕の仲間………他の連中はどこ行ったの?」


「城の中は迷路みたいなものなので、さぁ………」


「うーん。てか、さ。おたくら家族、こんな閉鎖的な所に住んでないで他所行ったほうがいいよ。子供のためにも」


「は、はい、そうします。妖精界に戻ります」


「うんうん」


 妖精界がどこにあるのか知らないが、コウガは一件落着したな、と安堵した。











 ジューンは傍らにいる白雪姫………ヴィルフィンチを引き剥がしながら城内を歩いていた。


 髪の毛の濁流に飲まれて他のおっさんたちと引き離されてしまったが、やることは一つ………魔王を討つこと。それだけだ。


 しかし、玉座を目指しているはずが同じところをぐるぐるまわっている気がしてきた。


 これだけ風景が変わらないと、さすがに同じ所ばかり歩いていると気がつく。おっさんでも気がつく。


「なぁ白雪姫。そろそろ魔王の所に行きたいんだが」


「ヴィルフィンチって呼んでよ!」


「呼びにくいんだよ『ウ』に濁点とか」


「まぁいいわ」


「いいのかよ。って、よくない! 魔王の所に行きたいっていう俺の問いかけに答えてないぞ」


「その前にほら、最後の四天王が待ってるわよ」


 ヴィルフィンチが指差す先には、なんとも懐かしいような物珍しいような恰好をしている女が立っていた。


 日本で言うところの十二単だが、なにか違う。


 外国人が思うファンタジー風十二単、といった感じだ。


 それを着込んでいる女性は東洋顔ではなく、やはり西洋顔だ。ただ、長く真っすぐ伸びた黒髪がちょっと和風ではある。


 今の今までその女の存在に気付かなかったジューンは「気配察知の修行もしなきゃな」と思った。


 まるでスポットライトのように光が天井から差し込み、女を照らしている。


 見上げると天窓があり、明かりの正体が月光だと気がついて「あぁ、もう夜か」とつぶやく。


「そこの裏切り者ヴィルフィンチ共々、葬り去りましょう────サテライトキャノン」


「ぶっ」


 唐突のSF的なワードにジューンは驚き、ヴィルフィンチを抱きかかえて飛び退いた。


 突如天井を貫いて落ちてきた光は、ジューンたちのいた場所を貫通し、穴の縁を赤く溶かしていた。


 あきらかにレーザー的な何かだ。


 光を見てから回避できたのは、ジューンの努力の賜物である「縮地」があればこそ、だ。


「ほぅ………いにしえの勇者の技をよくかわしましたね」


「なるほど、今のは昔来ていた勇者の技か」


 日本人の勇者なら、サテライトキャノンなんてこの異世界に似つかわしくない技名でも納得できる。


「そう。夜の月光を集めて放つ勇者の御業です。それを避けるなんてさすがは勇者、と称賛しましよう」


「そりゃどうも。てか月光? ………その勇者、昼間はどうしてたんだ」


「激弱でした」


「………だろうな」


「私が倒しました」


 勇者を倒した!?


 ジューンはごくりと喉を鳴らした。


 無敵と思える勇者を倒すことが出来るということは、この女は相当なものだ。


「あ、倒したのは私の技ではありません。色仕掛けで倒しました。ある意味技ですかね?」


「古の勇者、だせぇな………」


 ジューンは張り詰めた緊張がグタグタになっていくのを感じた。できることならこの場に膝をついてしまいたいくらいに力が抜けた。


「その後、彼が天寿をまっとうするまで一緒に暮らしました。そしてこちらが御本人」


 十二単が自分の後ろを指し示すと、うっすら何かがいる。


 白い影のような背後霊が立っている。それは、よぼよぼの爺さんだった。


 先代かもっと前かわからないが、ずいぶんとお年を召した勇者だ。


 ジューンと目が合うとピースサインしてきた。


「……ずいぶん軽い亡霊だな。早く成仏させてやれよ」


「あ、今のサテライトキャノンは彼が放ったものですから。勇者の技なんて私でも使えません」


「おい背後霊!! 後輩撃ち殺そうとするな!!」


 爺は「てへぺろ」と舌を出している。


 イライラしてきたジューンは気分を変えるためにヴィルフィンチに話しかけた。


「なぁ白雪姫………四天王ってのは年を取らないのか? いやラプンツェルは年食ってたな」


「あれはただ太っただけよ。妖精は歳なんて取らないわよ」


 ヴィルフィンチは「あたりまえじゃない」と言う。


「寿命もないのか?」


「んー。500年か1000年くらいじゃない?」


「長生きだな」


「あの方が一番長生きよ。妖精界の最長老、ティターニア様だから」


 十二単を指差す。


 この世界では、もしくは妖精界には「人様を指さしてはいけません」というマナーはないようだ。


 そして十二単風の女が妖精の女王と呼ばれるティターニアであると初めて聞かされた。


「そんなお偉いさんが魔王の配下なのか」


「理由があるのよ。あなたなら叶えてあげられるんじゃない?」


「?」


「ティターニア様は死にたがりなの。旦那さんが亡くなってからずっと、ね」


 物悲しい。


 永久の寿命を持つ妖精女王としては、亡くなった旦那の後を追いたい、ということだろうか。


「後追いなんて、後ろの旦那も望まないんじゃないか?」


「いえ、毎晩夢枕に立って『早く死んでこっちに来い』って手招きするんです。もうノイローゼ気味です。早く楽になりたいんです」


「取り憑いてんじゃないか!! 悪霊かよあんた!!」


 ジューンは思わず背後霊に怒鳴りつけたが、爺さんは念仏を唱えるように両手を合わせて「すまんすまん」とジェスチャーしている。


「というわけで私を殺して下さい」


「嫌だよ!」


「前の夫のオーベロンに頼んでも『知らんがな』って言われるし、魔王に頼んでも『それはちょっと』って逃げられるし、もう今生の勇者に殺してもらうしか方法がないのです」


「さらっとバツイチ情報くれたな………」


「早く死んで楽になりたい。毎晩毎晩死ね死ねうるさいんです、この人………」


 十二単の女は袖を目元に当てて「よよよ」と泣いた。


 すっかり異世界に看過されていたのでジューンは不思議に思っていなかったが、突然「ハッ!?」と気がついた。


 どうして亡霊が見えるのか。


 生まれてこの方、霊感なんてものは一切感じたことがない。


「その爺さん、本当に幽霊なのか?」


 爺さんはピクッと身体を固まらせた。


「身体を失っても精神アストラル体としてこの世に留まる────そういう術があるわね、確かに」


 ヴィルフィンチから確証も得たので、ジューンは大剣をきっちり構えた。


「成仏しろよ先輩」


 神速の剣先は、この世に未練ありまくりな先代勇者の身体を霧散させていた。











「…………」


 セイヤーは徐々に回復しつつある魔力を確かめながらも、少し不安を感じていた。


 アッシュヘッドにホッペチュウされて何分経過したか。それだけでも一時的に魔力を失ってしまうということは、性行為で魔法すべてを失うという想定に真実味を感じてしまう。


「ねぇ、どしたの」


「くっつくな。私に触れるな」


「なによぉ。もうキスした仲じゃない!」


「私の意思ではない」


「人間と妖精の恋バナなんてよくあることだし、異種族間恋愛なんて誰も気にしないわよ? なんなら人間との間に子供も産めるんだし」


「求めてない。離れろ」


「なによぉ~」


「………敵陣のど真ん中でアツアツだな、お前ら」


 漆黒のローブ姿の男が現れた。


 魔力が足りなくて探知が遅れたのは否めないが、セイヤーはその男の気配一つ察することが出来なかった。


 まるで影の中から突然生まれてきたような登場の仕方だった。


「あれも四天王か?」


 アッシュヘッドに尋ねる。が、彼女は顔を真っ青にして狼狽うろたえている。


「や、闇の勇者………」


 そう言葉にした瞬間、アッシュヘッドの身体はなにかに弾かれて壁に激突した。


「!」


 ピクリとも動かないアッシュヘッドに駆け寄ろうとしたセイヤーは、自分が身動き取れなくなっていることに気がついた。


「心配するな。妖精は頑丈だからあの程度では死なない」


「お前、勇者なのか?」


「そう。そいつが言っていたとおり、闇の勇者だ」


 男はフードを取った。


 黒い鬼のような仮面をかぶっているので顔立ちはわからない。


「嘘だな。召喚された勇者は三人だし、私はその全員とここに来た」


「人間側が召喚した勇者は三人、な」


「ん………魔王も勇者を召喚したというのか!?」


「北、東、南と勇者がいてどうして西にいないと思った?」


 西は魔王領だ。


 昔、西には人間の大国「ジャファリ連合国」があったが、100年ほど前ドラゴンに襲撃されて一夜にして消滅し、今では魔王領に吸収されている。


 西のジャファリ連合国に勇者召喚の儀式があったとしても、国と共にその方法も失われたと思っていたが、それは希望的観測だったようだ。


 魔王は勇者召喚のやり方を手に入れ、人間側の三代国家がやったように勇者を呼んで「魔族側」に付けたのだろう。


「ということは君も日本人か」


「そうだな」


「私は渡部聖也という。日本人同士で無意味な戦いなど────」


「無意味じゃない。この世界を手にするために必要な戦いだ」


 その一言でセイヤーは悟った────この黒衣の男は、自分たちとは根本が違う、と。


 きっと欲まみれで、勇者の力を悪用してこの世の支配を企むタイプだ。


「貴様………」


「俺も勇者と戦うのは初めてだが────」


 黒衣の男は微かに手を動かした。


「────負ける気はしない」


 そのあたりにある「影」がすべて、まるで蛇のように撓み、生き物のようにセイヤーに迫った。


 はっ!と足元を見ると、自分の影がまるで自我を持っているかのようにセイヤー自身の足を掴んでいる。


「俺は魔族側についていたり根暗だから闇の勇者と呼ばれているわけじゃない。俺の勇者特性は、影や闇を操る能力────つまり【闇の勇者】というわけだ」

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