第10話 おっさんたちは四天王その三と戦う。

 金色の壁の中から現れた………いや、違う。


 よく見ると、その壁は髪の毛だ。


 天井も、そしてコウガが寝転がる絨毯も、すべて髪の毛なのだ。


 ラプンツェルのものに間違いないだろう。


 コウガは慌てて髪の毛から降りようと地面を探すが、一面すべて髪の毛なので諦めた。


「あ、なんかすいません。髪の毛踏んじゃって」


「いいんですよ。私達は髪の毛の中に住んでるくらいですから。ガハハハ」


 どこかの女将さんみたいな丸い顔をしたおばさんが豪快に笑う。


「あ、私がラプンツェルです」


 丸顔おばさんがウインクする。


 月日の流れとは恐ろしい。どんな美女でも変貌するのだから。


 それはコウガだけでなくおっさんたち全員が体験していることだ。


 学生の頃は高嶺の花だと思っていた美女が、同窓会で会うと老化を感じずにはいられない顔になっている。


 または学生の頃にはまったく目にも止まらなかった女が、すごい美人になっていることもある。思い返して卒業アルバムを見ると、実は当時から相当顔立ちは良かった。なのにそれに気が付かなかったのは後悔しかない。


「「「残酷だ」」」


 おっさんたちは腕組みして「ううむ」と唸る。


「女房見てそのセリフはさすがに失礼でしょうが」


 おっさん勇者たちと大差ない年輪を重ねてきたと思われる男の顔が、唇を尖らせて憮然と言う。多分王子だろう。


「こちらは私達の子供です」


 元王子に促され、男女の双子が軽く一礼する。


 男の子の方は眉の形を「キリッ!」と音が出そうなくらい鋭角に剃り、女の子の方は病みキャラにでもなりたいのか、アイパッチを付けている。


「………立派な中二病になってるね」


 コウガは白目を剥きそうになった。異世界でも一定の年齢になるとこうなってしまうのか、と。


「育ち盛りなんですよ、もぅ、ほんっと親のいう事聞かないんだから」


 ガハハ、とラプンツェルが笑う。


「あはは………」


 コウガは安堵したようなゲンナリしたような笑みを浮かべた。


 ジューンとセイヤーにはそれぞれ美女がついているというのに自分には家族連れか、と。


「よし、ここはさっさと通り抜けて四天王の四番目に期待を持とう。ってわけでラプンツェル御一家。ここ通っていい?」


「あんた思ってることがだだ漏れよ? って、これでも私達一家が四天王の三番手だからさ。侵入者を通しちゃいけないことになってるのよー。ガハハハ。あ、四人家族が四天王の三番目って数字が多くてよくわかんないわよね。ガハハハ。あ、そうそう。漬物食べる? いいのができたのよ~」


「なんだろう、この田舎の親戚のおばちゃんちに来た気分」


 コウガは最初から戦意など持てなかったが、ますます戦意は喪失していく。


 無理矢理にでも通っていいが、それはそれでこの御一家に悪い気がする。


「あら。そこにいるのはアッシュヘッドちゃんとヴィルフィンチちゃんじゃないの。もしかしてそちらの旦那方にられちゃったの?」


「いやね。年増のビッチって………」


 アッシュヘッドは心底嫌そうにラプンツェルを見る。


「やめてやめて! 私も結婚してからは旦那一筋よ! 若気の至りのことなんて水に流したわよ、もう! ガハハハ」


 ラプンツェルが言うと、旦那の顔は「えへへ」と照れたような声を出してはいるが、目は全く笑っていない。


『結婚した男は大体ああなるんだよな』


 おっさん勇者三人は同じ感想を抱いた。


「もういいから髪の毛の中から出てきてくれない? 顔が浮いてるみたいで気持ち悪いんだけど」


 ヴィルフィンチが至極まっとうなことを言うがラプンツェル御一家は「無理」と言い出した。


「ふふ、女の髪の毛の中は一つの宇宙なのよ。つまり、この髪の毛の中に入ると外に出られないの」


「「「 意味がわからん 」」」


 おっさんたちは口をそろえてしまった。


「そうそう! もう一つ言うと、魔王様のところに行くにはこのの中を抜けて行かなきゃいけないの。ふふ、難しいでしょ」


「いや?」


 セイヤーは「何いってんだこの女」とでも言いたそうな顔で言った。


「髪の毛など燃やしてしまえばいい」


 手に魔力を込める。


 しかし、まったく魔力が集まらない。


 つい先程アッシュヘッドにホッペチュウされたせいで、魔力がうまく操れないでいるのだ。


「すまん、今は無理だった」


 セイヤーはジューンに出番を譲る。


「散髪の時間だな」


 ジューンは大剣を構え、目にも留まらぬ速さで何百回と振った。


 ほんの数秒刃が輝いたかと思うや、天井や壁から金色の髪の毛が滝のように落ちてくる。


「バカね。私の髪の質量をなめんじゃないわよ」


 髪の毛の濁流。


 それはジューンとヴィルフィンチを飲み込んでどこかに押し流してしまった。


「ちっ」


 セイヤーも為す術なく髪の毛の中に溺れる。


 そのセイヤーに抱きついて離れないアッシュヘッドと一緒に流され消えてしまう。


 コウガだけが残された。


「ガハハハハ!!」


 ラプンツェルは大笑いした。


「勇者を分断する任務、見事に果たしましたよ!」


 誰にともなく自慢するラプンツェル。


 同調して笑う旦那と双子の子供。


「いや、なんで裸なんだよ、お前ら!!」


 髪の毛の中から全身を表したラプンツェル御一家は全裸だった。


「髪の毛の中って結構暑いのよ。それに家族だし見られて恥ずかしいもんじゃないわよ、ガハハハ」


「他人の僕が見てるでしょうが! ってこのおばはんとおっさんはいいとして、君たちは思春期でしょ! ほんとは恥ずかしいでしょ!?」


 コウガは子供たちに訴えた。


「俺に羞恥などという下らぬ感情はない」

「私の呪われし身体を見た者は不幸になるのよ。ウフフヒヒ」


 コウガは「重度の中二病だ」と、がっくり肩を落とした。


「チュウニビョウとはなんだ妹。俺の『高潔なる漆黒の羽根の記憶領域』にはない言葉だ」

「全知全能の記録領域にない言葉ですって!? 兄様、敵は勇者です、お気をつけ下さい」


 聞いていて恥ずかしくなってきたコウガは悶絶している。


 その双子の体は金色の髪の毛に包まれ、鎧とローブに変わった。


 手にしているのは金の剣と金の杖。


「なんちゅう便利な髪だ」


 さっきの「魔法の鏡」も似たようなことをしていたが、妖精族は異なる物質から物を形成するのが好きなようだ。


「いくぞチビ勇者!」


 双子が迫り、その後ろで全裸の夫婦がニヤニヤしながら腕組みしてこっちを見ている。


 コウガは意を決して二本のショートソードを手に持つ。


 天位の剣聖にして半魔族のガーベルドに託された、オリハルコンのツインソードだ。


 金色の革鎧は偽物なので使いみちはないが、こちらの剣は本物だ。むしろこの鎧のせいで敵も自分も、視界はほとんど金色だ。


 見ればラプンツェル御一家は大して強そうではない。武器を持った双子だってまだガキンチョだ。


 勝てる気がする。


「ガハハハ! この子たちに勝てるつもりなの?」


 たるたるな腹を揺らしながらラプンツェルが笑うが、コウガは自分の強運を信じることにした。


 左手のショートソードは逆手に持ち「盾」の代わりとする。左手で敵の攻撃を捌き返し、右手で斬り刺す………そんなイメージトレーニングは何度もやってきたので、想像上は強い。実践してないだけだ。


 謎の自信に満ちたコウガの眼差しに、ラプンツェルと旦那は顔をひきつらせた。


「わ、私達はほら、もういい歳だし」

「お前ら、がんばれ」


 まさか自分の子供達を前に押し出すとは。


 だが押し出された双子も「ふっ、愚かな」と戦う気満々だ。


「少し痛い目に遭わないと中二病って治らないんだよね」


 コウガはわざと声を低くした。


「だから────中二病キラーと呼ばれた僕に勝てると思うなよ」











 コウガたちが子供の頃。それはバトル漫画やアニメの全盛期だった。


 星座の鎧をまとった少年たちが高速の拳で殴り合い、侍がトルーパーする時代だ。女子はその2大勢力のどちらかのファンで、よく言い合いしていたものだ。


 80年代後半はとにかく豊作だった。


 いや、コウガの青春時代だからすべてが最高のものに思えているのかも知れない。


 今でも良い作品はあるだろうが、たまにTVで流し見する作品に惹かれるものは何一つない。それはコウガが大人になったからでもあり、実際あの頃のように何クールも放送する作品はなくなった。


 当時より制作費が高騰したのはもちろんだが、何クールも耐えられる面白い作品がないのも現実だ。


 経絡秘孔をついて人体を爆破させる世紀末、といったぶっとんだ世界観なんかどこにも見当たらない。


 100トンハンマーが乱れ飛び、街のハンターが股間を勃起させながらおねーちゃんをナンパするアニメなんて、今ならきっとあちこちに白い斜線が入ってTVでは見れたものではない作品になるだろう。


 超時空な要塞や青き流星や太陽の牙……ロボットも様々な世界観で硬派な物語を熱く語っていた。特に聖戦士カブトムシなんか異世界転生ロボット物の先駆者にして至高の作品だ。


 左腕がコブラなサイコ野郎の冒険譚なんて、漫画のページをめくる度にドキドキした。あの展開以上にすごい作品をコウガは知らない。


 夢戦士・翼男のパンツの表現に感動し、姉属性を持ってしまった男が何人いた事か。誰もが青狸ロボットの持つ「多次元ポケット」か、この作品に出てくる「夢本」が欲しいと思ったことだろう。


『あの頃』を回想し終わったコウガは、双子を睨みつけた。


 双子は意気消沈してひざまずいている。


 この二人、決して弱いわけではない。むしろ魔王軍の将軍クラスを超える実力があるからこそ四天王と名乗っているのだ。


 だが、コウガに負けた。


 負けた理由は────説教だ。


 中二病のままでいたらどうなるのか、コウガは実体験を交えて話した。


 その痛々しさはもちろんのこと、むず痒くなるエピソードの数々と、そのまま大人になった場合の悲惨さを経験則で語られた双子は、やっと自分たちがどれだけ恥ずかしいことをしているのか気がついたのだ。


「その病気は誰もが通る道なんだよ。だけどね、気がつくタイミングがないと人生が地獄なんだよ。次に僕の友達の話をしてあげるね」


「ひぃぃぃぃ、もうやめてぇぇぇぇ」


 双子は聞きたくない!と耳をふさいだが、コウガは気にせず話し始めた。


「中学の頃、カッコいいと思ったのか怪我もして無いのに腕に包帯とか巻いてさ。授業中に突然腕を押さえて『また暴れだしやがった』とか言いながらハアハア言ってる奴がいてね。仕舞いにゃ『奴等が近い』とか言い出すのよ。そんな小声で言われたら気になるじゃんか。だから『何してんの?』って聞いたわけさ。そしたら『邪気眼のないお前にはわからないことだ』とか言われて、もう、聞いたよね。クラスのみんなに聞いたよね。邪気眼持っている人いるー?って聞いたよね」


「ひぃやああああああ!!」


「女の子にもいたんだよね。二重人格キャラ。血を見ると第二の人格が現れるとかでさ。授業中に歯茎から血を出しながら『久しぶりに外に出られたわ』とか言うの。歯槽膿漏だよね。出てきたの膿だよね?」


「いやぁぁぁぁぁぁ!!」


「中二病って冒険者系だけじゃなくてマウンティング系もいてさ『世界中で俺ほど音にうるさいやつはいない』って言うんだ。で『CD100枚持ってる』とか『俺はボーカリストだから歌を聴いたら多分驚く』とか言うもんだから歌ってもらったら、そりゃもう和音にもなってない高音パートを歌ったりさ」


「「もうやめてぇぇぇぇ!!」」


 コウガは中二病を精神的に殺してきた実績を持つ、まさに中二病キラーだった。

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