第9話 おっさんたちは会話を楽しむ。
魔王城の地下から抜け出して中庭らしき場所に出た勇者御一行は、あっと言う間に軍門に降った四天王のうち二人も引き連れて、ようやく本丸である魔王城本館にたどり着いた。
「だいたいあの地下はなんのためにあるんだ」
セイヤーは無意味すぎる地下道について不満を言った。
「魔王城は正面からは入り込めない作りになってるのよ。正門は実は開く構造になってないのよね。で、ここを攻めるのなら地下を通らないといけない。だけど地下は狭いから大軍を送り込めない。そこで私達四天王が敵を仕留める。そんな作りよ」
魔法を封じられて何も出来ないアッシュヘッドは、説明しつつセイヤーにすり寄った。
足と手を縛っていたカーテンのタッセルは外してもらっている。
「ね、私あんたの女になるから、お願いね?」
アッシュヘッドはにっこり微笑んだ。
「なにをお願いされているのかわからんが、開放したんだからそのままひっそりとどこかに行ってくれないか」
「イヤよ。私達妖精族は一目惚れに弱いのよ」
「お前は邪妖精だろうが」
「それは種族じゃなくて性質よ。もう正しい妖精になる。ほら、なった!」
「信用できるわけがない」
「もう!」
アッシュヘッドはセイヤーの首に抱きついて頬に唇を押し付けた。
「「 あ 」」
ジューンとコウガは同時に思い出した。
セイヤーは童貞だから魔法が使える。女性との性交渉をすれば魔法が使えなくなる(かもしれない)という話を。
それは口づけ一つでも、セイヤーの魔力を霧散させるのに十分な効果があるのだ。
「やめろ」
セイヤーは、ぐぃぃ、とアッシュヘッドを押しのける。
内心は『まずい、魔力がなくなった』と焦っているが、それを表に出さないのは、長年経営会議で腹の探り合いをするというドス黒い世界にいたからだ。
「いやん、クールなんだから、もぅ♡」
アッシュヘッドはクネクネしながらセイヤーにまとわりつき続ける。
その様子を見ていた金ピカの派手な女ヴィルフィンチは、ジューンに向き直った。
「なんだ?」
「わたしたちも結婚するわよ」
「バカなのか、お前」
「私がするって決めたんだから、するのよ」
「いや、お前やっぱりおかしいだろ」
ジューンはヴィルフィンチのサイコパスさに、かなりゾワゾワしていた。
「敵にもモテモテなのかぁ」
興味なさそうにコウガは言う。
どのおっさんもそうなのだが、これだけ美人でしかも西洋顔だと、欲情するより先に崇高な絵画を見ているような気分になってしまい、恋愛感情や性欲といった異性に向ける何かがピクリともしないのだ。
当然コウガもこの二人の美女には大して興味がなかった。
『あー、僕にも深田●子とか井●遥みたいな敵がこないかなぁ』
そうこうしているうちに魔王城の中門に辿り着く。
絶対に開くことがない外門と違い、この中門は押せば開いた。
もちろん、本当ならそう簡単に開くものではないが、ジューンが馬鹿力で押し開けたのだ。
しかし、門が開いても誰もいない。
「あーぁ。なんか魔王城だってのに、拍子抜けばっかりだな」
チラっとコウガはアッシュヘッドとヴィルフィンチを見たが、二人の視線はセイヤーとジューンに向いていて、コウガには一瞥もくれない。
「まさか勇者特性の『魅了』が敵にも効いてるのかねぇ……まぁ、僕には関係ないけどさ」
むしろ敵がアホすぎて、魅了されていようがいまいが、どうでもよかった。
こうして拍子抜けしているコウガは「次の四天王は誰かなー」とわざとらしく大声で独り言を言った。そろそろ出てくる頃合いだと思っているからだ。
「えーと、灰かぶり姫に白雪姫だから、次は何姫かな~。親指姫だと気が付かないで踏んじゃうぞ~」
自分でも白々しい棒読みの独り言だったが、実際「四天王」というくらいだから、あと二人はいるはずだ。
王城に入るとそこは天井の高い広間だった。
床一面に金色の絨毯が敷かれ、壁から天井までいたるところに金色の柔らかそうな布が敷き詰められていて、光の反射で目が痛くなりそうなほどだった。
「うへぇ………魔王は金が好きなの? 悪趣味だなこれ」
コウガは自分が纏っている軽鎧も金ピカなのを忘れて愚痴る。そんなコウガに続けて入ってきたセイヤーとジューン、あと二人の女も足を止める。
彼らの視線の先にあるのは、室内にあるまじき「塔」のような建物だった。
「なんだこりゃ」
出入り口がない。
あるのは遥か頭上にある一つの窓だけ。
「あー、これ、あれだ。髪の毛長いやつ」
コウガはこの先で何が出てくるのか理解できたが、その人物の名前が思い浮かばなかった。
おっさんは物の名前がパッと出てこない生き物だ。
脳裏に「映像」は出てくるが「テロップ」が出てこない無音のTV番組のようで、自分自身もとてもやきもきさせられる。だいたいそういう時は「人になにか伝えたい時」だから、名前が出てこないと「絵は浮かぶのに伝えるすべがない」ということになるのだ。
「ラプンツェル、か?」
ジューンに言われコウガは悔しさを感じる。自分より先に答えを出されるのはおっさんにとって屈辱なのだ。
「そう、それ………って、あれ? どんな話だったっけ」
ラプンツェルの童話は、ちょっと前までは大してメジャーではなかったので、コウガはあまり知らないのだ。
「掻い摘むと………」
セイヤーが話し、コウガが聞く。
「あるところに夫婦がいて、やっと子供を授かる。妊娠した妻は妊婦の体にいいとされるラプンツェルという草が食べたくなる。食べたさが有り余って何故か痩せ細るほどに食べたくなる。この時点でずいぶんと精神を病んでいるな」
「それ、ヤバい草じゃないの………」
「夫は仕方なく隣に住む魔法使いの庭でラプンツェルを摘み取るが、当然のことながら魔法使いに見つかる。計画がずさんだと思う。なぜ盗む。断り入れて対価を払えばいいじゃないか」
「うん、そうだね。だけど、ちょいちょい感想挟むのやめて話つづけて?」
「夫から事情を聞いた魔法使いは、ラプンツェルを摘んでもいいが子供が生まれたら自分に渡せと言うとんでもない要求を突きつける。なんのためにラプンツェル食べたいのか考えろと魔法使いに言うべきだ」
「………」
コウガは突っ込むのをやめた。セイヤーが「ツッコミ待ち」だとわかったからだ。まともに相手していたら時間がいくらあっても足りない。
「やがて生まれた女の子は即座に魔女に連れて行かれ、その名もなんとラプンツェルと付けられた。生みの親ではなく魔法使いに、だ。しかも草の名前だ。キラキラネームどころではなく、いじめや拷問に近い所業だろう」
感慨深げに言うセイヤーに呆れ、コウガはふかふかした金色の絨毯の上に寝そべった。
「ラプンツェルと名付けられた娘は入り口のない高い塔に閉じ込められた。魔法使いも同居だ。なんで出入口をつけなかったのかわからないが、魔法使いはラプンツェルの長い金髪をはしご代わりに出入りしていた。魔法使いなら飛んだり転移しろと言いたい。髪の毛をはしご代わりにすると娘ハゲるぞ、と」
「わかったから、はよ!」
「そんなある日、森の中をたまたま歩いていた王子が美しい歌声に引かれ、塔の中に閉じこめられたラプンツェルを発見する。どんなに王位継承権から遠い王子か知らないが、護衛の一人も付けずに森の中を歩くなんて自殺行為だとは思わないか?」
「はいはい、思う思う。で、続きは?」
「王子は魔法使いと同じ方法、つまりラプンツェルの髪の毛を使って塔に登る。そして即
「まてまてまて! それはセイヤーの創造でしょ!?」
「いや、最初の頃はそういう話だった。そもそもラプンツェルは王子が初体験ではない。夜な夜な森に来る男たちを引き込んではお愉しみだった」
「うそーん」
「で、最後の男というか、引き当ててしまったのが王子だ」
「なにを引き当てたんだ……」
「王子と頑張った結果、ラプンツェルは妊娠した」
「大当たりかよ! って、そんな話だったっけ!? オトナの怖い童話集とかいう創作物と勘違いしてない?」
「初版はそういう話だ。そしてご懐妊を知った魔法使いは、なぜか怒ってラプンツェルの髪を切り落とし、荒野へと放逐する。なんのためにラプンツェルを飼っていたのか謎だ。縄梯子代わりにしていたとしたら妊娠していようと用途に足るはずだが。まぁ、髪の毛は切り落としたからハシゴは手に入れた、ということだろうな」
「魔法使いのことはいいから、続き、はよ」
「一方、何も知らずラプンツェルを訪ねてきた王子は、待ち受けていた魔法使いから罵られ、ラプンツェルが放逐されたことを知り、絶望し、塔から身を投げて失明する」
「王子のメンタル豆腐すぎない!? てか、ラプンツェルいないのにどうやって塔に登ったんだろう。魔法使いが切り落とした髪の毛垂らして招き入れたのかな?」
「数年後、盲目のまま森をさまよっていた王子は………」
「年単位でさまよってたの!? 王子、サバイバル能力高くない!?」
「とにかく王子は男女の双子と暮らしているラプンツェルとめぐり会う」
「どんだけ広い森だったのさ………。ラプンツェルのほうが先に王子見つけられたんじゃないの?」
「王子とまた会えてうれし泣きしたラプンツェルの涙が王子の目に落ち、王子は視力を回復する」
「ラプンツェルの体液はなにで出来てるの!?」
「王子はラプンツェルと子供たちを伴って国に帰り、皆で幸せに暮らす」
「そこ自分の国じゃなかったんかい!」
はっ、とコウガは自己嫌悪に陥った。気がついたらセイヤーの話にツッコミを入れざるを得ない状態になっていたのだ。しかもエセ関西弁風に。
「そんなラプンツェル御一家がそちら」
セイヤーが指さした方に「ぬっ」と顔が現れた。
「ひっ」
コウガがのけぞる先………金色の壁に顔が4つ浮いていた。
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