第8話 おっさんたちは四天王そのニと戦う。

『それは雪白姫ゆきじろひめです。白雪姫とも言いますが』


 黄金のなにかが答えた。


 ジューンの背中におぶされたアッシュヘッドは心の中で拳を握り「勝った!」と勝利を確信した言葉を漏らした。


 黄金のなにかの中央が、まるで水面のように波紋を描き、流体の如くせり出てくる。


 それは人を形取り、すぐに全裸の女を生み出した。


 金色の肌をした、この世ならざる絶世のボディライン………その黄金の肌はすぐに真っ白な人間のものとなり、背後に残った黄金の部分が服や装飾になって裸体を覆う。


「魔王様直属の四天王が一人、不死のヴィルフィンチ、推参」


 黄金をまとった美女がスッと手を上げると装飾から7つの黄金球が離れ、宙に舞う。


「………」

「………」

「………」


 三人のおっさんたちは顔を見合わせ、迅速に行動した。


 ジューンは背にした邪妖精をその場に落として【吸収剣ドレインブレイド】を構える。


 セイヤーはすぐさま魔法で敵の鑑定を始めつつ、自分たちに高度な魔法障壁を張り巡らせる。


 コウガは二刀を抜きつつも、ジューンとセイヤーの後ろに隠れる。


「七人の小人たち! 先生ドク怒りんぼうグランビー呑気屋ハッピー眠り屋スリーピー照れ助バッシュフルくしゃみスニージー抜け作ドーピー………侵入者を殺しなさい!!」


 不死のヴィルフィンチと名乗った美女が命じると、黄金球は意志があるように動き出した。


「「「 ネーミングセンスわるっ!! 」」」


 おっさんたちの声がかぶった。


「仮にも自分の道具? 仲間? それに『抜け作』て」

「くしゃみとか最早もはや生理現象だぞ」

「照れ助というパワーワード、やばいね」


「………」


 不死のヴィルフィンチは眉間にシワを寄せてプルプルしている。


「あー、もしかしてあの金色の丸いのって、鏡だったりした?」

「七人の小人と言っていたから、あり得るな」

「誰かりんご持ってない? 投げつけたら死ぬかもよ」


「あんたたち、殺すわ!」


 7つの黄金球がおっさんたちめがけて飛んできた────かと思ったら、なにもないところで壁のようなものにぶつかり、7つとも地面に落ちてピクリとも動かなくなった。


 ジューンとコウガの視線がセイヤーに集まる。


「魔法でどうにかした」


 もう説明するのもめんどくさいと言わんばかりの、実に投げやりな言い方だった。


 ジューンもコウガも「だよね」で納得する。もう、事細かに説明されるのもめんどくさいのだ。


「な………なにをしたの!?」


「気をつけてヴィルフィンチ! こいつら、勇者よ!!」


 アッシュヘッドが両手足を縛られて地面に寝転されたまま叫ぶ。


「ふん。勇者が何よ! くらえ【赤い靴】!!」


「熱っ!!」


 コウガは悲鳴を上げて靴を見た。


 コウガが履いているグリーブという脛当ても兼ねた靴は、徐々に赤くなっていく。


「くっくっくっ。真っ赤に灼けた鉄の靴を履かされた者は死ぬまで踊り続けるのよ!!」


 熱さからひょいひょい足を上げたり下げたりする様は、確かに踊っているようにも見える。


「まぁ、コウガに痛みを与えた時点で私達の勝利は確定したわけだが」


「いやまってセイヤー! これ熱いから! どうにかして!」


 コウガが泣きそうな顔をするのでセイヤーは、魔法でグリーブを冷やした。


「なっ………私の【赤い靴】の呪いを簡単に解いた……!?」


「すげぇ地味な呪いだな」


 大剣を構えたジューンは、その切っ先をヴィルフィンチに突きつけていた。


 いつの間に間合いを詰めたのか、誰の目にも入っていなかった。


 流れ出す汗が塩の山を築くほどの鍛錬を繰り返した成果、ジューンはほぼ瞬間移動とも言えるような「縮地」という仙術を会得していた。


 空気を乱さず、衝撃波も起こさず、摩擦熱すら置き去りにするスピードで相手との距離を一瞬で詰めてしまうこの体術を会得するのにジューンが行った努力とは────アホのように反復横跳びを繰り返しただけだ。


 突然間合いを詰められたヴィルフィンチは少し顔をひきつらせたが、慌てることなく冷笑を浮かべた。


「私は不死よ。殺せるものならやってみるがいいわ」


「大した自信だな」


「一度目は紐で絞殺され、二度目は魔術の櫛で術殺、三度目は毒を仕込んだ林檎で毒殺。それからガラスの棺に入れられて死体愛好家の変態王子のもとでずっと視姦され続ける日々………それでも私は生き返ってきたんだから!」


「お、おう」


 急に痛々しい身の上話が始まり、ジューンは戦意がごっそり喪失していくのを感じた。


「大体、私がちょっと継母より美しいからって、普通殺す?」


「あー、うん……」


「うん、ですって!? あなたは殺すっていうの!?」


「あ、いや、違う。殺さない殺さない!」


「もぅ! ちゃんと聞きなさいよね!!」


「すいません」


 そのやり取りを見てセイヤーとコウガも戦意を喪失していたし、転がされていたアッシュヘッドにおいては「え………え~………?」と、あまりの状況変化に頭がついていけずに茫然となっていた。











 金色の卓袱台ちゃぶだいと金色の湯呑。湯呑の中で湯気立つのは黄金水────などという妖しい響きのなにかではなく、ちゃんとした緑茶だった。


『どこでお湯を沸かしたんだ』


 卓袱台横の黄金の座布団に座らされたジューンは、このよくわからない状況に困惑しつつ、遠巻きで見守る他のおっさんたちに視線を何度も送るが、返ってくるリアクションは「がんばれ」だった。


 不死のヴィルフィンチは、大きな瞳に涙をいっぱいためている。


 黒檀のように黒い瞳と髪の色は、真っ白な肌によく似合っている。


 これが金の鏡から生まれでてきたとは信じられない。


『そもそも人間ではないはずだが、この女も妖精だろうか』


「聞いて」


「はい」


 ヴィルフィンチは、生い立ちについて語り始めた。


 真正面からそれを受けるジューン以外の面々は、セイヤーが亜空間から取り出したキャンプ道具を広場の端っこに広げてくつろぎ始めた。どういうわけかアッシュヘッドも同じようにくつろいでいる。


「あの子の話、長いのよね」


 ジューンは「おいこら、お前」と突っ込みたくなったが、少しでも視線をそらすとヴィルフィンチが睨みつけてくるので、湯呑みを持つときに視線を下げるくらいしか出来なかった。


「私は継母に疎んじられて、さっきも言ったけど三回殺されたの」


「普通一度で死ぬけど、あんた人間なの────「私の言葉を遮らないで聞いて!」────あ、はい………」


 会話を求められているのではないらしく、とにかく聞き役に徹するしかない。


「森に捨てられた私は小人たちの家に入り込んだの。私が食事を作るからって小人たちを説得してね。もちろん食事だけじゃないわ。小人達は毎晩………」


『えげつない大人の童話みたいになってるな………』


「とにかく魔力が回復した私は、ずっと小人たちを殺し、その御霊を使役して復讐劇を始めるはずだったわ。あ、御霊って、これのことね」


 7つの黄金球がふよふよ浮いている。


『うわぁ、本人が一番えげつない』


「大体この小人達ったら酷いのよ? 私が継母に騙されて毒りんごを食べて死んだときなんて、私の遺体をあの小人たちはワインで洗ったのよ。もちろん全裸にしてね! ワインよ、ワイン! ベタベタするに決まってるじゃない!」


『………それで小人を球に変えたのか、このサイコパス女』


「それにね? 私を生き返らせるために小人たちは魔法の槌で32回も私を叩いたのよ。この美しい私を! 痛すぎて生き返ったわよ!」


『死者が痛みを感じるってどういうことだよ………』


「生き返った瞬間、小人たちの魂を抜いて私の武器に変えてやったんだけどね。それで継母と一騎打ちよ。あっちも魔術師だから倒すのに苦労したわ。なんせあっちにはこの『魔法の鏡』がバックに付いていたから」


 ヴィルフィンチは自分の体にまとっている黄金の衣服と装飾を撫でた。


「今では私が魔法の鏡の支配者よ」


「そろそろ喋っていいか?」


「なに?」


「それを俺に聞かせてどうしたいんだ?」


「私は殺せない、さらに言えば強い。だから戦っても無駄だって説得してるのよ」


「なら、試すしかない」


「これだけ言っても引き下がらないあなたが悪いんだからね。私は説得したからね!?」


「あぁ。だが、その説得には応じない」


「………いくら?」


「?」


「いくら欲しいのよ!」


「いや、金の問題でもない」


「………………………わかったわ」


「?」


「この小人達と同じようにしたいんでしょ。いいわよ、させてあげるわよ!」


 ヴィルフィンチは金色のスカートを捲りあげようとした。


「いやいやいやいや! そういう問題でもない!」


「あーーー!! もう!!! なら、どうしたいのよ!!!」


「いや、お前をぶっ潰すというだけだ」


「それが嫌だから交渉してるんじゃないの!」


「イヤなのかよ」


 ジューンは会話に疲れてきた。


「負ける気しないんだろ? 死なないんだろ? だったら早くやろうぜ」


 よいしょ、と立ち上がり【吸収剣ドレインブレイド】をブンと振る。


 剣圧で広場の床に真っ直ぐな線が引かれた。


 魔法で強化された、いかなる攻撃でも破壊不可能とされた床が容易く割れたのだ。


「わかったわよ!! 負けですー、はい、私負けましたー! ごめんなさいー! これでいいでしょ! さっさと行ってよ、もう!」


 ふてくされたように言うヴィルフィンチに対して、ジューンは呆れ顔のままだ。


「いや、それで済むわけ無いだろ。魔王退治に来てその四天王を見逃すとかないから」


「ちょっと灰かぶりアッシュヘッド! このおっさん私の言うこと聞かないんだけど!!」


「あんたの言ってることが無茶苦茶すぎて私もついていけないわ」


 セイヤーからもらったエーヴァ菓子店のケーキを食べて、頬が落ちそうになっているアッシュヘッドは「あんたが死んでもどうでもいいし」と付け加えた。


「あ、私はもう勇者の軍門にくだってるから。四天王辞めたんで、頼らないでくれる?」


「灰かぶり! あんた魔王様を裏切るの!?」


「知らないわよ、あんな色ボケ。このおっさんたちのほうが優しいし、お菓子美味しいし」


「………」


 ヴィルフィンチは一瞬怒りに満ちた顔をしたが、なにか思うところがあったのか、スッと元の顔に戻り、ジューンに向き直った。


 そして優雅に一回転しながらひざまずき、両手をついて頭を垂れた。


 つまり、土下座だ。


「参りました。私もあの色ボケ魔王のために痛い目に遭いたくないです」


「なんちゅう求心力のなさ………」


 ジューンは剣を下げながら、魔王とやらが哀れに思えてきた。

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