第6話 おっさんたちは四天王その一と戦う。

「………」

「………」

「………」


 おっさんたちは気配のする方に向かう。


 あちらの気配が動かないところを見ると、おっさんたちを待ち構えているようだった。


 ただ、気配察知が出来ないコウガだけが、まるでお化け屋敷に入る女子高生みたくビビっている。


 小柄なおっさん(コウガ)が、体格のいいおっさん(ジューン)にしがみつくさまを見て呆れるおっさん(セイヤー)………という構成で、気配の元に進むと、そこは石造りの玄室だった。


 ただ、玄室の中はまるで乙女の部屋だ。


 床には絨毯が敷かれ、壁には重厚なカーテン、天井にはシャンデリア、部屋の真ん中には天蓋付きの大きなベッド、壁際には大きなキッチンと暖炉、パーテーションの先はトイレと風呂………壮大なワンルームだ。


「お城の中みたいな部屋だ」


 コウガは目をキラキラさせ、乙女のようにかわいこぶってみせた。


 わざと「あざとい」仕草をしてみせると若い女子社員は喜んでくれる。だが、ここにいるおっさんたちは「なにこいつ、きもい」という視線を浴びせてくる。


「コウガ。ここはお城の中だぞ」


 ジューンは大剣を手にして警戒を解かない。


「魔王城だがな」


 セイヤーも魔法で『何者かの存在』は察知しているが、肉眼で捕らえられていない。


『舞踏会にようこそ♪』


 ────ズンタッタ、ズンタッタ


 突然楽団が掻き鳴らす音が玄室の中に響く。


 蓄音機のように若干音が狂ったような、レトロな味わいすら感じさせる音だが、音源がない。


『パンが欲しい者は、まず働くのよ!』


 女の声だろうか。


 直接耳の中に聞こえるようなその声の後、おっさんたちは身体の自由を奪われた。


 すると、パアッと空中になにかの豆が撒かれ、それは暖炉に吸い込まれていく。


『さぁ、豆を拾いなさい! あなたの仕事よ! あはははは!』


 声だけでも「いじわるな女キャラ」とわかってしまう高飛車な笑い声に、おっさんたちは顔を見合わせ………拘束をいとも簡単に解いた。


 ジューンは力ずくで。


 セイヤーは魔法で。


 コウガは、よくわからないが絨毯に躓いて倒れたら勝手に解けていた。


『な………暖炉に行って灰をかぶりながら豆を拾っているうちに業火に焼かれるはずでは………』


「なに言ってんだ、この声」


 ジューンは【吸収剣ドレインブレイド】を構えた。


 声を吸い取ってやろう、と、柄尻にあるツマミを調節する。


ハシバミよ! いでよ!』


 部屋の真ん中に魔法陣が生まれ、樹洞が人の顔に見えないこともない木の群れみたいなものが現れた。


 木々が絡まりあって樹洞のようになっているようだった。


「はしばみってなんだ」


 ジューンが振り返るとセイヤーが「知らんのか?」と呆れる。


「ハシバミの実はへーゼルナッツだ」


「「酒のツマミじゃないか!」」


 ジューンとコウガが驚く。


 この人面樹にも実のようなものがある。


『ち、ちょ! 私のハシバミを食べようとしないでくれる!?』


 声が明らかに焦った。


「それとハシバミはセックスのシンボルだ。20世紀初頭の西洋文化の中では『ハシバミの樹に行く』と言うと、それはセックスを意味していたらしい」


『ちょ!! 私のハシバミをそんなふうに言わないでくれる!?』


「 たやすく男と寝てしまうビッチは、ハシバミの枝をドアや窓にはさまれてバカにされたらしい。それに中世のヒルデガルトの書では『ハシバミは快楽の象徴であり、インポテンツの薬である』とも書いてあり、 子のない夫婦はハシバミの枝をベットの上に吊したそうだ」


「ハシバミ有能すぎじゃねぇ? 勃起不全治療薬が現れたってことだろ?」


 ジューンの目つきが変わる。


「あぁ、私自身を奮い立たせるために外的要因に頼るのも悪くない」


 性的欲求が渇れてしまったおっさんたちは、男を取り戻すために目の前にあるハシバミ(自称)に目をつけたのだ。


「いやいや、こいつはどう見てもハシバミじゃないでしょ………」


 コウガだけが冷静にツッコミを入れる。


 どこの世界に枝を手のように振り、根っこを足のように動かすハシバミがあるというのか。


『私の榛をバカにしていられるのも今のうちよ! 死ね、おっさんども!!』


 女の金切り声と共に人面樹が動き────消滅した。


『は?』


 なにがあったのかわからない。という感情が露骨に含まれた声だった。


「え、今のやつどこ行ったの?」


 同じくなにがあったのかわからないコウガが質問する。


「俺が大剣コレで細切れにしただけだ」


 ジューンの言うとは分子結合すら切り裂く勢いの細切れだ。


 つまり、目に見えるレベルの形を維持できず、欠片やゴミや粉塵というものまで消滅してしまったのだ。


「物理的におかしい」


 セイヤーはそう言いながらも、苦笑した。


 物質をその形を消滅させるとしたら、反物質と衝突させて対消滅を起こさせるくらいしか方法がないはずだと認識しているセイヤーからすると、ジューンが一瞬のうちにやってのけたことは「ありえない」ことだった。


『い、今のは………ええい、次よ! いきなさい!!』


 魔法陣から大量の小さな動物が現れる。


 ネズミだ。


 雲霞の如く溢れるネズミ軍団は、ジューン達に近寄るに連れ人間よりも大きな姿になっていく。


 が、大きかろうと小さかろうと、その凶悪な顔をしたドブネズミのような魔物は、セイヤーの魔法によって桜の花びらになってしまった。


『な………なんですって………生体変換!? 媒介も魔法陣もなく……しかもこれほど大量に………いや、ありえない。動物を植物にするなんて魔法の常識が………』


「ほう、いろいろ詳しいな。みんな、どうやらこの声の主は魔法使いらしい」


 セイヤーが振り返って得意そうに二人に言うが、ジューンは「そりゃわかってる」と足元の魔法陣を指差した。


「そんなところに魔法陣があってなにか召喚していたんだから、魔法使いだろうよ」


 ジューンは別に皮肉でもイヤミでもなくありのまま、思ったことを言う。


 そういう歯切れの良さは、セイヤーにとって不愉快ではなかった。


 まるで好敵手同士のように目線を合わせて苦笑する二人のおっさん。


「おっさんが見つめ合ってキモい!! そんなことより、僕をどうにかしてくれない!?」


 コウガは悲鳴を上げた。


 いつの間にか敵に捕らえられ、天井近くにまで空中浮遊している。


 コウガを捕まえているのは、薄青いドレスを着た、金髪で、目元の化粧が濃い女だった。


「あー、こんな女が童話の主人公なら、最初は悲劇のヒロインだけど最後には大逆転して幸せになりそうな気がするな」


 何を言わんとしているのかわからないが、ジューンはぼそりと感想を述べた。


「わかる。きっとガラスの靴が似合いそうだ」


 セイヤーも頷く。


「ちょっとおかしいでしょうが! 非力な僕が宙ぶらりんになって捕まって羽交い締めにされて………ちょっとおっぱい当たってて気持ちいいけどさ。いや、そうじゃなくて、早く助けようとか思わないわけ!? 僕すぐ死ぬよ!」


「「いや、死なないだろ………」」


 二人の声がハモる。


「ふん。やかましいおっさんだわ────我が聖獣白鳩よ! このおっさんの両目をくり抜いてしまいなさい!」


 女の肩に鳥が現れる。


「私は魔王様直下の四天王が一人、アッシュヘッド! この名前を刻んで地獄に落ちるがいいわ!!」


「うわああああ!!」


 コウガはジタバタと藻掻く。


 その手がズボッと薄青色のドレスの胸元に入る。


「あ」


「え」


 魔王様直下の四天王が一人、アッシュヘッドという女魔術師は、突然のセクハラにどう対処していいのかわからなかった。


 小さなオッサンの手は大きく空いた胸元にずっぽり入り、直に乳房を握りしめているばかりか、指先は乳房の先端の突起をジョイスティックばりに動かしていた。


「なにすんのよ!!!」


 ビンタではなく拳で殴りつける。


 空中にいたコウガは「ぶほっ」という悲鳴と共に床に叩きつけられた。


「きまったな」

「ああ」


 ジューンとセイヤーは「終わった終わった」と武器を仕舞おうとしている。


「ちょ!!」


 コウガは自分を救いもしなかった二人に抗議しようと立ち上がろうとしたが、絨毯に足を取られて前のめりに倒れた。


「わっ」


 慌てて手を伸ばす先にはアッシュヘッドの薄青いドレスのスカート。なんせこの女魔術師は中途半端に宙に浮いていたので、ちょうど持ちやすい位置にスカートがあったのだ。


「!」


 スカートが破れて下着姿になるようなお色気はなかったが、思い切り引きずり落とされたアッシュヘッドは受け身も取れず絨毯に叩きつけられた。


 絨毯の下は石床である。


「………」


 あまり聞きたくない「ごちん」という重い音がして、アッシュヘッドはぴくりとも動かくなった。


「え、あ、え? ちょ、うそ……僕のせい?」


 完全に白目をむいた女魔術師を見てコウガは慌てる。


「死んではいないようだぞ」


 ジューンはカーテンを縛っているタッセルを取りに行き、気絶している女魔術師の手足を縛り上げた。


「他人から受けた不幸を強運に変える男だから、傍観させてもらった」


 セイヤーは薄く微笑む。


「それってさ、僕はとりあえず一回不幸になるってことだよね?」


 コウガは納得行かない様子だったが、意外に胸の感覚が気持ちよかったらしく、いつまでも手をワキワキと動かしていた。

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