第5話 おっさんたちは協力する。

 どうやら魔王城に飛ばされたらしい三人のおっさんは、冷静になってそれぞれの能力を把握することにした。


 軽くはセイヤーの魔法で「鑑定」してもらい把握していたが、セイヤー自身も「勇者固有の能力があるだと!?」と、自分自身を鑑定できないせいで知らなかったことがあると判明したので、ちゃんと把握すべきだ、となったのだ。


 ここが魔王城、つまり敵陣ど真ん中でなければ正しい判断だが、今するにしては時既に遅しだろう。


 そんな魔王城地下の狭い通路にあぐらをかいて座った三人は、別に緊張していない。


 セイヤーが「象が踏んでも壊れない敵から見えないバリア」とやらを張り巡らせて、自分たちの姿を隠蔽させてくれたので、敵に見つからないという安心感があったからだ。


「自己紹介では小野淳之介と言ったけど、この世界ではジューンと呼ばれている。なんか小っ恥ずかしいが、俺のことはジューンと呼んでくれ。さん付けはいらないよな?」


「私はセイヤーと呼んでくれ」


「僕はコウガね。まんまだけど」


 おっさんがおっさんを名前呼びするのにはちょっと抵抗があったが、この世界の道理に従わねばという使命感もあり、お互いそう呼び合うことにした。


 それに、三人が実は同じ歳だとわかり「敬称も不要だ」となった。


「ではまず、私達全員が持つ【勇者】としての固有能力について共有する」


 セイヤーの言葉に横槍を入れることもなく、ジューンとコウガはじっと耳を傾ける。


「勇者固有の能力はいくつもあるが、まず一つ目は、人間離れした身体能力だ。筋力や反射神経はもちろん、視力や聴力に至るまで、同年代のおっさんどころか人間の中で最上位にあると言っていい」


「そういえば」


 ジューンは老眼気味で、メガネを買おうかと悩んでいたところだったが、この異世界に来てからというもの、視力の不便さを感じたことがなかった。


「つぎに回復力だが、これはもう人間とはいえないレベルで凄いようだ。少しの切り傷や打撲など瞬きする間もなく治癒するし、骨折や内臓破裂はもとより四肢を切り落としても数分で蘇生してしまうレベルだろう。首を切り落とされたり心臓を吹き飛ばされたり脳髄を吸い出されたりしない限りは、おそらく無敵だ………だが、もしかすると首を切り落としても蘇生するかもしれない」


「ということは、僕らは相当エグいことされないと死なない………ってこと?」


 コウガは目をしかめた。


「実験できるのならやってみるが、私の鑑定結果が正しければ、細胞レベルに分解しても蘇生しそうだ────さらに勇者の特性に健康というものがある。おそらく私達は一切の病気と無縁の体になっている」


「「 マジか 」」


 健康について悩みだす40代のおっさんたちとしては、これほど嬉しい特性はない。


「胃潰瘍や十二指腸潰瘍、脂肪肝や中性脂肪、胆石に結石、癌なんてものもない。ここに来るまでにそんな病状があったとしても既に病理はなくなっているはずだし、これからそういった病気に罹ることもない。それと、さっき言った回復力と健康力の合わせ技で、私達は老化も遅くなっている。100年どころではなく生きることになりそうだ」


「「 もう少し若いときに呼んでほしかった!! 」」


 セイヤーの鑑定にジューンとコウガは「くっ」と唇を噛む。


「もちろん生殖能力もかなりのものになっているようなのだが………これは私だけかもしれないが、性欲は元のまま減退気味なんだ」


 ある時から、女性を性的な視線で見なくなった。


 スカートから溢れる足に、胸元の大きさに、下着のチラリズムに、首筋に、唇に、瞳に、指先に………若い頃であれば女性のどんな部位を見ても性的な想像に発展できた。


 それが40過ぎたあたりから、そういった性欲は徐々に減退し、今では女性のセクシャルな要素にまったく動じないどころか、興味すら覚えなくなっている。


「俺も」


「僕も」


「みんなも、か………心まではどうにもならんか」


 男として終わっているのではないかという思いはそれぞれあったが、こればっかりはどうしようもないようだ。


「今の確認に関することなんだが、実は勇者特性には困った要素が一つある」


 セイヤーは少し間を開け、なにか諦めたように言葉をこぼした。


「勇者には異性を魅了してしまう能力があるらしい。洗脳などというとんでもないものではなく、好かれてしまう、という程度のものだ。一緒にいて嫌ではない、嫌いな匂いがしない、むしろ、合うというものだ」


「「…………」」


 言ったセイヤーはもちろん、ジューンもコウガもなんとはなしに身に覚えがある。


 ジューンにとっては、宮廷魔術師というエリートであるクシャナが同行してくるのに不思議さしかない。しかもクシャナはかなり『私は妻ですが何か』という態度を周りにアピールしている気がする。


 魔族の一般人エリゴスは、異種族なのにボディータッチが激しい。最初は人間の男が珍しいのかと思っていたが、そうではなく、ジューンに触れたいからやっているそうだ。


 伝説の巨人テミスなど旧神なのに「強い男であれば神でも人間でも関係ない。だから私と子作りしないか」と粉かけてくる始末だ。


 コウガも、生贄のヤンデレであるツーフォーや人間型ですらないブラックドラゴンのジル、冒険者のネコ人間ミュシャから慕われまくっているという自覚がある。


 セイヤーに至っては、連れは王女エーヴァ侍女エカテリーナ、そしてヒルデだ。


 性的なアプローチを受けたことはない(と自分では思っている)が、こんな人付き合いの下手なおっさんに付いてくる彼女たちは「魅了」されているに違いない。


 おっさんたちは三人が三人共「異様にモテている」という自覚はあったのだが、異世界人という物珍しさからだろう、と思っていた。


 まさかそれ自体が勇者としての特性だったとは。


「勇者の基礎能力はそういうところだ。あとはそれぞれの能力だが、それは先程も言ったとおり。ジューンの能力は努力したものをすべて尋常じゃない領域で身につけることができる。私はこの世界であらゆる魔法を使えて作れる。コウガは他人から受けた不幸や他人に与えた幸運が、とんでもない強運になって戻ってくる。これがそれぞれの勇者としての固有能力だ」


「俺だけ漢字でかっこ悪い」


「僕は阿呆っぽいんだけど」


「どうでもいいことにすぐケチをつけるのはおっさんである証拠だぞ」


 セイヤーは苦笑しながら言った。二人が決して本気の抗議をしているのではなく、冗談半分で文句を言っているのだとわかっているからだ。


「あとは武器だが────ジューンの真紅の衣は【鳳凰の化身】とも呼ばれている神器アーティファクトで、壊れても壊れても蘇るそうだ。吸収剣ドレインブレイドは、敵の攻撃力や魔法、生命力から魔力、終いには相手の概念ですら吸い取ってしまうという、とんでもないアイテムだな」


「魔王吸い取れ、ってやれば吸い取れるってことか」


「目に見えない物を吸い取るようだ。血や水を吸えと言っても吸えない。体力を吸えとか生命力を吸えとか若さを吸えとか、そういう類だろう」


「えげつない」


 自分の持ち物ながら、心の底から「反則級」だと思う無敵の大剣・吸収剣ドレインブレイドを手にしたジューンは、ううむ、と唸った。


「使い方を誤るとヤバいアイテムだな」


「ヤバいのは、ジューンのそれだろう。私の純白の魔法衣ディレの風は魔法抵抗力を上げて魔力回復を助けるだけのちょっと頑丈な服というだけだし、オリハルコンの杖リンガーミンの宝珠も使用魔力を節約できたり効果を高めるだけのものだ。コウガのツインソードも私の杖と同じオリハルコンで作られている、軽くて丈夫な武器。金色の鎧に至っては………なんだそれは………」


 コウガは金色の軽鎧の胸元に「百」という漢字を書いていた。


「え、お約束じゃない!? 金にはこれでしょ」


「いや、なんのお約束なのか、わからん」


「いやいや、僕達世代はみんな知ってるでしょ! 騎乗戦士マンダム!」


「漫画か?」


「アニメだよ! 僕達が幼稚園のときにファーストが放送されて、僕らが中学一年生の頃にその続編の騎乗戦士ωマンダムがスタートしたじゃん!! 前作のライバルだった【赤いちゃんちゃんこ】の異名を持つジャア・アスカエルが仲間になってて、金色の馬に百ってエンブレム付けてさぁ………」


「すまない。私は学生の頃から興味あることしかしてこなかったので、サブカルには疎いんだ」


「悪い。俺も少し知っているだけで詳しくはない」


 セイヤーとジューンの態度に、コウガは呆れ顔だ。


「同じ歳でマンダム知らないとか初めて会ったわ。で、僕の鎧の能力はなに?」


「なにも」


「なにも!?」


「金をコーティングした革鎧だ」


「いやいや………えー? なにか伝説的な能力ないの!?」


「ないな。そのあたりの畜産………水牛かな? それの革をなめして作ったものだ。能力はないがその金の加工が素晴らしいから高値で取引されることだろう………というより、コウガ。それは端的にいうとだ」


「な、ナンダッテー!!」


「いま、魔法で世界をスキャンしたが、本物の勇者の鎧は別にあるようだ。魔王退治したら探しに行くかね?」


「そ、そうして欲しいけどさ、実際今から魔王と戦うの、僕大丈夫なのか?」


 コウガは泣きそうな顔で言う。


「なんとかなるだろ」


 ジューンは軽く応じる。


 魔王なんてきっと一撃だから、とジューンは自分の努力に自信があった。


 セイヤーも、魔法の一撃で消滅させる自信があった。


「う、運だけでどうにかなるのかぁ!?」


「心配ない。俺達が協力し合えば、なんとでもなるだろう」


「そのとおりだ。勇者が手を結べば、この世界のことわりで私達を凌ぐものなどいない」


 ジューンとセイヤーが胸を張る。


「頼むよ? 僕、無力だからね?」


 コウガだけがビクついている中、通路の先で気配が動いた。


「お出ましのようだ」


 ここで待ち構えていたおっさんたちは「せぇの」「よいしょ」「よっこら、せ」と、それぞれ気合を込めながらゆっくり立ち上がった。


 そういう気合を込めないと立ち上がるのがめんどくさい。それがおっさんなのだ。


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