第4話 おっさんたちは飛ばされた。

 少しだけ酔っ払った勇者たちは、見知らぬ所にいた。


 明かりのない地下室。


 天井は低く、床も壁も石でできている。


 セイヤーは即座に魔法で状況を確認しつつ、亜空間から純白の魔法衣とオリハルコンの杖を取り出して身につける。


「ここは────魔王城の地下のようだ」


「ちょっと、今のなんですか」


 ジューンの食いつきは現状確認より亜空間からの装備装着に向いていた。


「アイテム収納魔法と言えばいいだろうか………」


「それがあればこの恥ずかしい鎧をいつも着ている必要ない! いいなそれ!」


 いつ今し方まで敬語で他人行儀なやり取りをしていたジューンが、一気に距離を縮めてきた。


「わ、私が同行していればいつでも収納できるが……」


「お願いしたい。本気で」


「わかった……確かにそれほど真っ赤な鎧は目立つな」


「いえいえ渡部さんの白いコートもなんだか戦隊モノのヒーローみたいで中二病っぽいですよ」


「それは褒めているのか?」


「褒めてますが?」


 ジューンとセイヤーは微妙にノリがあっていない。だが、そこにこの男が加わると円滑になる。


「やっべ! 無銭飲食じゃねぇの、これ!!」


 コウガはあわあわしている。


「あとで払いに行けばいい。それより現状は最悪だぞ」


 セイヤーは魔法で周辺感知して舌打ちした。


「どうやら魔王によって我々は強制連行されたようだな………私の、いや、我々の仲間たちは全員ここから数百キロ先にあるシュートリアの町に置き去りだ。この三人だけでどうにかするしかない」


「………」


 ジューンとしては、女魔族のエリゴスはともかくとして、宮廷魔術師のクシャナが魔法で感知し、伝説の女巨人テミスのとんでも神パワーがあれば数百キロなんてどうにかなるんじゃないか、と思っていた。


 コウガも、エフェメラの魔女ツーフォーが魔法感知し、ブラックドラゴンのジルが元の姿になって飛べば数百キロなんてどうにかなるんじゃないか、と思っていた。


 その二人と比べて、旅の仲間が王女と侍女、そして元敵種族ダークエルフというセイヤーだけが、楽観視することもなく冷静だった。


「この城は魔法で外界から遮断されているようだ。君たちの仲間に探知魔法の使い手がいたとしても、我々がここにいることを感知できないだろう」


「「マジか」」


 ジューンとコウガは顔を見合わせた。


「選択肢は2つ。なんとかして逃げ出し、仲間のところに合流して再度攻めに来るか………このまま3人で事を済ませてしまうか。私は後者を推薦したい」


「俺も後者」


「僕も」


「決定だな。いや、むしろ仲間が傷つく可能性がある以上、私一人で済ませるつもりだったから都合がいいと思っている」


 セイヤーははじめて人間らしい感情的なことを言った。


「俺たち化物みたいなもんだからな」


「そそ。それに僕ら異世界人だし。ここの人たちには傷ついて欲しくないわけよ」


「三人共初めて意見の一致をみたな」


 セイヤーがニヤリと笑う。


 ジューンは屈託なく歯を剥いて笑う。


 コウガはニシシシと40代中年にあるまじき少年のような笑い方をした。


「じゃあ大将首を取りに行きますか」











「………」


 三大国家の勇者がこつ然と消えた翌日の朝一番。


 夜通し勇者たちの探索に明け暮れていたそれぞれの従者とも言うべき者たちは、シュートリアの町広場で対峙していた。


 東のリンド王朝、つまりジューンの仲間は────宮廷魔術師クシャナ、女魔族エリゴス、女巨人テミス。


 北のディレ帝国、つまりセイヤーの仲間は────王女エヴゲニーヤ(エーヴァ)、ただの侍女エカテリーナ、そして元魔王軍将軍だったダークエルフ族のヒルデ。


 南のアップレチ王朝、つまりコウガの仲間は────エフェメラの魔女ツーフォー、ブラックドラゴンのジル、ただの冒険者 ミュシャ、そして魔王軍から離反したイーサビット。


 世界を滅ぼせるといっても過言ではない過剰な戦力が、魔王領の片田舎にある小さな町の周りを、地平線の先まで埋め尽くしている。


 町の者たちからすればたまったものではないが、文句を言う勇気など昨夜のうちに捨ててしまっていた。


 そのたまったものではない集団の代表者達は、町の広場で対峙し、お互いを見て言葉を失って立ち尽くしていた。





 まず宮廷魔術師のクシャナが驚いたのは、ディレ帝国第二王女にして実質的な後継者であるエヴゲニーヤがこの場にいたことだ。


 何度か国家交流で拝謁したことがあるが、まさか国家にとって超重要な人物を最前線に出してくるとは思っていなかった。


『ディレ帝国はそれほどこの魔王討伐に力を入れてるってことかしら。それに比べてうちのバカ王家は……』


 そう思われているエヴゲニーヤ、つまりエーヴァもクシャナを知っている。


『リンド王朝の秘蔵っ子、天才魔術師のクシャナ様でしたわよね………あの国の本気度が伺えますわ』


 さすがにどっちの女も「ほとんど勝手についてきたようなもので国の威信とは関係ございません」とは思うまい。






 ダークエルフのヒルデは、思わず土下座して崇拝の儀をしそうになる体を必死に食い止めていた。


 眼の前にいらっしゃるのは、旧神ティターン十二柱が一人、法と掟の女神テミス様に間違いない。


 その鎧姿を模倣し、ダークエルフの戦士は肉体を極限まで鍛え上げている。


 ヒルデにとってテミスは「崇拝する神」そのものなのだ。


 そんなヒルデを見てテミスは『なんじゃこの露出狂の筋肉の塊は』と自らを顧みない感想を抱いていた。


 神々の戦いに敗れて地中に身を隠した旧神ティターン十二柱に、まさか崇拝者がいるとは思ってもいないのだろう。






 見つめ合う露出過多な女たちを横目に、エーヴァの、いや、セイヤーの侍女である超一般人のエカテリーナと、冒険者で猫頭人身族ネコタウロスのミュシャ、そして魔族の一般人エリゴスは『なにこの痴女の競演………』と生唾を飲んで見守るしかなかった。


 そして改めて自分たちが一般人であることに気が付き「あはは……」と愛想笑いを交わし合う。


 人と魔族と亜人が「私達は普通よねー」と、わかりあえた瞬間であった。





 エフェメラのツーフォーはクシャナを見て『この人、すごい魔力だわ』と警戒を高めているが、クシャナの方も『なんだろ、この人……人間離れした魔力を感じるわ』と目が離せない。


 そのツーフォーの唇が動いた。


 魔術師ならわかるが「無詠唱」の一段階前にある「圧縮詠唱」だと気がついて、クシャナはその形の良い唇を凝視した。


『私のコウガちゃんに色目使った殺します』


 脅しだった。


『私のジューンに手を出したら口から股まで槍を突っ込んでやるわ』


 返答する。


『コウガちゃん以外の男になんて興味ないです』

『こっちもよ』


 二人は周りに気づかれることなく協定を結んだ。






 全員が見つめ合ったまま硬直して数十秒。


 ブラックドラゴンのジルが「おや?」と声を出した。


「その神気、あなた様はもしや………法と掟の女神テミス様では!?」


「そうだが?」


「はっ!」


 見たことがないジルの片膝低頭姿に、ツーフォーは「え、女神様!? 本物!?」と鳥肌を立て、ジルの横で同じ姿勢を取る。


 もう我慢ならないです~、とダークエルフのヒルデもその横に並び、気がついたら全員がテミスの前に平伏していた。


 旧神といえ、神だ。この中で一番格上なのは間違いない。


「いやいやまてまて。私は確かに女神ではあるが旧神。もはや神とは名乗れないし、そんな力もない。現に……勇者ジューンに負けてこうしているわけだし」


「!」


 女神にも勝ったのか、と他国の者たちはざわめく。


 だが、よくよく考えると、自国の勇者も女神の一人や二人、難なくどうにかしてしまいそうだな、と考えを改める。


「………私が弱いのではなく勇者が異常なだけだ」


 テミスは不貞腐れ、ジルは慌てて取り繕う。


「そ、そういえばテミス様。我が祖父『ツィルニトラ』は元気でしょうか。御身の迷宮に住んでいると伺っておりますが……」


「祖父? ああ、お前はあの老竜の孫か。やつであれば死んだぞ」


「は?」


 時間が止まった。


 クシャナに「まずい」という感覚が走る。


 迷宮で瞬殺したブラックドラゴンの孫が、他国の勇者の従者……これは一悶着もありえる。


「女神様、お戯れを……祖父は『魔法の神』と名高いエンシェントドラゴンでして……」


「知っている。だがジューンに挑んで瞬殺された。神などと自称する傲慢さが気に入らぬ者だったが、大したことはなかったようだ」


「………」


 ジルは呆然となった。


 クシャナは「祖父の復讐をおっぱじめるのではないか」と、ジルの攻撃に備えて身構える。


「そうですか………あの祖父が………まぁ、天寿と思えば長生きしすぎた感もありますな」


 ジルはケロっとした顔で言った。


「ほう、怒らぬのか」


「女神様。祖父は素行不良で一族から爪弾きになり、御身の所に行ったのです。私の名前は祖父の名前から引用されましたが、私が生まれたときにはすでに引きこもりでしたし、そこまで思い入れがあるわけでは………」


「うむ。そなた何歳になる?」


「1800歳でございます」


「なるほど。人の身で言えば18歳か。結婚適齢期だな」


「そんな♡」


「そこの巨人とドラゴン。そろそろいいですかなー?」


 まったく空気を読まず、恐れも知らないイーサビットが声を掛ける。


「私は元魔王軍のイーサビットという上級貴族で、勇者コウガ様にお仕えしております。皆様、事態はご承知のことかと存じますが、今後について検討したいと思います。場所はそのあたりの酒場を貸し切って、でよろしいでしょうかねー?」


 女たちの集団の中に男一人。なのに、まったく動じないイーサビットの空気の読まなさ加減は、もしここに三人のおっさん勇者たちがいたら拍手しているところだ。


 全員の優先順位が「勇者」にある以上、異論は出ない。


「じゃ、私が適当に決めますね。はい、ここにしましょう」


 イーサビットが決めた店は、女子ウケしないこと間違い無しの、半分娼婦宿と一緒になった「連れ出し酒場」だった。


 一階で酒を飲み、気に入った娼婦がいたら二階で別料金を払ってお愉しみをする、という酒場だ。


「うわ、最悪」

「最低」

「店チョイスのセンス皆無」

「一人でいけよクソ魔族」


 女たちの歯に衣を着せぬ小声の罵倒が飛んでくるが、イーサビットの耳には届かなかった。


「さあ、皆さん。早く中へ! 店主、ここは勇者連合軍の貸し切りにするぞ、よいな!!」


「え、そんな名前なの、私達」

「勇者連合軍(笑)」

「ネーミングセンス皆無」

「一人で連合してろよアホ魔族」


 ここにおっさんたちがいたら「もしこの罵倒を自分が受けたら泣きながら心も折れる」と胃が痛くなることだろう。


 イーサビット。


 アホでゲスで異端児の魔族だが、鉄の心を持つ男。


 そして、この集団の中で唯一の男であることに『これがハーレム状態か。悪くないぞ勇者殿』と、一人で悦に入ってニヤニヤしていた。


「うわぁ、ニヤついてる」

「キモい笑顔。やらしい」

「笑顔のセンス皆無」

「一人でオナニーしてろよエロ魔族」


「だけど、あれが普通の男よねぇ。私の勇者様がいかに紳士でいい男か再確認できたわ」


 王朝の男たちに胸ばかり見られていたクシャナは、ジューンがいない現状をいいことに、正直な感想を口にした。どうせいなくなっても死ぬはずがない、という安心感もあるからだ。


 女たちはそれぞれの勇者を思い浮かべる。


 勇者特性の魅了効果とは、第一印象を良くする程度のものでしかない。洗脳して強制的に好きにさせるようなものではないのだ、が、ここの女たちは心底勇者を慕っていた。


 枯れ始めた、いや、ちょっともう枯れているおっさんたちは、この世界では異様に「モテ」ていた。

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