第3話 おっさんたちは確認しあった。

 異世界に召喚されたそれぞれの勇者が、ついに顔を合わせた。


 その情景は、空中に出した鏡のような映像によって魔王にも伝わった。


 千里眼の血統魔法を持つ魔王は、映像を消し去り溜息をついた。


「ふぅ………あれが当代の勇者か」


 こめかみから天を貫くかのようにそそり立つ巨大な二本の角。


 玉座の数倍の大きさにもなる漆黒の翼。


 漆黒の鎧は巨大な乳房を圧迫しないよう配慮されているのか、下から胸を支えるようになっているため、大きな胸が更に大きく強調されている。


 その美貌は、無機物ですら恍惚となり溶け崩れてしまうだろう。


 その体臭は、性別の垣根を超えて淫猥な高揚を与えるだろう。


 その視線は、睨まれたものすべてが形ある命や魂の根源が揺らぐことを感じるだろう。


 魔王アルラトゥ。


 魔族の王………いや、女王だ。


 強大な力に恵まれた彼女は、下等生物である人間との融和を唾棄し、この世界を統括することを宣誓した。


 人間は、誠に優れた生物であり万物の霊長である魔族に従い、管理され、初めて生きながらえることが出来る劣等種である、と。


 宣戦布告以降、段発的に人間の三大国家に向けて進軍し、人間の抵抗を見てきたが到底魔王軍に敵うものではなかった。


 だが、人間たちには「切り札」があった。


 ────異世界からの勇者召喚儀式


 最初はその怪しげで頼りなげな方法に失笑していたが、呼び出された勇者たちによって、魔王軍は瓦解寸前にまで追い込まれてしまった。


 まず主力であった魔王軍は東の勇者が放った剣閃一撃で壊滅した。


 魔王軍の中では魔族に次いで突出した戦闘力を有していたダークエルフは、一族郎党離反して北の勇者についた。


 さらには魔王軍の精鋭小隊を筆頭に軍の大半は離脱し、更に領内にいる数百万の亜人たちも反旗を翻して南の勇者についた。


 もはや魔王城を守る少数の兵以外、魔王アルラトゥに手駒はない。


 だが、その美貌は愉快そうだった。


「どうじゃ? そなたの見立ては」


 魔王は誰にともなく問いかける。


 すると、魔王の玉座後ろから、すっと影のように黒衣の者が現れた。


 無明の闇より黒いローブを纏い、頭からフードをかぶったそれは、そうやって姿を隠している上に、顔には黒い鬼のような造形の仮面を目元に付けて素顔すら隠している。


 まるで影から生まれたような仮面のそれは、玉座に腰掛ける魔王の肩にそっと手を置いた。


「問題ないさ」


 軽口を叩くその手に、魔王は自分の手を重ねた。


「そなたであれば、そう言うじゃろうと思っておった」


 魔王は淫靡な手つきで仮面の者の手のひらに指を這わせ、反対の手で玉座に立てかけていた【邪聖剣ニューロマンサー】の柄を握った。


「ちなみに、妾が対峙したらどうなると思う?」


「まず、瞬殺だな」


「正直よのぅ………」


 魔王アルラトゥは楽しそうに笑みを浮かべた。


 全魔族の王に対する不遜な態度を苦笑しているのではない。


 この仮面の者との会話自体が楽しいのだ。


「お前は身を隠せ。俺と四天王が奴らを倒す。そしてこの世界はお前のものだ」


「妾がこの城を………いや、玉座を離れるなど、ありえぬ。それは負けたと同義よ。それに────この世はそなたと妾のもの、であろう?」


「そのとおりだ」


 仮面の者は魔王の形の良い柔らかな唇に、自分の唇を重ねた。


「妾はそなたの言うとおりにここまで張ってきた。人の支配などどうでもよいことであったが、そなたが望むから宣誓し、戦争も起こした。その結果、世界は妾の敵になった。人も魔族も亜人も、すべて、な」


「後悔しているのか?」


「いいや。すべてを敵に回しても妾はそなたのものであり、そなたは妾のものであれば、それでよい。ふふふ、滅びの美学とはこうありたいものじゃ」


「滅びないさ。俺達が勝つ」


 仮面の者は、目の前に魔法陣を広げた。


「やつらは手勢がいなければこの世界のことをよくわかっていない異世界の一般人だ。見ていろアルラトゥ。奴らを分断して一人ひとり潰してみせる」











「でさぁ、その店のシステムはさ。僕がサウナに入っていると店のセクシーなおねーちゃんが来るから、そのおねーちゃんと一緒に別の部屋に行ってアハンウフンするんだ、って説明されたのよ。けど、サウナに入って一時間くらいマジで誰も来ないの。ほんと死ぬほど汗出てるし、熱いし湿度でクラクラするし。で、我慢の限界が来てサウナ室から出たら『はい、お客様お帰りですー』とか言われてブチギレよ。おねーちゃんはどうした!!って言ったら『うちはただのサウナですよ、変なこと言わないで下さい』とか言われて………やられたよね。完全にボッタクリ、いや、詐欺だった。最初からおねーちゃんいねぇんでやんの!!」


 コウガがマシンガンのように息も切らせぬ勢いで身の上話をすると、ジューンが笑い、セイヤーは苦笑した。


 どこの阿呆が異世界で「風俗あるある身の上話」を肴に酒を酌み交わすだろうか────この阿呆コウガだ。


「そりゃ僕はバツイチだよ? 女運がないのか、女を見る目がないのかわかんないけどさぁ。風俗くらいまともなの引かせろってんだ」


 おっさんは酒が入ると下ネタ話がしたくなる生き物なのだが、コウガは特にそれが顕著だった。


「なんか僕だけ喋ってる気がするけど、小野さんはなんか面白い話ないの?」


 コウガのパリピスキルは、全員をちゃんと巻き込む。


 パーティーピープルというのは誤解されがちだが、これほど公平で差別のない人種はいない。


 オタクだろうが筋肉バカだろうが、根暗だろうが根明であろうが、アホであろうが天才であろうが、金持ちであろうが貧乏人であろうが………そんなことはどうでもいい、まったく差別のない、ただワイワイしたいだけの集団だ。


 今、この時をみんなで、楽しめ。一人として取り残さない。


 それは「ほっといてほしい」と思う人からすると限りなくうざい人種であるが、人というものはどれだけ自分が世間を拒絶していても寂しさを抱えてしまう生き物だ。


 わずかにでも「かまってほしい」と思ったとき、パリピというのは最良の相手なのかも知れない。


「俺? うーん………同棲してた彼女が俺の部屋で他の男とやってた話くらいしか………」


 ジューンは軽い気持ちで言ったが、コウガはもとよりセイヤーですらドン引きしている。


「それは重い」


 セイヤーの憐れむ眼差しにジューンは「よくあることだろ……」と嘯いてみた。


 よくあることだが、ジューンはそのトラウマからこんないい年になるまで結婚できていないのだから、ろくなことではないのだ。


「そう言う渡部さんは?」


 まんべんなく話を振るコウガ。


 話を振られたセイヤーは「………」と考え込んだ。


 この世界に来て、ずっと「セイヤー」と呼ばれていたので「渡部」と名字で呼ばれることに違和感を感じるようになっている自分の変化にも驚いたが、それよりなにより、今のような女絡みの浮いた話が、ひとつも出来ないことに言葉が詰まった。


「下ネタではないのだが、ここだけの話、勇者である二人には伝えておいたほうがいい事がある」


「え、なにそれ急に」


 コウガはキョトンとし、ジューンは身構えた。


 セイヤーは魔法で三人の会話を遮断しているので、酒場の他人にこの会話は聞こえない。それを再確認し、少し間を置いて口を開く。


「私の勇者特性には弱点がある」


 !?


「女性との性行為でその能力は失われる」


 !!


「ちなみに私は童貞だ」


 !!!!!!


 ジューンとコウガの反応は『信じられない』という感じだった。


 ジューンは必死に表情を隠したが、コウガの顔には魔法で覗き見なくてもわかるほどに「嘘でしょ」とも書いてある。


「は、はは。そんなまたご冗談を。40過ぎて童貞とか魔法使いどころか大賢者じゃないですか。ははは……はは……あれ? 渡部さんの勇者特性って………」


 ジューンが取り繕う。


「魔法だ」


「30過ぎても童貞だったら魔法が使えるようになるって噂を現実にしちゃった感じですか」


「そういうことらしい。だから私の貞操が奪われると魔法の力もなくなると思う。あくまで仮定だが」


 コウガは「うわ、それ、つらっ!」と同情する。


「ご自分を鑑定してみたら、解除条件が本当にそうなのかわかるんじゃないですかね」


 ジューンは取り繕うように言ったが、セイヤーは首を横に振った。


「自分自身は鑑定できないのがこの世界の摂理らしい」


「ありゃ………」


「そういうわけで、私は自分の貞操を守らなければならない。少なくとも魔王討伐するまでは」


「あ! あのですね!」


 コウガは、グイッと小さな体を前に突き出して二人の会話に割り込む。


「僕、まだ勇者特性わからないんですよ。能力見れるのなら、僕を見てもらっていいですか!」


「「え、まだ!?」」


 ジューンとセイヤーは顔を見合わせる。


「よくここまで来れたな………」


 セイヤーはそう言いながらコウガを鑑定した。


 ステータスは一般日本人の40代男性より背が低いという程度で、ただのおっさんだ。つまり、この世界基準で言うと肉体労働メインの一般人より下の能力しかない。


 だが、ステータスの化物であるジューンですら鍛えられない項目が、異様に飛び抜けている。


『運』だ。


 視覚的に言い換えれば、振り切れんばかりのゲージが、その『運』の項目だけに振られているようなものだった。


 そして勇者特性は「最大の強運」と出た。


 どんな小さな幸運を他人に与えても、とてつもなく大きな強運として返ってくる。


 どんな小さな不幸を他人に与えられても、とてつもなく大きな強運として返ってくる。


 どんな苦境に立とうが、結果的に強運の女神に微笑まれて勝利を手にする。


 そんな勇者だった。


「………運がいいってだけ?」


「ああ」


「宝くじ毎回1等当てるみたいな?」


「自分で自分を幸運にしたり不幸にしたりするのはカウントされない。人を幸福にしたり、人から不幸にされたり、そういう外的要因をすべて数倍、数十数百数千倍という強運にして自分に戻す。そういう能力のようだ」


「地味………」


「そんなことはない。たとえ私や小野さんが曽我さんを殺そうとしても、絶対死なない。曽我さんはとてつもない強運に恵まれ、私や小野さんはなんらかの運命の悪戯で倒されるだろう。ある意味、自分で自分を不幸にしない限り、無敵だ」


「イマイチ実感がわかない特性だなぁ」


「例えば、そこのウエイトレスのパンツが見たいと思う」


「お。渡部さんのえっちー♡」


「思え」


「あ、はい………」


「そして小野さんが曽我さんに目潰しする」


「!?」


 ジューンは反射的にセイヤーに従い、コウガの目元に指を突き立てる。


「うわ! あっぶね! ガチでするなよ小野さん!!」


「すまん」


「すると────」


 ウエイトレスの一人がキャッと短く声を上げて皿を落とす。


 木板の床で割れてしまった皿を拾おうとしゃがんだ時────コウガの位置からは薄緑色のパンツが見えた。


「………え。なにこの中高生の男子が喜びそうな能力」


「いまのパンツは一例だ」


 セイヤーとコウガのやり取りを見ながら「なんでパンツを指定したし」とジューンは天井を仰ぎ見る。


「今のはちょっとした不幸を受けただけで曽我さんが願うことが瞬時に叶った、という実証になったと思うが」


「じゃあ、魔王死ねとか願ったら?」


「それなりの対価を払えば成立すると思う。あなたの運は、不運や施しと倍交換だから、余程の不幸………例えば仲間が死ぬとか、そういうのがないと、魔王を殺すレベルには行かないかもしれない」


「案外コントロールできないものなんだなぁ」


「運をコントロールするのは難しい」


 セイヤーに言われ、コウガは項垂れた。


 ジューンは努力して無敵、セイヤーは天才で無敵。コウガだけ勇者特性がとしている。


「なんか丁度いいくらいの不幸とか、人助けとか落ちてないかな」


 冗談めかして言った瞬間、コウガは視界がぐにゃりと歪んだのを感じた。


「!」


 ジューンとセイヤーは慌てて周りをキョロキョロし始める。


「これは────」


 ジューンが【吸収剣ドレインブレイド】でこの空間の「ぐにゃり」を吸い込もうと鞘に手をかけた瞬間、三人の姿は酒場から消えていた。

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