第2話 おっさんたちは出会った。

 ジューンはアルコール度数の高いバーレーワイン風のペールエールを口にした。


 ぬるい。


 冷蔵庫の概念がない世界なので仕方のないことなのだが、せめて冷たいものを飲みたかった。


「へい、おまち」


 無骨な鉄串に刺されたバーベキュー風串焼きは、豚のようなものの肉になんの味付けもなされていなかった。


 さらにテーブルに置かれたのはブラシのようなものが突っ込まれたタレの壺。


「二度塗り禁止だぜ、旦那」


 こうじゃない。


 焼き鳥、焼きとんはこうじゃない。


 ジューンは文化の違いに心折れそうになりながらも、タレを塗り込めて、串から肉片を噛み取った。


「!」


 う、うまい。


 肉の舌触り、柔らかさ。こぼれだしてくる旨味成分。


 そこにタレの塩味と深みと様々な味わいが加わり、絶妙な美味を醸し出している。


 むしゃこらむしゃこらむしゃこら…………


「おかわり頼んでいいかい?」


 ジューンは近くを通りかかったウエイトレスに追加を頼む。


「あと、簡単に出てくるものはないか? 枝豆とか梅水晶とか」


「え。えーと、それは人間の食べ物ですかね? うちにはないけど……すぐ出せるお酒のおツマミでいいですか?」


「ありがとう。君のオススメで頼む」


 ジューンがニコッと笑うと、ウエイトレスは薄紫色の肌に赤みを挿し、慌てたようにキッチンに移動していった。


 勇者の固有特性の一つ「魅了」は、本人たちが気が付かないところで異性を籠絡してしまうのだが、当のジューン本人はそんな固有能力があることも知らない。


 すると、酒のツマミより先に別のウエイトレスがやってきた。


「すいませーん、ご相席いいですかー?」


「あぁ」


 曖昧に応えてエールグラスを持ち上げる。


 こきゅ……こきゅ……こきゅ……こ


 対面に男が座る。


「ぶはっ!!!」


 ジューンは思い切りエールを吹いてしまった。


 対面に座った男に全部掛かるかと思ったが、吹き出したエールは空中の見えざる壁に防がれてテーブルに落ちていく。


「し、失礼しました!」


「いや、お気になさらず………」


 ジューンがエールを吹いてしまった理由。


 それは、相席してきた男が、どうみても日本人だったからだ。


 腰まで長く伸びた髪は日本男子としてどうかと思うところはあるが、銀髪も少し混じった髪からして、自分と変わらぬ年齢と思われる。その人物は、ウエイトレスに「台拭き。そして日本酒と焼鳥」と淡々と注文した。


 日本酒と言った時点で完全に日本人であることは確定した。


「この店、日本酒は置いてないらしいですよ。当然ですが」


 ジューンがボソリと助言すると、長髪の男────セイヤーは「そうですか」とエールを注文し、ジューンが食べ残していた鉄串を見て「あれを私にも」と頼んだ。


 あれを、といったのはセイヤーにとってジューンに対する精一杯のコミュニケーションだが、余程でなければ気付かれないだろう。


「あの、すいません。ちょっとよろしいでしょうか?」


 ウエイトレスが立ち去ったことを確認し、サラリーマンモードになったジューンが腰低めに語りかける。


「はい」


 人付き合いの悪いコミュ障セイヤーは、経営者の顔で応じる。


「失礼ながら、日本人ですよね?」


「はい」


「もしかして勇者ですか?」


「はい」


「おお! 俺もなんですよ!」


「そうでしょうね」


「あ、わかりますか?」


 ジューンは自分が勇者に見える風格を持っているのだと思い、少し照れた。


「そんなコテコテの日本人顔、他にはいませんから」


「あ、そ、そうですよね。ははは」


 少しディスられた気がしてピキッと表情筋が固くなったが、この程度で腹を立てしまうほど若くはない。


 たしかにこの長髪中年が言うとおりで、この世界は見渡す限り西洋顔。魔族も亜人も西洋顔。たまにいるとしても中東顔。東洋顔とは出会ったことがない。


「俺は東のリンド王朝に呼ばれた小野淳之介と言います。日本ではしがない中小企業のサラリーマンでした」


「私は北のディレ帝国に呼ばれた渡部聖也と申します。日本ではしがない会社経営を………」


「え、経済誌プレジデンツとかタイムスの表紙とかになってたあの天才経営者の………渡部さん、ですよね………」


「そんな大したものではないんですが」


 セイヤーからすると、乗っ取られてしまった大企業の話など過去の栄光でしかない。


「こ、これは、どうも………馴れ馴れしいことを。申し訳ありません」


「こちらこそ」


「いえいえ、どうも」


「いえいえまったく」


 二人とも中腰で立ち上がり、中途半端にペコペコ頭を下げ合う。


 周りにいる魔族の客達は「なにやってんだあの人間たち」と呆然と見ている。


 エールも来たので、二人は日本人のお約束である「乾杯」をする。


 エールグラスを軽くぶつけ合い「かんぱい!」と言い合い、クイッと飲む。


 コミュ障のセイヤーでも、それくらいのコミュニケーション能力はあった。


 その様子を見ていた魔族たちも、なぜかあちこちで「乾杯」と真似を始める。


「いいな、これ」

「酒を飲む合図って感じがする」

「これ、流行るんじゃないか?」

「人間の風習、面白いな!」


 魔族たちが湧いている中、『これはこの世界の人間の風習ではないが』とセイヤーは思ったが黙っておくことにした。


 そんなセイヤーから見たジューンは、野生児、いや、野生の中年だ。


 浅黒い肌。体育会系の眼差しと物腰。裏表ない豪快さが顔に現れている。


 自分とは真逆のタイプだと認識した。


「………」


 セイヤーは魔法の力でジューンを「鑑定」し、時間にして1秒足らずの内容だけで「!?」と顔色を変えた。


「………あの、小野さん」


「はい?」


 ジューンはエールグラスを傾けながら応じる。


「あなた、化物ですか」


 またエールを吹き出しそうになった。


「失礼。私は対象の鑑定ができる魔法を身に着けているのです。失礼ながらあなたが敵対的なのかどうか調べるために、簡単な情報を鑑定しましたが────異常です」


「異常………」


「そのステータス、おかしいことになっています………」


「ま、まぁ、そうかもしれませんね、はは」


「不躾で申し訳ないのですが、もっとあなたの能力を確認させていただいてもよろしいですか?」


「え、ええ」


「では………見せても良いという気持ちになっていただけますか? どうも勇者の鑑定は阻害が多く……はい、はい、見えました………これはなんという………反覆練習しただけであらゆる事象を身につけることが出来る勇者特性………あなたが努力すれば全知全能にでもなれるということですか。これは恐ろしいチートだ………私の魔法の力も努力されてしまったら、あっという間に抜かれてしまうのでしょうね」


「は、はあ」


 少し早口でまくしたてられ、ジューンは引き気味になった。


「失礼しました。私の能力もお伝えします。私の勇者特性は、魔法の極みです。いかなる魔法も操れ、思うがままに魔法を生み出すことが出来る能力です。系統魔法も血統魔法も、すべての魔法を操り、自分で適当に作り出せます。たとえばこのエールグラスに注いだエールは永久に空くことがない、とか」


 半分以下になっていたジューンのグラスは、エールが並々と元に戻った。


 何口か飲んでみると、また湧き出して一定の量になる。


 このグラスはいずれ「エールの聖杯」と呼ばれるのだが、どうでもいいことだ。


「これはすごい……俺の魔法なんて、全て初期の初期ですよ。火属性なんて【蝋燭に火をつける魔法】ですから」


「それでもあなたの魔力で放てば伝説の極限火魔法エターナルインフィニットバーニングフレイムクラスを軽く凌駕するものになるでしょう?」


「その中二病くさい名前の魔法を見たことがないので、なんとも………ははは」


「ははは………」


 ぎこちない。


 大の大人、しかも久しぶりに見た同郷の異世界人が、顔を突き合わせて急に寡黙になる。


「おまちどーさまー」


 ウエイトレスがいくつもの食事皿をテーブルに並べる。


 串が何本も。ツマミらしき野菜のなにかが何皿も。あと、魚のようななにかも。


「こんなに頼んでないけど」


 ジューンが不思議そうにウエイトレスを見ると「あちらのお客様が同席されたいそうです」と手で指し示した。


 大量の食事を前もって発注し、タイミング合わせてやってきたパリピの小男は「どーもどーも」と頭を下げた。


 ジューンとセイヤーは固まった。


 見た目もやることも、どう見ても日本人だ。


「僕はアップレチ王国に呼ばれた曽我恒雅って言います。すいません、ちょっと立ち聞きしてました。みなさん勇者なんですよね?」


「小野です」


「渡部です」


「どーもどーも」


 また中腰で三人がペコペコと頭を下げだす。


 周りの魔族たちは「あれは敵意がないことを示す作法なんじゃないか?」と言い出し、あちこちのテーブルで中腰ペコペコが始まった。


「確かにこの姿勢だと踏ん張れないから、戦えないことをアピールできるな」

「うん、武器も抜けないな」

「頭を下げながらも相手から目を離さないようだ」

「相手を観察するには丁度いい時間を作れる挨拶の仕方だな」


「では、勇者三人の出会いを祝して! 乾杯!!」


 なぜかコウガが音頭を取り、ジューンとセイヤーもエールグラスを持ち、カツンと合わせる。


「「「ぷはぁ!」」」


 おっさんは酒の旨さを我慢できない。


 思わずこぼれた「ぷはぁ」が重なった時、三人は苦笑のような曖昧な笑顔を見せあった。

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