おっさんたちの魔王討伐物語
第1話 おっさんたちは集まった。
東の大国「リンド王朝」に召喚された勇者ジューンこと小野淳之介は、困っていた。
ここは魔王領のイレーバ・スラーグという国の【シュートリア】という町。
この国はエリゴスの故郷らしい。
初の魔王領ということで緊張していたが、街道ですれ違う魔族の商人たちは「こんにちわー」と気軽に挨拶してくるし、シュートリアの番兵も「遠くから遥々ようこそ」と歓迎ムードですらあった。
どうも人間と戦争しているという雰囲気がない。
むしろ人間を嫌っているとか下に見ているという気配すらない。
魔族と言いつつも実に牧歌的な、のほほんとした空気が流れているので、ジューンは面食らっていた。
そんなジューンに同行しているのは、リンド王朝の天才宮廷魔術師クシャナと、魔族の一般人エリゴス、そして旧神と呼ばれる巨人族、それもティターン十二柱の一人であるテミス(人間サイズ)だ。
クシャナとエリゴスはまだしも、テミスは露出度の高いビキニアーマーだけをまとっているため、少々目立つ。
「今夜はここに宿を取りましょう」
全員一致で女魔族(の一般家庭出身)エリゴスの提案に乗っかる。
宿の名前は【止まり樹の猪亭】という意味がわからない名前だが、宿の作りとしては本格的で、人間の町で言えば高級宿に相当する。
敵領地ということで緊張していたのはジューンだけではなくクシャナもそうだが、あまりにも普通に接されるので「なんだかなぁ」と気が抜けている。
宿代はどうしようかと思っていたが、流通している貨幣が違っても、金銀の重さを計って問題なく金銭として受け取ってもらえた。
むしろ魔王領で流通している貨幣より質がいいらしい。
「旦那さんたちは観光ですかい?」
宿の亭主は薄紫色の肌をした魔族で、翼もあるし尻尾もあるし、角もある。容姿の特徴はエリゴスと変わらない純然たる「魔族」だが、やはり対応は人間相手と変わりない。
「観光じゃないけどな」
ジューンはバカ正直に「魔王討伐に来た」と言うほど阿呆ではないが、嘘をつけるほど器用でもなかった。
「魔王討伐に来ました!」
元気一杯に宣言するエリゴス。
硬直するジューン。
────エリゴスの阿呆め!
ジューンはいつでも戦闘できるように
「魔王討伐かぁ。そいつぁ、ぜひやってもらいたいもんだね」
「!?」
店主曰く、魔王というのは魔族最強の力を持っているがゆえに、いろいろと考え方が歪んでおり、誰からも支持されていないらしい。
エリゴスも勝手に徴兵されて「真紅の鎧」の見張り番をさせられていたくらいだから、人手不足なのかもしれないと思っていたが、そもそも「魔王軍になりたいやつなんかほとんどいない」とのことだ。
「って、ことは旦那たちは勇者ってやつかい?」
店主の目線の先にいるのはクシャナとテミス。どうみても魔術師と、どうみても露出狂の女戦士だ。
「まぁ、そうだな」
ジューンは諦めて認めた。
「ほー!! 勇者なんて初めて見た! 派手な赤い鎧着てるなぁとは思ってたんですよ。どうです、ちょっとこの壁にサインとかしていきませんかい? 将来『勇者が泊まった宿』って宣伝にもなるんで、ぜひ!」
「宿代まけてくれる?」
「いいともさ!」
エリゴスの謎交渉により、壁にでかでかとサインを書かされる羽目になったジューンは、荷物を部屋に置いたら町の中を散策することにした。
綺麗にカットされ、加工された均一性のある石のブロックで敷き詰められた道。木材と石積みで成り立っている町の建築物………この世界の人間より建築技術は進んでいるようだ。
だが、地べたを歩き回るしかない人間と違い、有翼の魔族は空を飛んで移動できる。
その違いからなのか、町の構造はかなり入り組んでいた。
真っすぐ歩いているはずが気がついたら橋のアーチの上にいて、町を見下ろしていたり、中央の通りを歩いているかと思ったら路地裏に入り込んでしまったり………ここはある意味迷路だ。
「空間把握の練習をしておくべきだった」
ジューンは努力の勇者である。
寝る間も惜しんで、とにかく反復練習し続けることができる。
他の人間なら途中で音を上げるような気が遠くなる反復練習を、ジューンは平気でやってのけるのだ。
「そこまでやりゃ当然そんだけ強くなるわ!」と言う者は誰もいない。
「なんで努力しただけでそんなことができるの!?」と言う者だけだ。
人間はどんなに努力したところで、剣圧で空間を叩き割ったりはしないが、ジューンはそこまで出来るようになる。
努力しただけありえない力を身につける。それがジューンの勇者特性なのだ。
「ん」
ジューンは町の中を散策するうちに、懐かしい匂いを感じた。
醤油を焦がすような匂い。いや、焼鳥のタレの匂いだ。
サラリーマン時代、ふらりと立ち寄った居酒屋で鳥の串盛りと日本酒で一杯やるのが好きだった。
真紅の鎧の隙間からズボンのポケットに手を忍ばせる。
よし、銀貨と大銀貨が何枚か入っている。
銀貨は日本円換算1000円、大銀貨は1万円くらいだ。
魔王領の物価がわからないので不安もあるが、足りなくなったら【止まり樹の猪亭】に使いを出してもらって、クシャナに立て替えてもらおう。
あたりを見回すと何件か酒場がある。
ジューンはその中でも
西部劇でよく見ていたスイングドアを押し開けると「らっしゃい!」と、ドアに似合わない居酒屋風の声をかけられる。
まだ夕方でもない早い時間だというのに、席はほぼ埋まっていた。
「お一人様ですかー?」
ウエイトレスと思われる女魔族が現れる。
「うん。入れるかな? 人間だけど」
「? ええ、入れますよ?」
人間だからなに? とでもいうような顔をされた。
『おいおい、本当に人間と魔族は戦争してんのかよ』
ジューンは別の意味で不安になってきた。
北の大国「ディレ帝国」に召喚された勇者セイヤーこと渡部聖也は、困っていた。
ここは魔王領のイレーバ・スラーグという国の【シュートリア】という町。
同行しているのはディレ帝国第二王女のエヴゲニーヤ………愛称エーヴァと、ただの侍女エカテリーナ。
そしてダークエルフ族のリーダーでもあり魔王軍の将軍でもあるヒルデ。その直下である七戦士。更にトレシ砦にいた魔王軍のダークエルフ族が約400名。更に更に噂を聞きつけて合流してきた魔王領各地のダークエルフ族が数え切れないほど。
セイヤーが困っているのは、このダークエルフ族の集団である。
この世界のダークエルフ族がみんな集まったんじゃないかと思えるほどの群衆は、とてもシュートリアの町に入りきれない。
ヒルデが町の番兵と交渉し、町の近くで野営することになったのだが、まぁ騒がしい。
真っ昼間から焚き火を囲んであちこちでリュートを掻き鳴らし、酒を煽って歌い出す。
シュートリアの人々は外で祭りでもやっているのかと出てくる。
ダークエルフ族はそんな町の人々を自慢の野菜料理で歓迎する。
町の人々は酒や物々交換の品を持ってきて一緒に楽しむ。
………おかげで本格的にジプシー祭りのようになってきた。
「ダークエルフ族は享楽的なんですぅ~」
ヒルデはセイヤーに筋肉を擦り付けた。
顔は春風駘蕩でのほほんとして愛らしい作りをしているのに、身体は黒光りした筋肉の塊で、古傷だらけだ。そしてその肉体美を惜しげなく見せつけるためなのか、鎧は秘部にちょっと添えてある程度でしかない。
これは「法と掟の女神である旧神テミス様の戦装束に由来するれっきとしたものなんですよぅ~」とのことだったが、防具としての意味は皆無だろう。
そんな彼女のことを「筋肉ダルマ」と称したら、なぜダークエルフ族の中でダルマ信仰が始まり、セイヤーのことを「マスターダルマ」と称し始めた。
もともとコミュニケーションが苦手なセイヤーは「もう好きにしてくれ」と諦め気味にダークエルフ達を捨て置いた。
なぜかダークエルフと魔族たちの野外大宴会には、エーヴァ王女とエカテリーナも加わっている。
王女はともかく、エカテリーナはすぐ飲みすぎる。翌朝「おろろろろ」となっている図が目に浮かぶ。
せっかく女たちが離れているので、セイヤーはぶらりとシュートリアの町を尋ねた。
人間と戦争中だというのに、魔族の番兵は「ようこそ」と歓迎してくれた。
魔法で確認したが、罠ではなさそうだ。
ここは魔王領の中でも人間と戦争していない国なのかもしれない。
セイヤーは町の中を散策するうちに、懐かしい匂いを感じた。
醤油を焦がすような匂い。いや、焼鳥のタレの匂いだ。
経営者時代、ふらりと立ち寄った居酒屋で鳥の串盛りと日本酒で一杯やるのが好きだった。
亜空間にしまっている財布を手に取る。中には銀貨と大銀貨がぎっしり入っている。エーヴァグループで得た莫大なお金のほんの一部だ。
あたりを見回すと何件か酒場がある。
セイヤーはその中でも
西部劇でよく見ていたスイングドアを押し開けると「らっしゃい!」と、ドアに似合わない居酒屋風の声をかけられる。
まだ夕方でもない早い時間だというのに、席はほぼ埋まっていた。
「お一人様ですかー?」
ウエイトレスと思われる女魔族が現れる。
「あぁ………」
従来のコミュ障が発揮されて、ぶっきらぼうな対応になったが、ウエイトレスは笑顔を絶やさず「相席でもいいですか?」と尋ねてきた。
一人席がいい、と思ったが、この混みようだ。断れないだろう。
セイヤーは相席になる者が、無口で不干渉であることを願った。
南の大国「アップレチ王国」に召喚された勇者コウガこと曽我恒雅は、困っていた。
ここは魔王領のイレーバ・スラーグという国の【シュートリア】という町。
同行しているのはエフェメラの魔女ツーフォー。ブラックドラゴンのジル。
なぜか魔族のイーサビットが辣腕を振るって指揮しているのは、とんでもない数の魔王軍所属の亜人種たちだ。
笑うしかないその規模は、人数にして数百万。
この町をすっぽり覆い尽くせるほどの数で「魔王軍の実数より多い」とイーサビットが言っていたが、軍属ではない非戦闘員の亜人たちも加わっているからだろう。
彼らはイーサビットを始めとする元魔王軍精鋭部隊の面々が仕切っている。
その中には元部下の呪術師であるクリストファーもいるが、さっくりイーサビットを裏切った割に、今は仲良くやっていた。
亜人軍団は規模的に迷惑になるからと、町に入らず野営している。地平線の先までテントが綺麗に並んでいる様は圧巻だ。
「なに? 反対側にダークエルフの集団が? 我々に参加するために来たんだろう。あとで族長が来るかもしれない。その時はコウガ様に面通しをしていただこう」
イーサビットは完全に副官のように仕事していた。
女騎士を裸にひん剥いて椅子にしていたクズとは思えない働きだ。
「なに? 三聖女の方々はコウガ様と同じテントでいいかだと!? 馬鹿者!! コウガ様たちは町の宿を取るのだ! 我らがコウガ様にいつまでテント暮らしを強いるつもりだ!」
イーサビットが言う三聖女とはツーフォー、ジル、ミュシャのことらしい。コウガの意思は反映していないが、コウガの妻の地位にある女性は聖女なのだとか。
『うーん、僕、もしかしなくても神格化されている?』
これがコウガの困っていることだ。
たんなる小さいおっさんであり、なんの能力もない(と思っている)コウガとしては、身の程以上の扱いに困っているのだ。
「おや、コウガ様、どちらへ?」
イーサビットの隣から離れようとすると、すぐ問われ「近衛兵、コウガ様の警備を!」と指示が飛ぶ。いつのまにか近衛兵も組織されていたようだ。
イーサビットだけではない。ツーフォー、ジル、ミュシャも過干渉だ。
ツーフォーはヤンデレオーラをフルパワーで発揮していて「コウガちゃん、トイレですか? 私がフキフキしてさしあげますよ?」と今も言ってくるし、ジルは捕まえた獲物は逃さないオーラを全開にして「いつ子作りするんじゃ? 旦那様」と舌なめずりしているし、ミュシャは「構ってくれないと爪とぎするぞ」という猫オーラを醸し出している。
「正直、一人でいる時間が欲しい」
思い切ってそう言うと、全員一致でそこのシュートリアの町の中であれば一晩OKと許可してくれた。
「ひゃっほい!!」
コウガは意気揚々とシュートリアの町を尋ねた。
人間と戦争中だというのに、魔族の番兵は「ようこそ」と歓迎してくれた。
語尾に「え、また来たぞ?」と聞こえたが、気のせいだろう。
コウガは町の中を散策するうちに、懐かしい匂いを感じた。
醤油を焦がすような匂い。いや、焼鳥のタレの匂いだ。
サラリーマン時代、独り身の寂しさから同僚を集めてよく居酒屋に行ったものだが、鳥の串盛りと日本酒で一杯やるのが好きだった。
金色の軽鎧の隙間から財布を取り出し中身を確認する。
よし、意外にたんまりお金はある。
ファルヨシの町を救うために散財したが、なぜか散財した分の倍以上の収入を得てしまったためだ。もちろん、なんでそうなったのかわからないが、流れに身を任せていたらそうなった。
あたりを見回すと何件か酒場がある。
コウガはその中でも
西部劇でよく見ていたスイングドアを押し開けると「らっしゃい!」と、ドアに似合わない居酒屋風の声をかけられる。
まだ夕方でもない早い時間だというのに、席はほぼ埋まっていた。
「お一人様……じゃなくて本当はお待ち合わせですよね!?」
ウエイトレスと思われる女魔族が現れて妙なことを言い出した。
「いや、待ち合わせてないけど………あ、けど一人で食べるのは寂しいからどこかに混ぜてくれない?」
従来のパリピ根性が発揮されたコウガに対して、ウエイトレスは笑顔を絶やさず「いい席がありますよ」と言った。
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