第21話 閑話・ツーフォーの独白
私はツーフォー。
エフェメラの魔女、最後の一人。
生まれたときから隔離された環境で育ち、勇者降臨の人柱として魔法を鍛えられてきました。
それでも、勇者を召喚しない間は幸せな方でした。
村に来る王家認可済みの
熟れたエフェメラの魔女たちは、これまた王家がチョイスした男たちが定期的にやってくるので、その男たちと睦言を交わし、エフェメラの女を生む。そういう世界だと思っていましたから、いずれ私も男に抱かれ、子を産んで、老いて死んでいくつもりでした。
ところが、今になって勇者召喚ですよ。
村の女達はみんな召喚の儀に駆り出されて死にました。
私が最後だったのは、まだ幼い子どもたちを守るように大婆様から言付かっていたので、隠れていたからです。
ですが、食料確保のためにちょっと村を離さた時、幼子たちも王家の手の者に連れて行かれていました。
私も王家の者達に見つかり、さっそく儀式に駆り出されることが決定したのです。
王家の騎士が言うには、エフェメラの魔女はみんな召喚の塔で死んだそうです。
魔力を使い果たして憔悴しきって死んだ者。
血を流し続けて死んだ者。
首をはねられ供物とされて死んだ者。
塔から身投げさせられて死んだ者。
複数の男たちに慰み者にされて死んだ者。
小さな乳飲み子も、みんな………。
私は泣き叫び、気が狂いそうになりました。
そして、村の結界がほとんど消失していることに気が付きました。結界自体をエフェメラの魔女たちが作っていたので、その魔女がいなくなればなくなるのも当然です。
私は儀式を無茶苦茶にしてやろうと思いました。
だから夜中に抜け出して召喚の塔に行き、祭壇の場所に呪いの魔法陣を描き、この命を賭して王国に千年の呪いをかけようとしました。
ところが────呪いの魔法陣は、実は勇者召喚の魔法陣だったのです。
現れたのは背格好の小さな男性。顔立ちや体つきは、このあたりでは見慣れない、まるで異種族のような方でした。
彼は魔力を失って死ぬ寸前だった私を蘇生してくださいました。
コウガ様。
興奮すると止めどなく喋り続けるウザったい御方ですが、心根が優しく、明るく、とても良い方でした。
コウガ様は名も無き24番目のエフェメラである私に「ツーフォー」という名を下さいました。コウガ様のラッキーナンバーなんだそうです。
最初は王国への復讐のため、王国が一番困るであろうことを考えて、勇者であるコウガ様を殺して私も死のうと覚悟していました。
しかしコウガ様は王国への復讐を手助けしてくださると仰いました。
この御方を殺してしまうのが一番の復讐だとは思いますが、そんな消極的なことではなく、勇者様がこの国を滅ぼしてくれそうな気もしました。
とにかく今は、勇者召喚したことがばれないように逃げる………その一手で私とコウガ様は、エフェメラの女にだけ伝えられている水晶の洞窟に身を隠しました。
長居はできませんでしたが、幸せな二人きりの時間でした。
湯浴みするコウガ様のお体を隅々まで舐めるように拭いたり、厠の後を綺麗にお掃除して差し上げました。私はコウガ様のほくろの数も「ピー」の皺も「ピー」の反りや硬さや長さなど、すべて記憶しております。他の女たちとは触れ合ってきた次元が違うのです。
こほん。
それはいいとして。
その後、どういうわけかブラックドラゴンのジル様も勇者様に心酔して付いてくるようになりました。
上位ドラゴンです。人間が太刀打ちすることなど考えもしない、神に等しい存在が、です。
ドラゴン一匹倒すのに人は何万という命を散らす必要があります。国が一つ滅びる覚悟が必要です。
それをたった一人の異世界の男が従えてしまいました。
確信しまたね。私にはこの人しかいない、と。
ブラックドラゴンのジル様は、100年ほど前に異世界人と交流があったそうで、今コウガ様の妻の座を狙っています。それはたとえ相手が強大なドラゴンであっても許せません。正妻の座は私のものです。
とは言うものの、私はジル様と和平を結んで手を出さない約束も交わしていますから、殺し合いは出来ませんけどね。
ふふ。もし殺し合いになったら私は瞬殺されます。ジル様は私と対等の関係を築こうと加減してくれているのです。
あ、ちなみにコウガ様とは姉弟、あ、いえ、兄妹の契も交わしていますから「コウガ(お兄)ちゃん」と呼ぶことになっています。
年齢的にコウガ様のほうが上なので兄妹、ということらしいのですが、私としては溺愛する弟のような感じなのです。
おっさん? いえいえ、すべてが愛おしいです。
胸に抱きしめて授乳する感覚というのでしょうか。死ぬほど甘やかしてあげたくなるんです。
コウガ様、いえ、コウガちゃん曰く「バブみを感じてオギャる」行為らしいのですが、あれは私のすべてが満たされていくのです。
そういえば最近してませんね。コウガちゃんが自立する前にもっとしてあげなきゃ。
最近といえば、そうそう!
私の魔力が格段に跳ね上がっています。
どうしてこうなったのかはわかりません。
もしかするとコウガちゃんの持つ「勇者の影響」かもしれませんし、ジル様の「
もともとエフェメラの魔女は魔力が強い血統なのですが、倍、いえ、三倍以上の魔力になっている気がします。
とくにコウガちゃんを抱きしめると魔力が上がる気がするのです。
あぁ、コウガちゃんを私の体内に埋め込んでしまいたい………。
食べるんじゃないですよ? 吸収してしまいたいのです。同化とも言いましょうか。一つになりたいんです。
そうそう。
冒険の話もしなければなりませんね。
コウガちゃんは、アップレチ王国の内乱に関しては「自国民による自浄作用を期待する」という難しい事を言ってましたが、とりあえず放置です。
そして私達は魔王討伐のために魔王領に進んでいます。
別れ際、剣聖ガーベルドが愛剣である二本のショートソードをコウガちゃんに託しました。
これは伝説の武器らしく、どんなに斬っても刃毀れせず、切れ味が落ちても自己修復するスグレモノなんだそうです。持ってみたらすごく軽くて、コウガちゃんでも振り回せそうです────が、コウガちゃんは剣術も魔術も体術も素人同然ですから、正直宝の持ち腐れではあります。
ですが、コウガちゃんはここぞという時に凄い幸運を引き当てて、どんな相手にも勝ってしまうんですね。あれは全く読めません。
魔王領に着く前に、とある町の酒場で荒くれ者とギャンブルした時なんて、可笑しかったですよ。
コウガちゃんだけどんどん負けていくんです。
どう考えてもイカサマだったんですが、最後の最後にとんでもないカードを引いて一発大逆転で総取りです。
イカサマをしくじったのでしょうね。
そしたら相手が「イカサマだ!」だなんてイチャモンつけてきまして。
ふふ。そうなったら私とジル様とミュシャ様の出番です。全員コテンパンにして
奪った身包みは売り払いましたが、夕食代にもなりませんでしたけどね。
私の予想なんですが、コウガちゃんの勇者特性は「幸運」なんだと思います。
少しの不幸が大きな幸運になって返ってくる、だけではありません。少しの幸せを分け与えただけでも大きな幸運として返ってくるような気がします。
とあるドワーフ族の女性が困っているのを助けてあげたことがありました。
その後、魔王領に入って食べ物も飲み物もなくなって困っていたら、助けたドワーフ娘の親が実はエルダードワーフ族という上位ドワーフの皇族で、旅の援助をしてくださったり。とにかく「困って限界」になったら「なにかしら助け舟がやってくる」という旅です。
だからといって気を抜いて良いわけではありません。
幸運なんて目に見えない力、いまいち頼れませんからね。
けど、コウガちゃんの幸運力がある限り、魔王もとんでもない方法で倒せてしまうと確信しています。
魔王を倒したらどうするか?
もちろん水晶洞窟に戻ってコウガちゃんを一生飼い殺し、いえ、一生お世話し続けます。
誰の目にも触れさせません。コウガちゃんは私だけのものなんですから。ふふ。
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