第20話 コウガは王都に向かう?
味噌汁だけではどうにもならなかったので、解毒魔法で二日酔いから開放されたツーフォー、ジル、ミュシャもやってくる。
「今回イーサビット率いる魔王軍を引き入れた宰相は、個人的にイーサビットから褒美をもらい、さらに王国と魔王との不可侵条約を結ぶ手はずだったようです」
ガーベルドの婚約者である女騎士は、羊皮紙に書いた報告書を広げてみせた。
「この国の宰相が一番の黒幕みたいだね」
コウガは揃い踏みした面々を前に真面目な顔をした。
魔王との不可侵条約など、ただの約束にすぎない。時期が来たら魔王軍は攻めてくるだろう。もし条約を破ったとしても魔王軍を止められる者がいないのだから、意味などないのだ。
「勇者様、魔王軍と戦う前に、どうか」
女騎士とガーベルドが頭を下げる。
「冒険者ギルドは常に中立でなければなりませんが、それは人間の中の話。魔王と手を結ぶような者への制裁という話であれば、いくらでも協力を惜しみません」
いつもの受付嬢に戻っているエリールだったが「後で私にも解毒の術を」と小声で言ってきたところからすると、随分二日酔いなのだろう。
「………なんの話?」
コウガは何の話をしているのか把握できていなかった。
「宰相を討つのでしょう? コウガちゃんから覚悟を感じました」
「え、何言ってるのツーフォー」
「そうかそうか。我が旦那様は正義のために宰相を討つか。ならば妻として我も加勢せねば」
「いやまってジル。僕なんにも言ってないよね?」
「飼い主がそうするのなら、当然飼い猫もそうする」
「ミュシャ? なんか適当に合わせようとしてない?」
「恩人の勇者様のために、私達もお供致します!」
「女騎士さん? 自分から振ってきたのに、なんで『私はあとから乗っかりました』風で言うの?」
「………」
「ガーベルドさん? 何言ってるかわからないからね? 言いたいことがあるのなら大声で言っていいんですよ? 僕に無茶振りするなって言ってください。言いましょう?」
「勇者様とは昨晩乳首をつまみあった仲ですから、国内の冒険者ギルドを総動員してご覧に入れます」
「
「「勇者様についていきます!!」」
「いやいや、ちょっと待とうか。もう払える報酬がないからね? てかいつからそこにいたのさ」
「「報酬なら昨夜たんまりいただきました!!」」
「「あの働きであの金額は貰いすぎでっさぁ!!」」
「「だから返しきるまで俺たちゃあんたの私兵だ!!」」
「「クソムカつく貴族共に一泡吹かせるってんなら、無料で力貸しますぜ!!」
コウガは困った。
ここは感動するシーンなんだろうか。
むさ苦しい男たちが満面の笑みを浮かべて自分の挙兵を待っている。
「「勇者様!!」」
宿の食堂に声が響く。
よくよく見たら宿の店主や下働きの子供たちはもちろん、窓の外には町の人々が張り付いて、こちらの返答を伺っている。
「宰相を倒しましょう!!」
ガーベルドが大声を張り上げた。
「うそ、そんな声出るのあんた………」
しかしどれほど促されても、コウガはバカではない。
理想だけではどうにもできないこともよくわかっている。
国と喧嘩して勝てるか。日本にいるときには考えたこともない。むしろ考えるのが無駄だ。絶対勝てないのだから。
だが、ここではどうか。
『あれ。こんな御伽噺のみたいな世界だったら、やれるんじゃない?』
コウガは、事が愚直なほど自分に都合良く進むこの異世界を「御伽噺の世界」だと思っているが、ここは現代日本より現実的に「生と死」が間近にある世界だ。盛大に勘違いしている。
「やるか」
コウガが照れながらボソリと言った言葉は、空が割れんばかりの大歓声と共に凄まじい速さで町を駆け抜け、領内に広がった。
それが国中に広まるまで、それほど時間はかからなかった。
魔法の新聞は、絵柄が動く。文字が動く。
現代日本で言うところのAR技術に近い感覚で、人々は新しく貼られた魔法の新聞を見上げる。
庶民が群がっている壁には一枚物の新聞紙が貼り付けてあり、各社がネタの良さを競うように、売り物の新聞を持った各社の売り子が声を張り上げている。
「とうとう勇者様がお怒りだってんだから、さあ大変! 魔王討伐の前に国の世直し開始ときたもんだ! 王侯貴族の旦那方は戦々恐々! こりゃ楽しみじゃねぇかよ、えぇ!?」
「てやんでぇ。こっちのネタはもっと濃い! そんなチンケな新聞なんか読んでたら頭空っぽになっちまぅ。いいかい旦那方、うちのネタは捕らえた魔族がどうなったのかっていう記事がメインだ。勇者様がどう扱うのか、これは見ものだ!!」
コウガは興行師たちの煽り合いを見ながら「へー、こんな文化は(多分)なかったわ」と感心していた。
壁にずらりと貼られた新聞各社の一面記事を見る。
どれも見出しが強烈らしいのだが、文字が読めない。
「もうコウガちゃんったら、甘えん坊さんなんだから」
もうどこの目線から話しているのかわからないツーフォーが読んでくれた。
「正義の勇者、悪徳宰相を討つべく、挙兵! 賛同した王国軍が次々離反か!?」
「魔王軍退治に私財を投じた勇者様に対して、いまさら支援を申し出る貴族が続出! 小銭で命を拾おうとする貴族許すまじ!!」
「今までどんな勢力にも加勢しなかった国内冒険者ギルドが、なんと勇者を全面バックアップ!?」
「剣聖ガーベルド、ご成婚前に宰相を倒すと宣言!」
「ブラックドラゴン一族が次々に来訪。かの一族は勇者に加勢し、宰相討伐に力添えをすると公言!!」
「スクープ!! エフェメラの魔女、隠蔽されていた非道な日々を激白!! 彼女たちは王家に囚われて、全員殺されていた!!」
「絶滅の危機にあった
「王城、王都から逃げ出す人の群れが社会問題に」
「勇者は本当に勇者なのか。甘言に騙されてはならぬ。貴族院が非常事態宣言を発令!!」
「今話題の宰相閣下に突撃インタビューを敢行!! 待てよ明日の朝刊!!」
「気持ちいいおっぱい相撲とは」
新聞は発行部数の多い所から前に貼られ、ゴシップ臭や貴族への媚びが強い新聞はどんどん奥へと貼られていくシステムらしい。
「好き放題書いてるなぁ」
「ふふ。それだけコウガちゃんの影響力があるということですよ」
ツーフォーはコウガの腕を持ちあげ、きゅっと抱きしめた。
「貴方様のお陰で私は一族の恨みを晴らせそうです」
「なにもしてないんだけどねぇ」
本当にコウガは何もしていない。なぜこうなってしまったのかわからないが、とにかく国内は打倒王侯貴族、打倒宰相の気運が高まりまくっていた。
その影の立役者の名前はコルニーリー。
彼はアップレチ王国宰相が飼っている諜報役で、つい最近までは北のディレ帝国に忍び込み商業ギルドの中で実権を握って、ディレ帝国の文化文明を発展させないように根回ししていた男だ。
勇者セイヤーの無茶苦茶な魔法によって企みを看過されてしまったコルニーリーは、セイヤーから「アップレチ王国の宰相は、週に一度、お前の女房を必ず抱いている上に、娘達も狙っている。奥さんは娘とお前を守るために嫌々抱かれているようだ」と教えられ、飛んで帰ってきたのだ。
絶大な権力を持つ宰相をどうやって討つか………刺し違えてでも!と思っていた矢先に、この国の勇者が挙兵したとの噂を聞きつけた。
あとは諜報役として今まで培ってきたスキルを多用し、噂に現実味をもたせ拡散してみせた。
その結果、王城を守る兵士はほとんどいない。美しい姫とプライドのために戦う騎士たちも兵たちと同様だ。
貴族たちも殆どは尻尾を巻いて逃げ出し、王族と宰相だけが王城に立て籠もっている。
「王は阿呆だから宰相に付け入られた! 王は交代せよ!」
「才女である第一王女に王位を!」
シュプレヒコールが起きる。
その様子を見て、腸が煮えくり返る思いをしている者がいた。
贅の限りを尽くしてきたのだろうと、ひと目で分かる体型をした男は、王城のテラスから下界を見下ろし、憤怒の形相を浮かべている。
宰相は貴族の家の者だ。武芸者ではないので、もし戦いになったらなんの役にも立たない。
「我が国の勇者め。一体どんな反乱勢力に焚き付けられてしまったんだ」
宰相は舌打ちした。
本当ならエフェメラの魔女の命を犠牲に喚んだ勇者は、宰相自らみっちり洗脳するつもりだった。
『いかにこの国が優れていながら他国に虐げられているか。民草が愚かで税収が少なく、王侯貴族は疲弊している。すべての世直しが出来るのは勇者のみ。望むのであれば金も地位も名誉も女も、すべてを手にできる────というでっちあげで、都合よく操れるはずだったんだが………』
腐心する宰相を尻目に、アップレチ王国の水面下では別の動きが活性化していた。
「民や多くの貴族を納得させるために、此度の根源となっている宰相を死刑に」
淡々とした、冷たい言葉であった。
会議室でそんな冷たい言葉を発したのは、まだ20歳前半であろう若き王女である。
白薔薇の君。
本当の名前は、ティルダ・アップレチ王国第一王女。
現国王にとって一粒種の世継ぎである。
彼女は悪行三昧の宰相に絡められ、たんなる傀儡に成り果ててしまった父王を見限った。
そして「民のために」という
本当は、召喚の儀でこの国にやって来る「勇者」を引き込んでから、とも思っていたが、勇者を呼ぶエフェメラの魔女が行方不明になった時点で諦めた。
宰相が王を騙すために、召喚時期をずらしたのではないかとも思ったが、当の宰相が一番面食らって慌てていたので、予想外の出来事だったのだろう。
ティルダ姫に賛同する家臣たる貴族たちが、それぞれの領地で挙兵準備をしていた矢先、いるはずのない勇者が起った。
内辺境の一角に現れた魔王軍を撃退した勇者一行は王都に向かっており、それを聞きつけた腕自慢や王侯貴族に恨みのある者たちも結集し、万全な頃の国王軍に匹敵する数に膨れ上がっているという。
このまま王都になだれ込んできたら、血で血を洗う戦いが起きる。
その前に宰相を断罪し、あるべき姿に国を戻そう。というのが王女の意見だ。
「風はいまこちらに吹いています。やるべきです」
集まった臣下の貴族たちは「うーむ」と頭を巡らせた。
「魔族ですら殺さず生かして捕らえた勇者様が、宰相を死刑にしたと言えばなんと思われるか………危険な賭けですぞ、姫」
「左様。ここは捕らえておくだけでよろしいかと」
姫は少し嫌悪感を顔に出したが「よきに計らいなさい」とだけ言った。
「ご不満がおありで?」
「いいえ。宰相から実権をすべて取り上げ、隔離できれば問題ありません。あと現国王にも退陣していただきましょう」
「それは………仕方ありませんな。そうしなければ民は黙っていないでしょう。して、次期国王はどうなさるおつもりで?」
「次期国王は必要ないでしょう。次期女王に私が就きますから。自分から我が手の中にやって来るのですから、勇者を利用するのはこの私です」
「さすがは白薔薇の姫。棘が恐ろしゅうございますな」
「はははは」
その会議室が作られたような笑い声で満たされた時、斥候がノックもなしに駆け込んできた。
「無礼であろうが!」
その斥候を飼っている貴族が赤面しながら怒鳴る。飼い主である自分のしつけが悪いと思われるからだ。
「報告します!! 勇者様は魔王領に向かっています!」
「なんですって!!!」
白薔薇の君はヒステリックな声を張り上げた。
王都に向かっているのは、剣聖ガーベルドや婚約者が率いる王国騎士団。ジルの親戚のブラックドラゴンたちが率いる上位ドラゴン軍団。エリール率いる冒険者軍団。宰相に恨みを持ち、裏切ってやってきた多数。
そこにコウガはいない。
「あれだけいれば十分でしょ」
コウガは大軍団を見送り、ツーフォーとジル、そしてミュシャだけを連れて歩き出した。
「どうして王都にいかないんですか」
少し不満そうなのが、一族を殺された恨みを持つツーフォーだ。
「僕は僕のやるべきことをしないと、他の勇者が悪人だったら魔王倒した後とか、いろいろ大変そうじゃない。だから僕がやらないと」
「ですが、コウガちゃんは勇者の力に目覚めていないんですよ!?」
「それなんだよねぇ。だからもう少しみんなに頼っていいかな」
「「「よろこんで!!」」」
今の今までコウガを責めていたツーフォーですらキャッキャッと嬉しそうに腕に絡みついてくる。
まるでデートでもするかのように、魔王退治の旅は始まったのであった。
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