第11話 コウガの実力は?

 実力テスト。


 冒険者ギルドの裏はちょっとした広場になっていて、木で作った案山子がいくつか置いてあった。おそらく剣術の訓練用だろう。


 広場には試験官がいた。


 いた、が………コウガは自分の目を疑った。


 猫だ。


 身長はツーフォーやジルより高く、おそらく2メートル近くあり、筋骨隆々で恵まれた体格をし、背筋もすっと伸びた………猫だ。


 顔は完全に猫。丸くて小さい手先と足先も猫。長く伸びた細い尻尾も猫。


 毛並みは馴染みのある三毛猫だ。


『三毛猫ってメスしかいないんだっけ………』


 現実逃避するように元いた世界の常識に思い耽るコウガだったが、その試験官は、クイクイと猫招き、いや、手招きした。


 ドラゴンだって人間に化ける世界なのだから、猫頭人身の種族がいても「まぁ、ファンタジー♡」で納得出来ないことはない。


 だが、でかい。ごつい。


「そこの箱の中から得意の武器を取ってください」


 案外普通の女性の声だった。


「は、はい」


 コウガは人一人入れそうな長方形の木箱を見た。


 剣や棍棒のようなものが無造作に入っている。


「箱をひっくり返して全部取り出していいですよ。弓も入ってますからね」


「は、はぁ」


 よいしょ、と箱を横倒しにして中身をぶちまける。


 武芸の心得など欠片もないが、武器といえば剣だろう。


 しかし、どれもでかい。重い。


 コウガは自分に合いそうなショートソードを手にした。


 竹刀より短く60センチほどの長さしかないが、軽くて持ちやすい。


「じゃあ、これで……って、えー!?」


 試験官の猫は中身の無くなった木箱の中に座っていた。


『確かに猫は箱とか好きだけど!』


「………失礼しました。思わず、つい」


「は、はぁ」


 ふと気がつくと、広場には他の冒険者たちが集まっていた。


「勇者様が試験を受けられるそうだ」

「どんだけ強ぇんだろうな。おら、わくわくすっぞ」

「それにしても試験官のミュシャさん、いつ見てもセクシーだよな」


「セクシー!?」


 コウガは愕然と周りの声に反応した。


 どこらへんがセクシーなのか具体的な説明を求めたくなるほど、目の前の猫頭人身の試験官は、でかい、ごつい。


「見ろよ、ミュシャさんがウォーミングアップ始めたぜ」


 前屈し、そのまま地面に手を置いて、膝は曲げず尻を上げて背筋を伸ばす。


 どう見ても猫の「伸び」だ。


「あぁ、たまんねぇな。あのしなやかな身体に艶のある毛並み。ピンと立った尻尾………あの艶めかしさはまるで猫みたいだぜ」


「やっぱり猫だよね!?」


 誰にともなく反論してしまったコウガだが、なんでこの化け猫が試験官なのかと冷や汗が出てきた。


 このでかさ………熊だと言ってもいい。


 スリムでしなやかな猫ではない。筋骨隆々の猫だ。


 許されるのならこの猫の種族は大熊猫としたいが、それはパンダの和名だ。


 そもそも猫と人間では身体能力が違いすぎる。


 猫パンチの速さは、人間の動体視力や反射能力では到底躱すことなどできない。


 走れば人間では追いつけないし、爪の一撃は当たりどころが悪ければ致命傷にもなる。


「どうしました? 汗が出てますが」


 猫試験官のミュシャは、表情を変えずに近寄ってくる。猫なので表情筋がないに等しいのだ。


「あ、え、これは」


 ざり


 ざりざりざり


「いてぇぇぇぇ!?」


 ミュシャはコウガの頬をのようにざらつく舌で舐めた。


「うおお、羨ましい!」

「ミュシャさんの猫舌いいなぁ」


「猫って言ったな!? 言ったよね!?」


 誰にともなくコウガはツッコミを入れるが、外野の見物人達と会話が続くことはなかった。


「それでは、どうぞ。刃は落としてありますから、存分に攻撃してください」


「は、はぁ」


 コウガはブンブンと剣を振ってみた。


 刃が立っていない、よれよれの剣筋は、誰が見ても「素人」だ。


「おや、剣は使ったことがないのですか?」


「はぁ。武器は初めてです」


「それはそれは………剣の持ち方はですね」


 ミュシャはコウガの手を取った。


『あんた剣持てないだろ………』


 猫の手で剣を持つことは難しい。


「あ」

「あ」


 案の定、剣が落そうになり、二人は慌てて手を伸ばし、ぶつかりあい、その場に倒れた。


「うおお、勇者様なんてことを!」

「ラッキースケベだ!」


「………」


 2メートルはある筋骨隆々の猫に覆いかぶされ、コウガは猫毛に顔を埋めていた。


「いけませんね。緊張されているのですか? 体が硬いようです」


『いや、どいて………猫毛が口に入るからどいて………』


「仕方ありませんね。私が緊張を解しましょう」


 もきゅ


 もきゅ


 もきゅ


「うおおお、肉球マッサージだ!」

「両手でふみふみするあのマッサージをされるなんて、なんてラッキーなんだあいつ!!」


『これって猫が乳を探す時にするあの行動だよね? なんで僕にしてるのかな?』


「さて、そろそろいいでしょう」


 導かれて立ち上がると、新調した服のいたるところに猫毛がくっついている。


『………コロコロかガムテープあるのかな、この世界』


 コウガはゲンナリしながら再び剣を構えた。


「素手でいいんですか?」


 構えながら尋ねると、ミュシャは口角を上げた。


 猫が人と同じように笑うと、これほど不気味なものはない。


「問題ありません」


 ミュシャは両手を前に出した。


 爪が伸びる。


 どう見ても鋼色をした爪だ。


「………その爪、アメコミヒーローのウルヴァなんとかが持ってるアダマンなんとかって金属じゃないですよね?」


「あら、よくわかりましたね。この爪はアダマンタイトです」


「勝てるか!!」


 コウガは剣を地面に叩きつけた。


「いえいえ、勝ち負けを判別するのではなく、あなたの技量を見るのです」


「生まれてこの方、一度も戦った経験ないですよ!? 喧嘩もしたことないですし、親父にもぶたれたことがありません」


「あら。勇者様は貴族の出なのですか?」


「いいえ。ド平民です」


「ああ! そうでした。勇者様といえば異世界からおいでになるとか。いろいろとこちらと勝手が違うのでしょう。それに………」


 ミュシャはスッとコウガに近寄った。


「ご自分の力が何なのか把握していないとただの人と変わらないとか────把握されておりますか?」


 耳打ちするように言ったのは、見物人たちに聞こえないようにするためだろう。


「いえ、まったく」


「大丈夫です。慌てなくてもいいのですよ。東の勇者と北の勇者もまだ能力が開花していないと聞きますし、慌てず、焦らず、ゆっくり探せばいいのです」


『なんだこの包容力は!?』


 モキュっと抱き寄せられたコウガは、そのふわふわもふもふ感に、安らぎを見出した────ツーフォーとジルが遠慮のない妖気を発しながらやってくるまでは。


「「なにをしている」」


 コウガはなんとなく「あ、僕の冒険オワタ」と思った。

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