三人のおっさん勇者が小さな幸せのために日々適当に冒険する物語。

第12話 コウガは冒険者？

　試験官のネコ人間「ミュシャ」がツメを構え直す。

「私は冒険者ギルドの実力判断試験官のミュシャです。あなた方の判別はこの方の後です。お下がりください」

「明らかにコウガちゃんにセクハラしてましたよね？」

　ツーフォーは怒りの波動を身にまとい、瞳が漆黒の闇に包まれている。

『あいつ、ほんとに人間なんだよなぁ………？』

　コウガはツーフォーの顔の恐ろしさに思わず引いていた。

「旦那様になにをしようとしているのか知らんが、我が許すと思ったか！」

「もう一度言います。これは実力試験です。お下がりなさい」

　緊張感が半端ない。

　野次馬していた冒険者たちは、この場に漂う殺意の気配に飲まれて顔面蒼白になっている。

「はいはい、みんな下がって下がって」

　コウガが両者の間に入る。

「僕の試験なんだから、ジャマはしないこと。いいね？」

「コウガちゃんがそう言うのなら」

「旦那様の決めたことに従うのが良妻の勤めじゃ」

　二人はあっけなく引き下がる。

「ふふ、凄いですね。あれはエフェメラの魔女と、ドラゴンの人化体でしょう？　そんな二人を従えるだなんて、さすがは勇者様です」

　ミュシャはコウガに向き直る。

「従えてるつもりはないんだけどね」

「従えるだけの実力アリと見ました。さあ、どこからでも攻撃してください」

　仕方なくコウガは落とした剣を拾い上げ、高校生の時の選択授業で習った剣道のやり方でショートソードを振った。

「片手剣（ショートソード）を両手持ち？」

　ミュシャは猫の目を細くした。

「はっ！」

　コウガが斬りかかる。

　打ち込みの深さ、足さばき、体幹、剣筋、すべて素人だ。

　しかも………

「あっ」

　自分の足が絡んで倒れた。

　その両手に持っていたショートソードがすっぽ抜けて、ミュシャの顔面に突き刺さりそうになったのを慌ててツメで弾き返す。

「！？」

　今のはマグレか偶然か。

　まさか剣を投げてくるとは思わず、対応が遅れてしまったミュシャは、猫毛の下と肉球にじっとり汗をかいた。

「トリッキーな攻撃ですが、武器を手放したら終わりですよ」

「いてて。そうでもないかも」

　箱からぶちまけた武器がコウガの近くに置いてある。

　コウガは棍棒を手にしていた。

『次の武器を手にする位置で転んだ振りを！？』

「いくよ！」

　コウガが再び打ち込んでくる。見たことのない構え……それは野球のバット持ちだ。

　走り込みながら横薙ぎに振られた棍棒を難なく避けたミュシャは、内心「その程度か」と思った。

　だが、棍棒の重さに耐えられず一回転したコウガから二撃目が来るとは想定していなかった。

「なっ」

　ツメで受け止めるが、たっぷり遠心力がかかった棍棒を受けて、ミュシャの手はしびれた。

「私に当てた！？」

　ミュシャは現役こそ引退していたが、冒険者時代はランクCであった。

　ランクDで領主のお抱えの騎士クラス、ランクＣで国の近衛騎士と同レベル、ランクＢ以上は相当な実績を世に知らしめた者達ばかり………つまりランクCとは一般的な冒険者の最高位だと言っても過言ではない。

　それをド素人に見えるコウガが押したのだ。

　一見勝てそうな相手ほど、強い。それはミュシャが現役時代に師匠から習ったことだ。

　実戦でこれだけトリッキーな攻撃をされたら、少しでも反射が遅ければ負けている。

「ありがとうございました。あなたの実力はランクD相当であることを認めます」

　ミュシャが宣言すると見学者たちからどよめきが起こった。

　駆け出しの冒険者はランクＧからスタートするのがセオリーだ。

　それが、4階級特進とは、異例中の異例だった。

「どうもー」

　コウガは軽く会釈して下がると、次はツーフォーの番だった。

「あら」

　ツーフォーを前にしてミュシャの尻尾は大きく膨れ上がり、顔の毛もたてがみのように総立ちしていた。

「あなたはランクC相当だと認めます」

「戦わないんですか？」

「引退した身で死にたくありませんから」

　ツーフォーは消化不良な顔をして下がった。

「いよいよ我の出番か」

　ジルが前に出る。

「あなたはランクB相当だと認めます」

「「早っ」」

　この場にいる全員から同じ言葉が出た。

「ドラゴン相手に戦うとか冗談じゃありません。まだ死にたくありませんので」

「そうじゃろうなぁ。まぁ、よい。これで冒険者とやらになれたんじゃな？」

「はい、受付で冒険者章を受け取ってください」

　ミュシャが頭を下げる。

『こんな辺境にあるファルヨシの町で、あんな化物たちに会うなんて、私はついてないわ………二人目の女はエフェメラの魔女。自分の命と引き換えに勇者召喚をする秘匿された一族────召喚に用いる莫大な魔力を有するアップレチ王国最強の魔女一族とやりあったら、いくらなんでも死ぬわよ。それに三人目なんて、ただのドラゴンじゃない。あの羽と尻尾からすると上位ドラゴンの中でも最強の十色ドラゴンと呼ばれているうちの一つ、ブラックドラゴンよね』

　三人が建物に入るのを見て、ミュシャはへなへなとその場にしゃがみ込む。

『あの人達なら魔王討伐も夢ではないわね………』

「こちらが冒険者章になります」

　コウガには読めないが、それはこの世界で言うところの「D」の文字が入ったもの。

　ツーフォーには「C」の文字、ジルには「B」の文字だ。

「大体ABCってアルファベットの概念がこの世界にあるのがおかしいと思うんだけど？」

　小声でツーフォーに尋ねる。

「昔の勇者様が持ち込まれた言葉ですよ、コウガちゃん」

「ああ、なるほどねぇ」

「ABCDEFGの7段位として知られています」

「7？　HIJKとか、その後ろは？」

「え？」

「アルファベットはGで終わりじゃないよ？」

　受付の麻みたいな書き心地の悪い紙を借りて、受付嬢も興味津々としている中、アルファベットをAからZまで書くと、ツーフォーと受付嬢は「す、すごい！」と歓喜した。

「こ、これは勇者学を学んでいる考古学者たちが歓喜する情報だと思いますよ、コウガちゃん」

「コウガ様、この紙、ギルドで買い取らせていただいてよろしいでしょうか？」

「え、あ、はい……」

　なにかとんでもないことになってきたな、とコウガは引き気味だった。

　まさかこの落書きのような殴り書きがあんなことになるとは、この時想像もしていないのであった。