第10話 コウガは冒険者ギルドで?

 朝の宿。


 与えられた自室で三人は床を睨みつけていた。


 水晶の洞窟で一週間暮らしていた間、食料としてツーフォーが確保してきた動物の「売れそうな部位」とやらを並べているのだ。


 なにかの牙。なにかの毛皮。なにかの石。


「………石って」


 生物の体から出てくる石なんて、胆石しか想像できない。


「魔石です。心臓には必ずあるんですよ」


 ツーフォーに言わせると、それは魔法の力を持たない者や魔法の力を補うために広く使われている「魔道具」の動力源となるらしく、大きな魔石だと宝石以上の価値があるらしい。


『要するに電気じゃなくて魔力を貯めたバッテリーみたいなものか』


 コウガは決してバカではない。だから心臓に必ずある、という言葉も聞き逃さなかった。


「ってことは、僕たちはこれまで魔物食べてたってことだよね? 世間一般的に食っていいものなの?」


「え?」


「あ、ごめん。僕のいた世界で魔物って言うと、本当に食えそうに見えない怪物みたいなものってイメージでさ。この世界では魔物ってあれでしょ? 『強い動物』なんでしょ? あのプレーリードッグみたいな『大きい動物』のことだよね? 違うの!? なんで黙ってるの? ね、ちょっと! 僕はこれまで何を食わせられてきたの!? ねぇ、ちょっと!? リアクション! リアクションしてよ! なんで目を合わせないんだよ、おーい!」


「旦那様、すまぬ」


 ジルは一瞬にして背後に回り、コウガの首筋に手刀を落とした。


「ま……またか………」


 白目をむきながら昏倒するコウガの耳には「あー、やっぱり気絶させたくなりました?」とツーフォーがジルの行いに同意している様が聞こえた。











「いってらっしゃいませ」


 宿の店主ダヤンと服飾屋のジョルジョが頭を下げて見送る中、この世界の服を着込んでご満悦なコウガは、同じく「服を着た」美女二人と共に宿を出た。


 コウガが着ている服は一見するとワンピースのようにも見える麻のローブを腰元のベルトで締め、下にはゆったりしたズボンと黒革のロングブーツ。そしてチョハと呼ばれるコート兼マントのような上着。どこからどう見ても中世ヨーロッパ風の衣装だ。


 ツーフォーとジルは、胸元が強調されたドレス風の衣装だが、町征く女性は皆同じようなデザインのドレスを着ているので、普段使い用なのだろう。


 ツーフォーは赤基調、ジルは黒基調になっているが、ほぼ同じデザインだ。


 違いがあるとしたら、ジルの背中から生えている黒い羽根を出すために、ちょっと細工がしてあったり、長いスカートの下から黒い尻尾が伸びているところだけだ。


『コスプレしてるみたいで面白いな』


 40すぎたおっさんがやることではないとも思えたが、この異世界情緒を満喫するためには必要だ。


 衣装の代金は宿代も含めて後払いにしてもらった。


 早速、品を売るために教えられた場所に行く。


 町はそれほど大きくないので、中央通りにあるそれはすぐに見つかった。


 看板は出ているがコウガに文字は読めない。


「冒険者ギルド、と書いてあるのぅ」


 ドラゴンであるジルですら読める。ちょっとした劣等感だ。


「物を買い取る雰囲気ないけど、ここで売れるの?」


「はい。魔物の部位買い取りは冒険者ギルドでやるというのが常識です」


 にっこり微笑みながらツーフォーが建物の中に入ると、中から「おー」という男たちの野太い歓声が漏れた。


 こんな朝っぱらからなんだが、冒険者とかいう傭兵のような者達の声だろう。


 歓声の意味もわからんでもない。


 ツーフォーは髪の毛こそ自分で削ぎ落としたので短くなっていが、顔立ちはそのあたりを歩いている女性たちとは雲泥の差だとコウガも思っている。


 続けてコウガが入ると「ぷっ」とか「クスクス」とかいう笑い声になった。


 無骨な男たちがこちらを見ている。そして目が笑っている。


 誰もちゃんと言葉にしていないが、その視線を交わす仕草から代弁するなら「なんだこのちっせぇ男は」「こいつが冒険者なのかよ」という蔑みだ。


 そして最後にジルが入った瞬間、男たちは悲鳴を上げ、壁際まで猛ダッシュして身を縮めた。羽根と尻尾を見てしまったのだ。


「ま、ま、魔族だ!!」


「………我は魔族ではないぞ」


 ジルは憮然と言い放つ。


「我は古きブラックドラゴン。『魔法の神』と名高い『ツィルニトラ』の孫、ジルである」


 ジルは証拠を見せるために、右腕の袖をまくった。


 そして肘から先を少しだけ「元の姿」に戻す。サイズは小さいが、完全にドラゴンの前足だ。


 それを見た何人かの冒険者は口の端から泡を吹いて昏倒し、もう何人かは短刀を抜いて自分の首に充てがって愛する者の名を泣きながら唱え始めた。必死に生きようとする者は、力が入らず腰抜けになった体を必死に動かして四つん這いで出口に行こうとしている。


「魔族」ですら人間では討伐が難しい恐るべき敵だというのに、全生命体の最高位にある「ドラゴン」が一緒の場にいるだけで「死ぬしかない」と思わせられるのだ。


「こらこら人間どもよ、我は、貴様らを取って食いはせぬ。楽にせよ」


 別に殺気や魔力を放出しているわけでもないのに、死ぬほど冒険者たちをビビらせたジルは、にっこり微笑んでコウガのに抱きついた。


 腕に抱きつくには身長差がありすぎるので、頭を抱きかかえるのが一番しっくり来るらしい。


 コウガに抱きついてイチャコラするジルを横目で睨みつけながらも、ツーフォーは自分の仕事をしようと窓口に行った。


「買い取りはこちらでよろしいでしょうか?」


「あ、あの、はい、そ、そうなんですけど、あなたたちは………」


「旅の者です。もしや冒険者登録していないと買い取りしてもらえないんでしょうか?」


「き、規則では、そうです」


「では登録致しましょう」


 冒険者章を発行するにはいくつかの手続きを踏まなければならない。


 犯罪歴の確認、能力の確認、実力の確認。


 犯罪歴は過去三年間の罪状を調べる必要があるらしいが、通信や真っ当な交通手段がないに等しいこの世界では、国から懸賞金をかけられるような重犯罪者以外の小さな罪は記録にも残っていない。


 調べ方は、国内外問わず世界最大のネットワークを持つ「冒険者ギルド」だけが持つ、なにかしらの魔法具によって、すぐ確認できるらしい。


 能力は自己申告制だ。


「正しき者の羊皮紙」と呼ばれる、虚偽記載はインクが乗らないという便利な魔法アイテムに名前、性別、年齢、出身地、職業、得意分野を書く。


 これは直筆でなければ意味が無いらしいが、コウガが字の読み書きができないと申告すると、ギルド職員が「特別な方法」で代筆するらしい。


 この世界の識字率は高くないようだ。


「では」


 カウンター越しに女性職員がコウガの手を取り、指と指をからめる「恋人繋ぎ」をした瞬間、室内におぞましい妖気が漂い始めた。


「ツーフォー、ジル、やめて」


 コウガが真剣な顔で振り返ると、美女二人は「え、なにもしてませんけど」みたいな顔でそっぽを向く。


 今し方一瞬漏れた殺気と魔力だけで、腰が抜けて床に座っていた冒険者の何人かは心臓麻痺一歩手前の陥り、胸を抑えてハァハァと荒く息をした。


 それなのに、ギルド職員の女性は平然としている。


『この人、実はとんでもなく強いんじゃ』


 そう思っていると、職員さんは、羽ペンに黒インクを付けて羊皮紙の上をスラスラと滑らせ………なかった。


「………し、職業以外、全部わからない……し、しかもこの職業って……嘘……【勇者】だなんて!!」


 悲鳴のような声だった。


 死人のようにうずくまっていた冒険者たちが驚愕の顔をして頭を上げる。


 王家しか知らない「召喚」という方法で異世界から呼び寄せ、いかなる魔物にも屈せず、いかなる魔族をも打ち倒す一騎当千、いや、一騎当万、当億にも値する、人類の切り札────救国、救世の英雄。それが【勇者】だ。


「あー、名前はコウガ、でお願いします。性別は見ての通り男でして。年齢は44歳です。出身地は福岡県福岡市中央区……あ、それ言ってもわかんないか………出身地はわからないってことで。職業は半官半民のランドマークを作るような上場企業の営業ですね。得意分野………分野かどうかはわかりませんが、飲み会の場を盛り上げたりしてます。合コンの主催とかも。まぁ、僕は盛り上げ役だけで終わってしまうんですがね、ははは」


「………後半は何を言ってるのかさっぱりわかりませんでしたが、勇者様であることは間違いないようです。犯罪歴もありませんし、あとは実力の確認を裏でお願いします」


 先程の驚き様はどこに行ってしまったのか、女性職員は恋人繋ぎした手を素っ気なく離した。


「残りのお二人はこちらでご記入をお願いします。勇者様は奥にお進みください。別の担当が実力診断致します」

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