第4話 コウガはバブれる?

 曽我恒雅。つまり勇者コウガは、虹色の洞窟の中で、とにかくツーフォーと話をした。


 この世界の情報を欲していたからだ。


 文化。文明。人々の暮らし。生活様式。禁忌。交通。通信。貿易。紙幣価値。一般的な人々の一生………ただの雑談からでも拾えることはある。


 世界情勢については、ツーフォーも隔離されていた身なので詳しくないが、この世界の常識や文化文明のレベルはだいぶつかめた。


『文明的には中世後期から大航海時代ってところか。だとしたら1400年代………ええと、関ヶ原の戦いが1600年だからそこから200年位引くと、室町時代から戦国時代の辺りか。うーん』


 電気やガスは期待できない。


 そもそもこの世界には「魔法」というものがあり、その存在が文明を不必要にしている節もある。なんせ光の魔法、火の魔法、水の魔法などがあれば生活インフラを必要としないのだ。


「魔法の使い手は重宝されますが、誰でもなれるものではございません」


 ツーフォーはコウガを膝の上に抱き、後ろから手を取り「魔力とは……」と説明をする。


 まるで子供にあやとりでも教えているかのような状態だ。


 40すぎたおっさんを、(確認したところ)まだ18歳の美女が膝の上に抱いて手を取り密着する。これは嬉しい半面、おっさんとしてはかなりの羞恥プレイだった。


「あのさ。この体勢、必要?」


「魔力の伝導を感じるにはくっついていたほうがいいのですが、正面から抱き合うと説明しにくいので………あ、私の胸が気になりますか? 揉みます?  吸います?」


「お、おぎゃー」


 思わずバブみを感じてオギャってみたがツーフォーは「?」という顔をして「どっち? 揉む? 吸う?」と問い直すだけだった。


 洞窟暮らし7日目にしてコウガは気がついた。


『この子、あかん』


 と。


 彼女はとにかく甲斐甲斐しくコウガの世話をした。


『そこまでしなくても自分でやれる』『いいえ、勇者様の手を煩わせるなど』というやり取りも最初の頃はあったが、コウガが諦めてされるがままになると、あとはなし崩しだった。


 風呂がないので、彼女は魔法で生み出した水を火の魔法で温め、自分のマントを裂いて作った布でコウガの体を拭いた。


 木板の上で寝ているコウガが寒いと感じて身震いするや、ぴったり全裸でくっついてきて柔肌で温めた。


 腹が減れば近くの野獣を狩り、野菜を取り、果物を採取して持ってきた。


 ちなみに、コウガにはわからないことだったが、ツーフォーは冒険者にでもなれば、かなり上級の腕前だ。これは、エフェメラの村が外界と隔離された完全な自給自足だったので、自分たちで狩りをしていたおかげである。


 料理の腕も抜群だった。


 しかし町に行けていないので、調味料のたぐいがない。ツーフォーの作る料理は「素材の味を活かしまくり」なものだった。


 サラダという名のを噛みながら「ドレッシングがほしい……」と呟いたら、ツーフォーは自分の血をドレッシング代わりにしようとするものだから慌てて止めたこともあった。


 ツーフォーが甲斐甲斐しく世話を焼く理由。それは、コウガに対する依存だった。


 そもそも彼女は隔離された女しかいない村にいたので、男への耐性が低かったし、同族の仲間が全て死んでしまった今、依存する先がコウガしかなかったのだ。


 洞窟暮らし一週間が経過した今………ここに第三者がいたら、ツーフォーの共依存っぷりに青ざめただろう。


 共依存とは「自分と相手の関係性に過剰に依存すること。すなわち「人を世話・介護することへの依存」である。


 共依存者は、相手から依存されることに自分の存在価値を見出し、相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで、自身の心の平安を保とうとする。


 一見すると献身的・自己犠牲的に見えるが、実際には相手の自発的活動を拒む自己中心性を秘めている。


 仲間をすべて失い天涯孤独となった「名も無き女」は、コウガに対して、強く依存し、強く依存させる関係性を作ったのだ。


 例えば────コウガがトイレのない洞窟の奥で用を足そうとすると、ツーフォーは後ろで待っている。


 最初こそ「恥ずかしいからあっちに行ってくれ」と懇願したが「なにも恥ずべきことはございません」と立ち去らない。


 彼女は大でも小でも、嫌な顔ひとつせず待ち、事が終わると慈愛に満ちた笑顔で「よくだせまちたね。よちよち。きれいきれいしまちょうね」と、程よく暖かく濡らした布と水魔法で排泄器官を洗浄しようとする。


 さすがに40すぎているとはいえ、要介護者ではないコウガからすると「なにしてくれてんのお前」という気持ちだったが、こんな美女に背徳的な気分に抗えず、言われるがまま、されるがままになってみた────それが間違えだった。


 ツーフォーは完全にコウガに依存するようになっていた。


 自分の生まれて初めて持った「生きがい」はコウガの世話をすること。コウガはその生きがいを奪ってはならない。ただ言われるがままお世話されろ、と。


「コウガ様は魔法の素質があまりないようですね」


 ツーフォーに後ろから抱きしめられながら言われ、コウガはびくっとした。


『使えない子は殺すしかない』と続けて言われそうな恐怖感があるのだ。


 昔の映画で「とある作家のファンの女が作家を監禁し、逃げ出さないように脚も叩き折り、ずっと甲斐甲斐しく世話を焼く」というものがあった。今のコウガはその作家の気分だ。


 だが、コウガにもどうしようもない事情がある。


 ここは異世界。自分の知らない世界だ。


 一人外に放り出されたら生きていける自信はない。


 なんせツーフォーが狩ってきた野獣は、彼の知る限り「魔物」のようなおぞましく強そうな動物だったからだ。


 それに自分を召喚するはずだったアップレチ王国は、血眼になってエフェメラの女と、それが勝手に召喚した勇者を探しているらしい。


 これは獣を獲りに行ったツーフォーが、街道にいた旅人から仕入れてきた情報だ。


『このまま美女のヒモってのも悪くない………なんてことが言える男だったらなぁ』


 九州男児であるコウガは、女、しかも20数歳年下の若い女に全力で世話されている自分が嫌で仕方なかった。


 男は働き、女を家を守る。


 そういう古臭い教育を幼少時から受け続けたコウガは、早くこの洞窟を出て自立したいと思っていた。


「いけません。外は危険でいっぱいです。いっぱいおっぱい飲みます?」


 もうまともに会話を聞いてくれそうにないので、別の方法を模索する。


「うーん、僕はちょっと、この寝場所がなぁ………」


「これですか?」


 木板の上に獣の毛皮を鞣した敷毛布がある。


「僕、寝床にはこだわるんだ。こういうキャンプみたいなのも悪くないんだけど、安眠するならやっぱり柔らかくて温かい布団で………」


 どんなにつらい仕事があっても、寝れば幸せだった。


 どんなに対人関係に疲れても、寝れば幸せだった。


 どんなにテレビドラマが面白くなくても、寝れば幸せだった。


 どんなに金があって物欲しか満たされない虚ろな生活をしていても、寝れば幸せだった。


 だが、この洞窟の中では寝ても幸せがない。


 なんせ木の板だ。安眠には程遠い。


「ではより良い寝床を用意します。命に変えても!」


「いや、命はかけなくていいからね?」


 この話題の切り出し方も失敗だった。


 次の話題で攻撃してみよう。


「それよりさ。ここにいても勇者の特性とやらは一向にわからないと思うんだ。外で色々と経験したほうが………」


「いけませんコウガ様! 何度も言いますが、外は危険です!」


「だけどさぁ。ずっとツーフォーばかり働かせて僕はなにもしていないというのもなぁ。外で働けばなにか特性が見えてくるんじゃないかなぁ」


「そんなに外に出たいのですか………ならば仕方ありません」


 ツーフォーは小刀を手にした。


「え、この程度のことで!? え!?」


 ツーフォーは意を決したように小刀を構えた。

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