第3話 コウガは覚醒を誓う?

 楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。


 ────だと思っていた自分の人生を振り返ると、どうも苦のほうが多いと思える。


 結果的に大きな不幸に見舞われなかったというだけで、幸運なのかと言われたら首を傾げたくなる。


 首の痛みを感じつつ薄くまぶたを開けながら、恒雅は「どうしてこうなっちまったかなぁ」と我が身の不幸を呪った。


 まだ少し痛む首筋を抑えながら起き上がる。


 天井は遥か高く、どこからか差し込む陽の光が、鍾乳石のようなクリスタルに反射して虹色に輝いている。その幻想的な風景は作り物ではなく自然に形成された歪さがありながらも、自然にできたからこそ生まれた美しさを兼ね揃えている。


 もしもこれを人の手で作ったとしたら相当な金がかかるだろうし、そもそもこんな造形を生み出せる芸術家などいないと断言できる。これぞ神の御業と言うべき天然の芸術だ。


 天井から差し込む七色の光。その間を掻い潜るように飛び回っているのは手のひらサイズの人間………いや、蝶や昆虫のような羽を細かく動かして飛んでいるそれは「妖精」と言うべきだろう。


 ARやVRといった類ではない。自分の目の前まで飛んできてニヤニヤしながら飛び去っていくその表情の生々しさ、肉感、小さな羽ばたきから生まれる風………すべてがリアルだ。


 辺りを見回すと薄暗い洞窟の中で、自分は粗末な木板の上に寝かされていた。


「大変なご無礼を」


 褐色の美女は傍らでかしずいていた。


「あんた、名前は」


 恒雅はと首を擦りながら問う。


 怒ったり喚いたりする気力はないし、こんな現実離れした洞窟の中を見せられては、誰かの仕込みである可能性は「ない」と判断したからの対応だった。


「エフェメラに名はございません」


「どうして」


「命を賭す者にわざわざ名をつけたりはしません」


「あぁ。勇者を呼ぶのに命を使うとか言ってたな。他にもそのフェラなんとかはいるのかい?」


「エフェメラです」


 恒雅はちょっと猥談セクハラを挟んだつもりだったが、まじめに返されて「お、おう」としか言えなかったが、彼の頭の中では「やだもうセクハラですよ、おっさんったらぁ♡」みたいな軽い返答を期待していたのだ。


 異世界にそんな女子大生キャバクラみたいなノリはないんだな、と諦める。


「他のエフェメラは勇者召喚に失敗して死にました。私が最後のエフェメラです………」


「うーん。呼びにくいなぁ。本当に名前ないの?」


「はい。私たちは生まれたときからエフェメラとして育てられ、個別の呼び方は持ちませんでした。ただ………」


「ただ?」


「エフェメラ同士は番号で呼び合っていました。私は24です」


「………囚人かよ」


「はい。近いものかと」


 24と名乗る美女は恒雅が冷静であるのを確認すると、ここまでの経緯を話し始めた。


 エフェメラは降霊術を使う、とある一族の若い女達の総称だ。


 彼女たちは囚人そのものだと言えた。


 生まれて死ぬまでの間、管理隔離された村から出ることは許されず、20歳になると、余所からやってくる得体の知れない男たちに抱かれ、子を孕み、産み、育て、老い、死んでいく。


 そんな彼女たちの存在理由は、アップレチ王国の王家秘伝の「勇者召喚術」を使う時のため────それだけだ。


 だが、世代を重ねていくと「勇者召喚できる女たち」という伝統も薄れ、現王家も半信半疑だっただろうが、彼女たちはその古い伝統のために世間から秘匿され、飼い殺しにされ続けた。


 ある時、その半信半疑な「伝統」を現実のものにせざるを得ない事態になった────魔王軍の侵攻だ。


 アップレチの王家は、他の国家が勇者召喚するというので、自分たちもそれを試みたが、伝承は代を重ねるごとに軽んじられ、ちゃんとした召喚術の方法は殆ど残されていなかった。


 召喚方法はそれぞれの王家で違っていたので、他国に聞くわけにもいかないし、そもそも王家の秘伝を他国に言うはずもない。


 だからエフェメラたちは、無茶苦茶な方法で召喚させられた。


 ある者は全身の血を抜かれて祭壇に捧げられた。


 ある者は生きたまま心臓を。


 ある者は召喚の塔から落とされた。


 何人も何人も、無益に死んでいく仲間たち。


 そして最後の24番目が彼女だった。


「ひでぇな………なんて野蛮な……」


 恒雅はしかめっ面になった。


 表面で同情しているのではない。心底ムカついていた。


 人の命をなんだと思っているのか、と。


「私も明日、あなた様を召喚するためにこの命を捧げることになっておりました」


「ん? 明日?」


「はい。せめてもの意趣返しに、今日私は召喚の塔から身を投げて自害するつもりでした。そうすれば王家は勇者を呼べなくなりこの腐った王国は滅びるだろう、と」


「だとしたら、なんで僕がここにいるのかな?」


「偶然にも私が勇者召喚の術を成功させてしまったのです。そして死んだところを貴方様に蘇らせて頂いたのかと」


「召喚成功? なにしたの? どうやったら僕呼ばれたの?」


「はい。身を投げる前にこの国を無茶苦茶にしてしまおうと、我らエフェメラに伝わる呪印を召喚の塔に描きました。の呪いが降りかかると聞いていましたが、まさかそれが勇者召喚の呪印だったとは………」


「え、僕はそのとして呼ばれたのかな?」


「それはわかりませんが………一つ、わかっていることがございます」


「なに?」


「王家に殺された仲間の恨みを晴らすには、貴方様を殺して私も死ぬのが最適な方法であるということです」


 褐色の美女は小刀のようなものを取り出した。


 恒雅は顔をひきつらせたが、こんなところで死にたくはないので、今までの人生経験で培ってきた対人スキルをフル活用することにした。


「24か」


 冷静に、静かな声で言うと褐色の美女はピクッと体を震わせた。


「24ってのは僕にとってラッキーナンバーなんだ」


「ラッキーナンバーとは?」


「幸運の数字さ。僕が宝くじで100万円当てたときが24歳で24日だったし、初めて彼女ができたのは2年4組だったし、1日は24時間だし、うちの会社は24日が給料日だし! 普通25日とか月末月初だよね! 変わってるでしょ、はは!」


 随分こじつけた。


 異世界の人に通じるのかどうかもわからない、いや、通じるはずのないことを並べ立てたが、彼女はキョトンとしている。


 これは叩き込めばいける! と感じた恒雅は言葉を続けた。


「とにかく君の名前は僕にとって幸運なんだ」


「よくわかりませんが、私が幸運………ですか」


「そうそう。それに僕を殺す必要ないと思うんだよね」


「なぜです?」


「だって目的は僕を殺すことじゃなくて王国に恨みを晴らすことでしょ? だったらもっとやり方あるんじゃないかな」


「たとえば?」


「僕が君に協力して王国を困らせるとか」


「どうやって?」


「王国は僕を必要としているんだよね。その僕が雲隠れしたら困るんじゃない?」


「それはそうですが、逃げ回っても多勢に無勢です。どこの村や町に行ってもおふれが回れば確実に捕まるでしょうし、冒険者も国からの報奨目的で探し回るでしょう」


「冒険者?」


「荒くれ者の傭兵です」


「ふーむ。じゃあ、人のいないところに隠れよう。ここはどうなの?」


「確かにここは我々エフェメラの隠れ地ではありますが………ここで自給自足するにしても、数ヶ月が限度です。何年もここに住むのは現実的ではありません」


「え、そんな長期間の話なの!?」


「ええ。魔王軍に滅ぼされない限り、国は必死で貴方様を探すでしょう。それこそ見つかるまで何十年と」


「うへぇ……数日で済むかと思ってた」


「やはり死ぬのが一番手っ取り早いかと」


「し、死ぬ以外の方法を模索したいな」


「私も一緒に死にます、勇者様」


「僕は死にたくないんだよね………あ! 僕が勇者とかいうのなら、なんか勇者パワーで不可能を可能にしたりできないの?」


「………そういえば、勇者様はこの世界の者にはない、なにか特殊な力を持っているという伝説がございます。ですが、それがどのような能力なのかを見つけ出さなければただの人で終わってしまうとか………」


「見つけよう! 見つかるって! 見つけて!」


 必死である。


「私ごときにそのような大役はちょっと………やはり死にましょう」


「いやいや! 命かけて召喚しようとしてたことに比べたら楽勝だって! 僕も協力するから!」


「確かに………貴方様が勇者の力に目覚め、その上で王国に敵対していただければ私達の恨みも晴らせるというもの………しかし、そんな不確実な方法より手っ取り早く………死にましょう」


「ツーフォー!」


「え?」


「君の名前。24なんて数字じゃ味気ないでしょ。僕の世界のさらに異国の言葉なんだけど24って意味なんだ」


 Two Four。


 Twenty Fourとしなかったのは、発音しにくさもあるが『この危ない女、日本だったら即通報………通報………ツーフォー!』というおっさん連想による名付けが頭に閃いてしまったからだ。


 その他にも「レラ」という名前が浮かんだ。


 ちなみにレラとは、死んで死んでうるさいのでレラという名前が浮かんで、その語尾だけを使ってみた、というものだが、有名なおとぎ話のヒロインに対して失礼な発想だったのと名前の由来を説明しにくいので、やめた。


「ツーフォー………私の名前………」


 褐色の美女は今の今まで固くなっていた表情を緩めた。


『よかった。喜んでる。生きながらえた!』


 恒雅は安堵した。


「あぁ、勇者様。失礼ながらお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「僕の名前は曽我そが恒雅こうがだよ」


「ソゥガ・クーガー………」


「いや、そんなかっこいい響きじゃないから」


「失礼しました。死にましょう」


「すげぇ勢いで死に直結させるのやめて!? 僕のことは曽我さんと呼んでくれ」


 あくまで年上のおっさんであるから異世界でも「さん付け」は欠かせない。


 変なところで九州男児の男の意地が出てくる恒雅であったが、ツーフォーは「ソゥガーサン」までが名前だと思ったらしく、言いにくそうにしている。


「コウガ。これは呼びやすいかい?」


「はい。勇者コウガ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「ウ」が跳ね上がるような言い方だが、まぁいい。


「まぁ、それでもいいけどね。じゃ、これからどうしようか。死ぬ以外でね!」


「………しばらくはここに身を隠すしかないでしょう。明日が召喚の儀ですから、私がいないことがわかれば騒ぎになります。その騒ぎの真っ最中に動き回るのは得策ではありません」


「なら今日どこかに移動すれば」


「………勇者召喚は人間側の三大国家すべての悲願です。リンド王朝とディレ帝国は成功したとの噂もありますので、アップレチ王国はかなり焦っています」


「ん? 話の筋が変わったよ?」


「いえ、変わっていません。焦った王国の行う捜索は、かなり大掛かりなものになると申したいのです。つまり、国の全力を上げて捜索が行われるかと思われます。そんな大捜索の最中、私達の足では到底逃れられません」


「ああ、そういうことか」


「しばらくしたら私が近くの町に行き、情報を仕入れます。それで移動のタイミングを見つけましょう」


「おお、なんだか頭いいし、実行力半端ないね、ツーフォー」


「お恥ずかしながら」


「そんな謙遜しないでいいんだよ」


「………とにかく、王国に見つかる前にコウガ様は勇者の力に目覚めていただきまして、その力で王国を滅ぼしていただければ。それができなければ死ぬしか………」


「僕、がんばる」


 早く勇者の力とやらに目覚めようと、本気で思う恒雅、いや、コウガだった。

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