強運のおっさん勇者物語

第1話 コウガは運がいい?

 曽我そが恒雅こうが


 背が低く童顔であることから、学生の頃から「愛されキャラ」という立ち位置だった。


 かっこいいではなく、かわいい。それが彼への評価だ。


 だが、根っこからの九州男児である恒雅としては、男らしくかっこよくありたいという思いが強く、付き合う女性には「三歩下がってついてこい」という態度を取るが、歩幅の問題で追い抜かれることのほうが多かったので、いつしか言わなくなった。


 立ち位置を変えよう。


 彼がそう思い始めたのは高校生の頃だった。


 バブル景気が弾け飛んだ直後で、社会的には暗雲立ち込める中だったが、まだ学生である恒雅には『世は事もなく』といった時代だ。


 彼はとにかく盛り上げ役に徹した。


 道化たことをして笑い者にされても、その場が盛り上がればいい。


 そのためには背が低く、機敏で、声の通りも良い自分は、格好のキャラクターであると自覚していた。


 こうして高校も大学も多くの友人知人に囲まれて、楽しく過ごせた。


 今で言うパーティー・ピープルの部類だった彼は、就職氷河期も持ち前の明るさとキャラクター性で、ちょっとした大手安定企業に入ることが出来た。


 会社内では真面目に。


 だが「宴会の時に恒雅は必須」と言われるほどに盛り上げることも忘れない。


 そんな彼のキャラクター性が崩壊しつつあることに気がついたのは40代を迎えてからだ。


 体がついてこない。


 カラオケでタンバリンを振らせたら天下一品と言われた宴会芸もキレがなくなり、徹夜で遊ぶと翌日どころか一週間くらいその疲労感を引きずるようになった。


 これが加齢。これがおっさんというやつか。


 鏡を見ながら恒雅は、童顔の顔に刻まれてしまった皺や、黒髪に混じる白髪を確認して溜息をついた。


 30代前半で結婚もしたが、離婚した。


 それからというもの、真剣に女性と向き合うことを恐れ、いつも場を盛り上げる道化で終わった。


 だが、恒雅は決して後ろ向きに物事を考えない。


「僕は多分すげぇ幸運なんだ」


 そう思う。


 ────例えば大学入試。


 第二次ベビーブーム世代ということで、恒雅の受験年は過去最大の受験者数だった。


 恒雅はそこそこの大学に合格できたが、志望校には受からなかった。


 第一志望の大学は、予定より大量に学生を確保したのだが、その「異例の」追加合格の枠に入れた恒雅は、すでに第二志望の大学に入学を進めていたので、泣く泣く諦めた。


 当時は「なんで後から合格とか言うんだよ!」と絶望に打ちひしがれていたが、運の良さが働いた。


 第一志望の大学は過剰に生徒を入学させ、それによって教室が足りないからと、空調もないプレハブ小屋に押し込めた。しかも講師が不足していて大学の体も成せなくなり、大問題へと発展。後の就職時に「あの大学ってほとんど勉強できないんでしょ」と切られる筆頭になっていた。


 ────例えば就職。


 ベビーブームの影響で学生が余っており、しかもバブル崩壊後で『過去最悪の就職氷河期』と呼ばれていた。


 自分のパリピ特性を活かせるだろうと、なんとか二次面接まで滑り込んだ一部上場のエンターテイメント系大手企業では、全身から胃液が吹き出るかと思うほどの圧迫面接を受けた。


 人生でここまで精神的に追い込まれたことはないと思うくらいにズタボロにされた挙句「曽我様の今後一層のご活躍をお祈り致します」というメールが届いた。


 やけくそになって超絶硬い、半分公務員に近いような上場企業を受けてみたら、あっさり採用された。


 恒雅の運の良さはここでも発揮された。


 第一志望のエンタメ企業は十数年後、他企業との癒着、不正労働、セクハラ、パワハラなどのハラスメントのオンパレードで、世間から大バッシングされその権威を失墜し、業界三番手の企業に買収され、今では社名も残っていない。


 それに比べて半官半民のような今の会社は、年に五回もボーナスがあり、年功序列でどんどん給料が上がっていく「昔ながらの日本企業」だった。


 40代で役職にもついている恒雅の年収は軽く2000万に届く勢いで、同世代の中では「勝ち組」と言えた。


 ────例えば結婚。


 恒雅は一度離婚している。


 30代前半で、自分より7歳下の美人を娶ったのだが、この妻が専業主婦として恒雅の要求レベルに満たなかった。


 難しいことや細かいことを頼んだつもりはない。


 掃除だって毎日しろとは言わないし、めんどくさい時は食事は外で摂ろう、と言うくらい緩く優しくしたつもりだった。なんせ2世代くらい年下なので、年上の男として包容しようと思っていたのだ。


 それが間違いで、余暇を持て余した妻はねずみ講式の通販に手を出し、いつの間にか家の中は売れ残った在庫のダンボールで足の踏み場もない状況になっていた。


 家事はしない。知らないうちに金が吹き飛んでいく。さらに妻は浮気もしていた。


 それも含めて許容しようと努めたが、九州男児の恒雅には無理だった。


「出て行け」


 妻の実家は「旦那が悪い」と食いついてきたが、恒雅も弁護士を立てて財産分与はしないことで収めた。


 妻は恒雅の独身時代の貯蓄を食いつぶしていた上に、浮気という相手側の過失で離婚するのだから、慰謝料を貰いたいくらいだった。


 だが「早く縁を切りたい」という恒雅の考えを尊重し、弁護士がすべてひっくるめてプライマイナス0として離婚にこぎつけたのだ。


 これは運が強いと言うべきか………その後、元妻は浮気相手の妻から慰謝料を請求されて、浮気相手と共に逃亡。通販による借金も雪だるま式に増えていき、性風俗で働くようになる。


 その間に浮気相手の男はまた別の女のところに転がり込んでしまい、独り身に。


 最近元妻の実家から電話があったが、彼女は孤独のうちに大病を患い亡くなったそうだ。しかも、二度自己破産してもまだ抱え込んでいた借金で、妻の実家は売りに出されることになったらしく、援助を申し出る電話だった。


「知るかボケぇ!」


 恒雅は携帯電話を叩きつけるようにして切り、今までの人生を振り返るに至った。


「僕は幸運だったのかな」


 一人、ワンルームマンションで、老けたのような自分の顔を見て項垂れる。


 善因善果なんてものは恒雅の人生にはない。良いことをしても良いことが起きるわけではない。


 むしろ禍福倚伏かふくいふく。つまり、人生楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。そういう風に、不幸と幸運がバランスを取り合っているような人生だ。


 その人生が一転したのは、視界が光りに包まれた、その時からだった。

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