第20話 セイヤーが知らないところで話は進んでいる。

 エーヴァ王女。


 侍女のエカテリーナ。


 魔王軍将軍のダークエルフ、ヒルデ。


 その部下である七人の女戦士。


 セイヤーは合計十名の「美女」を率いて、ダークエルフ族四百名が待つ魔王領トレシ砦に入った。


「私達ダークエルフ族は勇者セイヤーに無条件降伏しまぁ~す」


 ヒルデの宣言で砦が大混乱している頃、ディレ帝国では本人の与り知らぬところで問題が起きていた。


「勇者殿が男色であると!?」


 それは侍女のエカテリーナが報告した「勇者様は女に興味がないため、その血を残すのは難儀する」という内容のせいで曲解された問題だった。


 王城内では「どうやって男色家の勇者に子を作らせるか」という作戦会議が始まり、様々なタイプの男たちが呼ばれた。


 騎士もいれば貴族もいるし領民もいる。


 頑丈そうな男から中性的な美少年はもとより、ハゲデブからガリ剛毛まで、集められたあらゆるタイプの男代表たちは「国のために身を差し出せ」と強要された。


 彼らのは男色家ではなかったが、帝王の勅命であると言われたら逆らえなかった。


 勇者がこの男たちと交わい、最後の一瞬を孕み役の女が受ける、という作戦が提案され、女たちも集められる。


「ここにいる男女で子を作ったほうが国のためじゃないのか?」


 という声もあったが、それより勇者の血筋が残るほうが大事だった。


 広間に居並ぶ男女の選評を終えた「勇者存続委員会(仮称)」の面々がそれぞれの仕事場に戻っていく中、怜悧な女性だけがその場に留まった。


 この委員会の議長でもあり、ディレ帝国の宰相でもある女性だ。


「で、勇者はいずこに」


 短めの金髪の前髪を掻き上げながら、妙齢の女性は言った。


 叡智溢れるその顔には検があり芯もある。


 諸国ある中では珍しい女性宰相。名はデー・ランジェ公爵。


 ディレ帝国五公爵の一翼「ランジェ家」の才女にして家督を持つ者である。


 早くに婿である亭主を病気で亡くし、それからは帝国の政一切を引き受けて国家運営に携わり「鉄の女」とも呼ばれている。


「え、は、はあ」


 近くにいた近衛騎士が曖昧な応答をすると、キッと睨みつけた。


「不明瞭な答え方はやめよ。執務中である。私にわかるようにしっかりと応じてもらおう」


 厳格にして誠実。


 それがデー宰相への評価である。


 デー宰相が執務中に纏っている小さな肩マントに刻まれたランジェ家の家紋にある「秤」こそが、彼女の性質をすべて表していると言えよう。


 ちなみに、現ディレ帝王もこの五公爵の一つ「オウトモッド公爵」の出であり、セイヤーが纏っている外套の背中にある家紋はディレ帝国の国紋ではなく、このオウトモッド家の家紋である。


 五公爵家の家紋はディレ帝国の国紋をベースに「秤」「剣」「盾」「槌」「弓」が描かれている。秤はランジェ家で、剣は現ディレ帝王のオウトモッド家の家紋だ。


 セイヤーが「剣」の家紋が入ったそれを纏っていれば他国には帝国の威信を示すことになるのは間違いないが、実はオウトモッド家の家紋であるため、五公爵内の派閥争いにも一役買っている。


 ランジェ公爵の一族とオウトモッド家の一族は、元は同じ血筋から分派した宗家と本家みたいなものなので、仲が良い。


 だから宰相に「女」を就かせてくれた。


 ディレ帝国は弱肉強食の実力主義ではあるが、男尊女卑はどこの国に行こうが変わらない。女は家庭や家族を守り、男は外で働く。それが不文律として「常識」となっている世界なのだ。


 それなのに、デー伯爵を起用してくれたのは、間違いなく彼女が「実力者」だからである。


「それが、あの」


 勇者の所在を問われた近衛騎士は、それでも答えに窮した。


「………どうした?」


 あまりにもこの近衛騎士らしからぬ態度にデー伯爵が怪訝な顔をすると、騎士は背筋を伸ばし、覚悟を決めてはっきりと言った。


「はっ! 今朝から見当たりません」


「なに?」


「エーヴァ王女様もいらっしゃまいせん。侍女のエカテリーナも所在不明です!」


「どういうことか。今は夕方だぞ。報告が遅すぎるのではないか?」


 デー伯爵は冷静だった。


 侍女はどうでもいいとして、勇者や王女が所在不明とは、一大事である。


「所在不明がわかったのはつい先刻のことです! いつも勇者様や王女様は部屋におられるので、出てこないことが当然で………」


「つまり確認が遅れた、と」


「は、はい」


「いつからいないのか」


「今朝は食事されて昨夜下町で騒ぎを起こした勇者様を監禁していた地下牢に行かれましたが、その後はわかりません。ただ、城から出ていかれたり拉致誘拐されることはないかと」


「どうしてそう言える?」


「王城の守りには自信があります。入城者記録、出立記録などは厳格に────」


「いや、あの勇者様は瞬間移動される。城門から出入りしなくとも、どこにでも行けるだろう」


「………あの地下牢は魔法封じが」


「あの勇者様にそんなものが通用するものか。いいか、私はなぜ間者スパイを勇者様につけていなかったのか、と聞いている。あの部屋は天井からでも壁からでも、諜報役が監視しやすい作りになっているから勇者様に与えたものだし、地下牢もどうとでも監視できたはずだ。どうして間者をつけていないのだ」


「間者はおりました。おりましたが、消えました」


 答えたのは近衛騎士ではない。


 声だけがこの場にあり、姿は見えない。


「暗部のデッドエンドか」


 ディレ帝国の暗部。それは暗殺や諜報を司る人知れぬ特殊部隊だ。


 デッドエンドは暗部の長でもあり、王城内で名前は知られているが、姿を知る者はほとんどいない。


「近衛騎士団は部屋の周りを。我ら暗部は天井と壁から。常に勇者様と王女様を監視しておりました」


「ではデッドエンド、なにが起きたのか説明せよ」


「わかりませぬ。地下牢で隠れて監視していた間者ごと消えましたので。ただ、推測でよろしければ………」


「申せ」


「勇者様の転移魔法に巻き込まれて一緒にどこかに行ってしまった、という可能性がございます。さすがに遠方ともなれば、我ら暗部の手を持ってしても、そう簡単に連絡は取れません。それが魔王領ともなればさらに」


「なんだと?」


「常々勇者様は『早く魔王退治に行かせろ』と申しておりましたので、あるいは、と」


「魔王領の監視員からの連絡はないか?」


「帝国と隣接している魔王領の一部で大きな土煙が確認されております。あの忌まわしい魔法障壁バリアの向こうにある『塔』が倒壊したという情報もありますが、混濁しているので確認に時間を要しております」


「はは……は………まさか王女様と二人で魔王攻めを始めたとは言うまいな」


 デー伯爵は「まさかそんな愚行はありえない。ははは」と乾いた笑いを発したが、姿一つ見せないデッドエンド氏は「あのおっさんなら、やるんじゃないかなー」と小声で言った。

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