第15話 セイヤーは投獄される。

 焼き魚も美味かった。


 ムニエルも美味かった。


 謎の草で作られたサラダにかかっていたドレッシングもよかった。


 一番良かったのは軽く炙った肉と塩。それが酒の肴として最適だった。


 久しぶりに肴で一献を味わえた。


 魔法封じの魔法陣の真ん中で、魔法封じの首輪と腕輪を何個も着けられて、体中を魔法封じの鎖で巻かれ、魔法封じの刻印が至る所に彫り込まれた地下牢に閉じ込められているセイヤーは、昨夜の味を思い出して「うんうん」と頷いていた。


「セイヤー様、反省なさってますか?」


 エーヴァ王女は鉄格子の外から呆れたように言った。


「しているから、こうしておとなしくされるがままになっている」


 やろうと思えば、このような魔法封じは一瞬で破壊して、牢獄から速攻で逃げ出せるのだが、あえて罰を受ける姿勢を見せているのだ。


 ちなみに同じ牢獄の奥で、エカテリーナは小水用………つまりトイレ代わりの樽に頭を突っ込んで「おろろろろ」と美女が出してはいけない音を出している。完全に二日酔いだ。


 治癒魔法をかけてやれば一発で治るのだが、檻の前にいるエーヴァ王女が「それも罰ですから治癒はなりません」と鬼気迫る表情で言うので、セイヤーはなにもしなかった。おっさんは美少女に凄まれると急に弱くなるのだ。


「昨夜城は上へ下への大騒ぎでした。勇者様が忽然と消えるし、夜空に花が咲くし!」


「問題ない。ちょっと飲みに行っただけだ」


「問題ありまくりです!!」


 騒動。


 魔法を見せろとエカテリーナに煽られたセイヤーは、下町の酒場でちょっとしたことを披露した。


 まず、酒場の建物自体を東京スカイツリーくらいの高さまで飛び上げ、そこからフルーフォール体験を3回くらいやった。


 その時点で酒を飲んでいた、いや、飲んでいなかった者も全員嘔吐したり、気絶したりもしたが、セイヤーは全員の身体を超健康体に完治させ、飽きるまでやりつづけたら、どこかで全員にスイッチが入り、ハイテンションになった。


 もっと面白いことを!!と言われ、次は店ごと深海に行ったり成層圏まで行ったりと、様々な転移プレイを披露した。


 最後には魔法の花火を夜空一杯に打ち上げて、興奮の坩堝で宴は終わったわけだが、その結果、これである。


 最後の魔法の花火が一番致命的で、魔王軍の攻撃だと思った城の騎士たちの中には、世を儚んで自害する者までいた。セイヤーは知らなかったが、この世界に花火などないのだ。


 自害した情けない騎士は帰城したセイヤーが治癒して事なきを得たが、とにかく夜中に大騒ぎだったのは間違いない。


「飲みに行っただけで、どうしてこんな子供のような真似をすることになるのですか!」


「ノリで………」


「そのノリのおかげで、盛大に勇者のことがバレてしまいました。もうさっさと魔王討伐に行っていただく他ありません」


「それは願ってもない」


「お目付け役にエカテリーナをと思いましたが、役に立たないので私も同行致します」


「………」


 セイヤーもそれが「まずいこと」だとわかる。


 世継ぎとなる王女が単身魔王と対峙など、誰が聞いても正気の沙汰を疑う行為だ。


 なのでセイヤーは王女に諦めてもらえるように、下手くそながらも言葉で誘導することにした。


「そういえばエカテリーナは私の血筋を残す役目があるとか。王女には出来ないことだろう」


「エカテリーナはそもそもあなたと子を成すつもりがさっぱりなかったと報告を受けています。なので私が出張るよりほかありません」


「王女以外にいるだろうに」


「私以外、あなたと向き合える女性はいないと思いますが」


「いや君、まだ18歳………」


「もう18です。王族なら結婚どころか子供がいてもおかしくない年齢です」


「26歳差はちょっと。私が30歳のとき、君は4歳だったんだぞ」


「過去に意味がありましょうか? 今は18歳で女として成熟しています」


「………とりあえず子供の議論は後にして、王女が最前線に行くのは危険がすぎるというものだろう」


「セイヤー様でも私を守れきれぬと仰るのですか?」


「む、そんなことはない────というか私の自尊心プライドに訴えかけてくるのはやめてくれないか」


「とにかく! 他国の勇者と足並みが揃わない現状で、最善の策は誰よりも先に魔王を倒すことです。今すぐ、さっさと、速攻で、殺りましょう。その後は世継ぎの生成がありますからね!」


「落ち着け。エーヴァ王女、落ち着け」


「私は冷静です」


「いやいや冷静ではなかろう。よく考えて。44のおっさんと子供を作るより、もっと若くて逞しくてイケメンな男が………」


「前に枯れ専についてお教えしたつもりですが?」


「!?」


「私の性癖をご存知頂けているのはセイヤー様だけですから」


 ポッと頬を赤く染める18歳の、セイヤーから見たら「小娘」である王女が見せる妙に女っぽい仕草に「事案になる匂いしかしない」と、ちょっと目眩を覚えた。


「そうだ! 王女。聞いてほしいことがある。そしてこれは私にとって命に等しい大事な情報だ」


「………伺いましょう」


 セイヤーの真剣な言い方にエーヴァ王女も真顔になった。


「私は異性と性交渉すると勇者の力を失う。おそらくそれが、魔法のすべて司るこの力の代償だ」


「な………なんですって………」


「以前王女から頬にキスをしてもらったが、そのとき一瞬だが魔法を使えなくなった。それで私は仮定した。性交渉の経験がない私だからこそ、今の魔力があるのではないか、と」


「なんですか、それ」


「私の世界にはそういう言い伝えがあるのだ。30歳の誕生日を迎えるまで童貞であれば魔法使いになれる、と。私は40過ぎても童貞だから、かなりの魔法使いになったのだろう。そんな私が性行為に及んだら、魔法を繰り出すことはできなくなると思われる」


「うーん? その話は仮定ですね?」


「そうだ。検証するには性交渉しなければならない。性交渉したら魔法の力を失う可能性がある以上、その検証はできない。少なくとも魔王を倒すまでは」


「わかりました。枯れてて純血とか、もうこの世の奇跡みたいな………」


「え?」


「とにかく枯れ専の私にスキはありません。なにも問題はありません。さぁ、魔王退治に行きましょう」


「本気か?」


「5分もあれば出来るでしょう? さぁ! カモン!」


「………カモンって………そう簡単だといいが」


 渋々、セイヤーは自分を拘束している魔道具のすべてを吹き飛ばし、魔法を封じる魔法陣の上で、堂々と転移魔法を唱えた。


 この時、セイヤーとエーヴァ王女は牢屋の奥でゲロロロしているエカテリーナのことをすっかり忘れていた。

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