第14話 セイヤーは見世物にされた。

 夜になり、酒場に火が灯るとまわりの屋台は後片付けを始める。


 ディレ帝国の都市では、現代日本と変わらない惣菜屋が軒を連ねているが、ほとんどが移動型の屋台だ。


 仕事を終えた男たちは後片付けする総菜屋の屋台に駆け込み、パイや焼き物を口に咥えたまま酒場に入っていく。


 酒場には巨大なワイン樽があり、客は今し方買った惣菜と合わせて飲む。


 酒場にも食事はある。


 薄く切った豚肉を炭火で炙ったものや、パン、スープ、チーズといったものだ。


 この下町地区は帝都の下級市民の居住区であり、元々はあまり治安がいいところではなかった。


 治安が良くなったのは、セイヤーの指示の下、エーヴァグループが半年のうちに様々な改革を起こしたからだ。


 グループが拡大するたびに人々は働き口を得られたし、際限なく毎日働くこともなく、限られた時間で最大の効率を図れるようになり、休日が設定され、それなのに給金も増えた。


 休日に金を使うことが出来るようになったので経済が廻っているのだ。


 以前は区画単位で居酒屋を束ねるギルドがあり、件料を徴収していたそうだが、そういったギルドは、セイヤーに楯突いた商業ギルドと共に、すべて潰された。


 ディレ帝国の帝都はそれまで陰鬱な雰囲気だったが、今では「自由商業都市ディレ」として、かなり活気のある街になっている。


 エカテリーナは貧しい家の出身で、下町育ちだ。


 優秀な頭脳と美しい見た目のお陰で王城で侍女になれたが、本来なら王城勤めが出来るのは貴族の娘ばかりで、その娘達も「他の貴族の男と見合うために働いている」と言っても過言ではない。


 純粋に高い給金のために働いている下層出身者は少ないと言える中、エカテリーナは傑物だった。


 見た目、よし。


 頭の回転、よし。


 作法、よし。


 ただ、王女好きすぎて変態化してしまっただけだ。


 そんな優秀な侍女であるエカテリーナは今、勇者セイヤーの長く伸び切った髪の束を掴んで凄んでいた。


「勇者、あんたね。勝手に城を抜け出すだけならまだしも、この私まで巻き添えにするとか、どういうつもり?」


「お前が勝手についてきただけだが………」


「もう! 仕方ないから一杯おごりなさいよ!」


「わかった。そして私だけあとでこっそり城に戻ろう」


「うん、それされたら私怒られるからね? 執務中なのに勝手に城を抜け出て下町の酒場に行ってたってことになるからね!? 軽く解雇されるからね!! 下手すると酒場に出入りする娼婦なのかって噂も立つからね!!!」


「冗談だ」


「ほんとに冗談に聞こえないし。人付き合いの悪さ、どうにかしたほうがいいわよ」


「一杯飲んだら帰る。それでいいだろう?」


「仕方ないわね」











「これ旨いな」


「でしょ! この店で一番美味しい【なんかの魚の温めたやつ】よ!」


 赤ら顔でエカテリーナがドヤ顔をする。


「ちょっとエカちゃん。ちゃんとアカメのムニエルっていう料理名があるわよ」


 ウエイトレスをやっている恰幅のいいおばちゃんが苦笑している。


 エカテリーナはこのあたりの出身なので顔なじみなのだ。


「非番の時は足の悪い弟を連れてよく来てたわ。今じゃあんたのお陰で弟は飛び跳ねてるけどね!」


 ワインを瓶ごとラッパ飲みするエカテリーナの豪快さに、セイヤーは「ほほう」と感心するばかりだった。


「なによ」


「いや」


 セイヤーはジッとエカテリーナの顔を眺めていた。


 苦手な西洋顔だが、美人。しかも話し込んでいくうちに愛嬌を感じ始めた。


 西洋顔は表情が乏しいと思っていたが、エカテリーナはそんなことがなく、百面相のようにころころと表情を変えてくる。見ていて飽きないのだ。


「ちょっとおっさん。私に欲情しないでよね。私は王女様一筋なんだから」


「わかっている」


 欲情したところで、性行為した瞬間にセイヤーの勇者人生は潰える可能性が高い。


 童貞であることが今の「チート魔法使い」でいられる条件である、と仮定した場合だが。


 その仮定を「やはり性行為したら能力が消えました。Q.E.D」と実証することは出来ない。やるとしてもせめて魔王討伐後だろうし、そもそもセイヤーは40過ぎてもそういった欲に乏しい男なので「どうでもいい」とすら思っている。


「でも、いいなぁ。勇者かぁ」


 エカテリーナの言葉に酒場の喧騒がピタリと静まった。


 だが、本人は気にせず言葉を続ける。


「はぁ。私があんたみたいになんでも魔法が使える勇者だったら、それこそなんだって好きなことするのになぁ」


「それ、こんなところで言っていいことなのか?」


 聞き耳を立てていた酒場の客や店員たちが、わっと集まってくる。


「あんた、その顔立ちからするとこの国の人じゃないね!?」


「伝説の勇者が召喚されたって噂だけど、あんたかい!?」


「話をくわしく!」


 国家機密ダダ漏れである。


「よーし、酒もってこーい! このエカテリーナ様が一聴一杯で教えたげるよ!!」


 立ち上がり、テーブルに片足載せて大声を張り上げたエカテリーナの元に次々と酒が運ばれてくる。


「さあさあお立ち会い! 我らがディレ帝国の美姫、エーヴァ王女様がご召喚なされた伝説の勇者、セイヤー! それがこのおっさんよ!」


「おおお!」


「このおっさん、ただのおっさんじゃないの。あらゆる系統魔法を使えるだけじゃなく、あらゆる血統魔法も使え、しかも自分で新しい魔法も作っちゃうんだから!!」


 酒場の中が「うそだぁ」という不穏な空気になる。


「さあ、おっさん、見せ場は作ったからね!」


 エカテリーナはワインのボトルを空になるまで飲み干し始めた。


 客たちが期待の眼差しでセイヤーを見る。


「………知らんぞ」


 セイヤーはスッと立ち上がった。

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