三人のおっさん勇者が小さな幸せのために日々適当に冒険する物語。

第13話 セイヤーは欲しいものを思い出した。

　オリハルコン。

　それは神々の世界にしかないという伝説の金属で、加工するのにも神の力が必要だという。

　そのオリハルコンの宝珠を先端に着けたディレ帝国の国宝である『魔法の杖』は、勇者と認めた者以外が触れると、その者から魔力をすべて吸い取ってしまうという『呪われた装備』でもあった。

　セイヤーは難なくそれを持てたので、勇者と認められたのだろう。

「で、これの効能は………」

　魔法の力でこのアイテムの能力を鑑定したセイヤーは、ピクリと眉を動かした。

「使用魔力を100分の1に減少させ、魔法効果を100倍にする。殴打用の武器としても有効で、先端のオリハルコンはめちゃくちゃ硬いので当たれば頭蓋骨粉砕は間違いない………こんなもんか」

「こんなもんか！？」

　エーヴァ王女は目を丸くした。

「100分の1に100倍ですよ！？」

「まぁ、ちょっと楽になる程度だ」

　セイヤーは興味なさそうに、勇者の杖を亜空間に収納した。

「で、王女。私はいつ魔王討伐に行けるんだ？」

「他国との連絡に手間取っておりまして………」

「もう私が一人で潰してきてもいいんじゃないか？　この帝国にとっては私が一人で魔王をやっつけてしまったほうが後々幅も聞かせられるし、損ではないだろう？」

「し、しかし魔王軍と戦うことも考えると我が帝国の軍備の調整も………」

「無用だ。私がいない間、国の防衛に回していればいい」

「え、まさかお一人で行かれるつもりですか！？」

「どうせ他人との集団行動はできない質（たち）だ」

「無茶です。戦力的には大丈夫であっても、セイヤー様の身辺のお世話をする者がいないと日々の生活もままならない行軍になりますよ！　食料調達や宿場の手配など、人と接することができましょうか！？」

　まるで引きこもりの世捨て人みたいな扱いだ。

「いや、人と接することが出来ないんじゃなくて、私は苦手だ、というだけでだな………」

「世間常識もないです。魔法でどうにかなるとお思いでしょうけど、ちゃんと側仕えは連れて行くべきです。どうせ魔王と戦っていようと側仕えを守るくらい余裕でしょう？」

　エーヴァ王女はそう言いながら、部屋から音もなく退室しようとしているエカテリーナに向かって「そうですよねエカテリーナ！」と声をかけて金縛りにしてみせた。

「私が……この人付き合い皆無のおっさんと旅ですか……王女様、どうかお慈悲を………」

　その場にペタリと座って、両手を高く掲げ、ぺろんと前屈して見事な土下座をして見せたエカテリーナだったが、エーヴァ王女は無視した。

「この子だけでは不安ですね。数日内に面談して人選いたしますのでお待ち下さい、セイヤー様」

「ああ」

「王女ぉぉぉぉ！　私は確定なんですかぁぁぁぁ！！」

　セイヤーの部屋を出て行くエーヴァの足にすがりつきながら、エカテリーナも部屋を出ていった。

　やっと静寂が訪れる。

　セイヤーは、執務机の上に置かれた「この国で一番高級」という触れ込みの温い赤ワインをワイングラスに注いだ。

　酒は嫌いではない。が、酒よりも酒の肴が好きだ。

　大富豪なのに一人でふらりと赤ちょうちんの店に入り、安酒と肴で晩飯としたことが何回もある。

　金にまみれ、人の欲にまみれる会社運営という居心地の悪い世界から抜け出し、ほっとするひととき………経営以外に趣味のないセイヤーが、唯一好きだと思えたのは、そういう時間だった。

　この世界に来て一年。

　そろそろそんな時間が欲しいと思う自分に気がつく。

　少し考える。

　人生の目標である「早く稼いで早期引退し、悠々自適の老後を送る」から「さっさと魔王を倒して、人の少ないどこかの山小屋で自給自足ののんびりした生活をする」に修正。

　そのために必要なアイテムはおそらく入手できている。

　従者が必要だと王女は言っているが、魔王城にテレポートして一瞬で終わらせてしまえば後の祭りだ。

　いつやるか、などという愚問はない。今やる。

　即断即決し、失敗は後からカバーする。それでいて今まで失敗しなかったのがセイヤーという「経営者」だ。

「よし。魔王を殺してこよう。その前に一杯だ」

　セイヤーは一瞬にして王城から王都の下町に瞬間移動した。

「おっさんがいない」

　エカテリーナはセイヤーの部屋に入り、呆然としていた。

　ベッドのシーツはピンと張って未使用。ソファの加齢臭もしない。

　風呂も使われた形跡はなく、トイレにも残り香がない。

　いつもなら適当に脱ぎ捨ててあるはずの服もない。

　普段と違うのは執務机の上に、注がれたままのワインがあることだけだ。

　いなくなったのならそれはそれでエカテリーナとしては「よし！」と拳を握るほど嬉しいことであったが、原因不明なのはまずい。

　自分の足で失踪してくれたのであればいいが、魔王の手によるものだったり、王城内の派閥抗争の果てに、などということなら、いろいろと面倒だ。

「一人で何処かに行くのなら書き置きくらい残していけっての……って、一人だよね？　誘拐とか元の世界に戻ったとかじゃないよね？　あ、なんか超不安になってきた。どうしよ、これ。王女様に言うべき？　わたしのせいじゃないよね？　うーん」

　そこに、セイヤーが空間を引き裂いて戻ってきた。

「私としたことが財布を忘れるとは────ん？」

「ちょっと！　ドコ行ってたんですか！！」

　エカテリーナはセイヤーが瞬間移動、空間転移といった魔法を難なく使えることを何度も目の当たりにしていたので驚きもしなかった。

「ちょっと飲みに行って、ついでに魔王を殺してくる」

「は？　いやあんた王女様の話聞いてました？」

「必要ない。一晩で終わるだろう」

「こそっと行くつもりだったんですか？　絶対王女様がキレますよ」

「………」

　確かにエーヴァ王女がキレるとメチャクチャ豹変して怖いのは、セイヤーも目の当たりにしている。

「じゃあエカテリーナ。伝言を頼む」

「嫌ですよ！！　私がキレられるじゃないですか！　自分で言ってください！　ちょ、瞬間移動しようとすんなああああ！　おっさん！　まって！　無理だからね！　私無理だから！　ちょ、行くなって！」

「………どゆこと？」

　エカテリーナは、帝都の下級市民が住んでいる下町の盛り場にいた。

　思わず転移直前だったセイヤーの袖を掴んだせいで、一緒に飛ばされてしまったのだ。

「とりあえず酒と肴」

「あんたほんとに自由すぎでしょ！」

　悲鳴を上げるエカテリーナを余所に、セイヤーは下町情緒溢れる古臭い酒場のスイングドアを押し開いた。