第12話 セイヤーは勇者の杖を手に入れた。


 なるほど。


 ディレ帝国は魔王討伐の後のことを心配しているらしい。


 三大国家やその他周辺国家。どうやってそれらを相手に戦後を優位にもっていくか………セイヤーが魔王を討伐するのは確定なので、その後の準備をしているところなのだ。


 そしてもうおっさんであるセイヤーが魔王討伐を果たせずに、死ぬ可能性もある。ならば勇者の血を残していたほうがいい、という計算のもと送り込まれたのがこの侍女エカテリーナだった。


 だが────エーヴァ王女にも言っていないことだが、おそらくセイヤーは童貞じゃなくなった瞬間、魔法を使う力が失われてになる。


 戦後なら脱童貞もありか………とも考えたが、魔法を失ったセイヤーはただのお荷物だ。下手をすれば「魔法の使えない勇者など金食い虫だ!」と殺される可能性もある。


 ここは異世界で、文化・文明・価値観も現代地球とは異なる。平和的解決より殺害による「もう死んじゃってるからどうしようもないよね、仕方ないよね」のほうが簡単に片がつく世界なのだ。


「私は血を残す気がないぞ」


「私だってこんなおっさんに抱かれて妊娠したくないですよ!」


「意見が合致したじゃないか」


「そうですね。勇者様にふさわしい生贄の女は私がどこかで拾ってきますから、今は自分で処理しといてください」


「生々しいご忠告だが、生贄など必要としていない」


「………てか、自分で処理している様子がないんですが、どうしてるんです? ここに住んでいる若い騎士の部屋なんて、ゴミ箱どころか部屋全体が妊娠するかと思うくらい青臭いというのに………きっとあの男たちは私の体を妄想して夜な夜な……あぁ汚らわしい」


 エカテリーナはゴミ箱を抱えてくんくんと鼻をひくつかせている。


 さすが王女の使用済みの湯を飲む女だ。やることに躊躇がない。


「で、お一人で処理されているのですか?」


「………そんなことも聞くのか?」


「侍女ですから」


「なんの関係があるのかしらないが………私はなにもしていない」


「まさかの精力ゼロ、ですか!?」


「元々あまり好き者ではないらしい」


「あー。血を残すのは難儀ですよと王女様に告げ口しときますね」


「好きにしろ」


 面倒になったセイヤーはぶっきらぼうに言った。


 この報告が大波乱のきっかけとなるのだが、それはまた別の話……。











「そろそろ資金も溜まったし、交渉に行くか」


 セイヤーは、メレニ家から借り受けた200枚を超える金剛貨500枚をテーブルの上に置いた。


 これで勇者の杖を買い戻す。


 セイヤーはテレポートして一瞬で行くつもりだったが、エーヴァ王女は「ちゃんと手続きを踏むことが誠意です」と言ってきた。


 王女の自筆で書状をしたため、正式な手続きを踏んでメレニ家に訪問する。行こうと決めてから二週間は経っている。


『このタイムラグが無駄だと感じるのは私だけなのか』


 セイヤーは今日という日を待ちくたびれて、二週間の間に新しい魔法を幾つも開発し終えていた。


 同行者はエーヴァ王女と侍女のエカテリーナだけ。


 もちろん遠巻きに近衛兵たちもいるようだ。


 久しぶりに王女の近くにいられるとあって、エカテリーナは顔が上気していたが、セイヤーは見なかったことにした。近くに近衛兵がいたら、真っ先にエカテリーナを捕まえるところだろう。


 メレニ家は王城もびっくりなお屋敷だった。


 門に辿り着くと、番兵より先に当主自ら出迎えてくれた。


 そして門から本館まで馬車で移動し、豪華すぎて目がくらみそうな貴賓室にて放たれた、メレニ家当主の第一声がこれだった。


「もっと早く言って頂ければ! 杖などお返ししましたとも!」


「「 え? 」」


 セイヤーとエーヴァはお互い顔を見合わせた。


「そもそもですが、我々が王家にお金をお貸し申し上げたのは、飢饉で飢えた人民のためです。当家はその対価を取ろうなんて不敬なことを、そもそも考えていなかったのですよ。しかし帝王様が『王家としてそれはまかりならん』と仰られまして………いやいや、そんなことはできませんと何度も申しましたが、終いには帝王様が『いいから持ってけ!』とキレまして」


 ああ、親子なんだな、とセイヤーはキレ王女であるエーヴァを見たが、そっぽを向かれた。


「で、王家の家宝である杖を対価として渡されたわけですが、ぶっちゃけ言いますと、勇者以外が触れると魔力をすべて吸い取られて気絶させられる呪いの代物なんですよ、あれ」


 セイヤーはさらにエーヴァをじっと見たが目を逸らされた。


「あの杖には私達がお貸し申し上げた金剛貨200枚ほどの価値は、そもそもありませんし」


 セイヤーは覗き込むようにエーヴァの顔をじっと見たが、それでも目を逸らされた。


「とにかくあの杖は危険ですから、そのあたりに置いておくわけにも行かず厳重に地下に仕舞い込んでおります。ですが盗難されたら一大事なので、番兵も雇わなければならない。地下の維持費も結構なものです。本当に金食いで、貧乏神。はた迷惑な杖なんですよ。だ・か・ら、必要だとおっしゃるのであればタダで、いえ、お金を払ってでも王家にお返ししたいのです」


 セイヤーはエーヴァの顔にものすごく近づいて、ジト目でその美しい横顔を見ているが、エーヴァは小刻みに震えながらもそっぽを向いている。


「わ、私のせいですかね?」


「そうは言っていないが、実に無駄な1年だった」


「む、無駄ではありません。エーヴァグループのお陰で王都はどこの国より文化的発展を遂げ、民の生活は楽になっていますから!」


 セイヤーかエーヴァが、最初からメレニ家当主と話をしていれば、こんなことにはならなかっただろう。




 勇者の杖はいとも簡単に手にできた。

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