第11話 セイヤーは侍女と会話する。
王城にはセイヤーの自室がある。
エーヴァ王女が気を利かせて高価な絵画や花瓶なども置いているが、基本的に寝るだけの部屋だ。
しかもクイーンサイズのベッドでは一度も寝ていない。
セイヤーが寝るのはいつも決まってソファだ。
「くんくん………またソファで寝たんですか?」
エカテリーナはソファの匂いを嗅いで憮然とした。
エーヴァ王女の侍女であったエカテリーナは、王女付きの立場から外され、セイヤー付きの侍女となっていた。
これについては、セイヤーもエカテリーナも不本意だった。
セイヤーは人付き合いが苦手な上に、このちょっとイッてしまっている侍女は大の苦手だったし、エカテリーナもセイヤーのことを「大好きな王女様の周りをブンブン飛び回っている蚊トンボ」程度にしか考えていないからだ。
しかし、セイヤーは紛うことなき「勇者」である。
難病で体を動かすこともできなかった祖父と祖母は、いまではピンピンして町の寄り合い所で楽しんでいるし、病弱だった母も元気になって、ガーデニングを楽しむ余裕ができた。
事務官である父も、どういうわけか元気になって「また子供を作るかい、母さん」などとハッチャケている。
生まれつき足が悪かった弟は、元気に走り回れるようになって、今ではエーヴァグループの料理屋で仕事を始めた。
雨漏りしていたボロ小屋はきれいな建物に見違え、家の中にあったボロボロの服は、どれもこれも新品のようになった。
すべてセイヤーの治癒魔法のおかげだ。
だが。
それでもソファに寝るのは許せない。
「勇者様、どうしてベッドでお休みにならないんですか。ソファにはシーツがないので加齢臭がこびりつくんですけど!」
「………」
執務机に腰掛けて茶をすすっていたセイヤーは 文句を言われたので渋々「
「その便利な魔法で部屋の中もきれいに掃除してくれませんか?」
「それは君の仕事では?」
「便利に使えるものを使おう。効率の良い仕事をしよう。が、エーヴァグループのスローガンですよね?」
「………」
渋々「
主従関係なんかクソ食らえ的なエカテリーナの態度であるが、セイヤーは「こいつと口論するのは魔法を使うことより数千倍面倒だ」という思考放棄の末、魔法でペペペッとやってしまう。
ちなみに魔法名はセイヤーが適当につけたものである。
「あと私もきれいにしてもらっていいですか? 王女様が惚れ込むくらいの美貌に」
「それは知らん」
「ちっ」
舌打ちされた。相手がセイヤーでなければ不敬罪で奴隷落ちしてもおかしくない所業だ。
「あーぁ。エーヴァ王女のお側に居られたから侍女なんて面倒な仕事もやってこれたのに。こんなおっさんの世話だなんて………きっと今に私に劣情を抱いて押し倒されて、汚らしいおっさんのおっさんな部位を顔にピトピト押し付けられたりするんだわ………」
こいつの脳内も浄化した方がいいのではないかと思ったが、セイヤーは無視することにした。
働かずに生きていくために若いうちに働く、という考えをしていたセイヤーは、基本的に「クソ真面目」な「ずぼら」だ。楽をするための努力は惜しまないが、それ以外のことはどうでもいいと感じる極端な男である。
だから、髪もここ一年近い月日で伸び放題で、後ろで束ねられるほどになったが、切ろうとしない。
「まったく。侍女たちの間で勇者様がなんて言われているかご存知ですか? 髪の毛も整えない小汚いおっさんって言われているんですよ! 特に私がそう言ってまわってるんですが」
「おい」
「言っておきますけど、あなたの言動や身なりの悪さは、王女様のご名誉に関わることなんです! もっと小奇麗にしてください!」
「この髪のことなら、抗議のために伸ばしている」
「は?」
「私は魔王討伐のために召喚された………というのに、一年弱なにもしていない。いや、なにもさせてもらえない。魔物との実戦もないし、魔族など見たこともない。早く魔王を討伐して余生を過ごしたいのに、これはどういうことだ────という抗議だ」
「他の国の勇者様と足並みを揃えるためだと聞いてますけど?」
「私一人で十分やれると思うが」
「甘い! おっさん甘い! 甘いんですよおっさん!」
「おっさんを連呼しすぎだ………」
「いいですか? 相手は魔王ですよ! もし魔法を封じられたらどうするんですか! 魔王城には魔法が使えないエリアがあるという噂もありますよ!」
「ほう。それは見てみたいものだ。それにもう一つ抗議したいことがある」
「なんですか。ついでに聞きますけど?」
「私はこの世界に来て、この城に住むようになって、一度としてこの帝国の帝王とやらに会ったことがない。随分とお高く止まっているのか、私程度と会うには及ばないと思われているのか知らないが、ちょっと舐められている気がするから抗議している」
「ぶふっ」
エカテリーナは笑いを堪えきれずに吹き出した。
「帝王様に会えるのは身内であらせられる王女か、上位貴族の方々のみです。あ、けど魔王討伐ができたら、ご拝謁も叶うんじゃないですか?」
「そこまでして会いたいとも思わないが……王とはそういうものなのか」
「そういうものです」
「なるほど、理想的だ」
「まさか政権転覆してこの国の王様になって、王女様を陵辱しながら引きこもりたい、と?」
「あとの抗議は、お前が邪魔だというくらいか」
「同意見ですけどね! 私だって王女様の侍女でいたかったですよ! それを勇者の血を残すために私が相手とか、ほんとにふざけんなって話で」
「は?」
「え?」
「勇者の血を残す?」
「あ、やば」
エカテリーナは口を抑え、にっこり微笑んだ。
「それでは勇者様。昼食の頃にお呼びいたしますので」
「待てこら」
セイヤーは一瞬にしてエカテリーナの記憶を魔法で盗み見た。
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