第6話 セイヤーは笑った。

 ディレ帝国の国宝である純白の魔法衣には「ディレの風」という名前があるらしいが、セイヤーはその名称に必要性を感じなかったので忘却することにした。


 魔法衣は現世で言うところの外套コートだ。


 ただ、純白に金の刺繍が入り、所々がベルトで無意味に飾られているそれは、まるで子供向けテレビヒーロー物に出てきそうな派手さがあり、40過ぎたおっさんが着るにはかなり抵抗があった。


 識別魔法でこの衣の能力を確認すると、魔法抵抗力を上げ、普通なら回復に時間をかなり要する「魔力」を早く回復させる能力があり、軽くて丈夫な素材らしい。


 冬場はいいが、夏場は暑苦しそうだから体温調節などの魔法の併用が必要だろう。


「勇者のためにある衣です」


 帝国の王城。


 その最奥にある王女の部屋で着せ替えさせられているおっさん………セイヤーは、実は辟易していた。


 服など、どうでもいい。


 魔法で絶対の防御を形成できるセイヤーには、武器も防具も必要ないのだ。


 だがエーヴァはこの白い外套を着るように強く推してくる。


 背中に家紋が入っているので「帝王の勇者」と宣伝できるからだろう。


 たが、セイヤーは「あぁ」と曖昧な返事と共に、容赦なくその衣を消滅させた。


「な、な、なんということを!!!」


「落ち着け」


「落ち着けますか! 国宝を消すなど!!」


「消していない。ここにある」


 白い外套が空中に現れる。


「え?」


「亜空間に収納スペースを作って自在に物の出し入れをする、という魔法を使っただけだ」


「ま、まさか、アイテムボックスの血統魔法!?」


「驚いてる割に随分チープな名前だが………凄いのか?」


「凄いなんてものではないです。その血統魔法が使えるメレニ家は、帝国内では誰も逆らえない大豪商の一族です」


「ほう」


「そのメレニ家でも、アイテムボックスの魔法が使えるのは数人のようですが………とにかく、商人だけではなく誰もが憧れる魔法の一つです」


「そう便利だとは思えないが」


 セイヤーは淡々と言う。


 会話を楽しむという感じではなく、無機物相手に独り言をつぶやいているような喋り方だ。


「亜空間に入れた品を把握していないと後で取り出せない。だから、細かく物を詰め込むと、忘れてしまって亜空間内のゴミになる可能性がある。亜空間とは言え、無尽蔵に入れられるわけではないから、忘却するたびに無駄なスペースを使うことになる。かと言っていちいち目録を作るのも面倒だ。そもそもこれは、亜空間を常に魔力で保持しなければならない。荷物輸送などでここからここまで、という区切りがあればまだ耐えられそうだが、ずっと使い続けるのは辛いだろう」


「あの。セイヤー様もお辛いのですか?」


「私は24時間365日、寝ていても気絶していても常時保持できる」


「24時間? 365日?」


「………もしやこの世界は一日24時間ではないのか」


「この国には細かな時間概念がありません。日が昇れば起き、沈めば眠る。寒くなれば冬だし暑くなれば夏です」


 時計や暦の概念がない、というのは初耳だった。


「あとは勇者様にしか扱えない【リンガーミンの宝珠】が付いた魔法の杖もあるのですが、それは豪商のメレニ家が借金のカタに王族から没収しまして………聞く気ありますか?」


「これでも一応聞いているから、泣きそうな顔をするな。で、その杖はどういうものだ?」


「わかりません」


「聞かなきゃよかった」


「私達にはわからないのです。勇者にしか扱えないものなので。ただ【リンガーミンの宝珠】は神が作り給うた神石オリハルコンだと言われておりました」


「………」


 おりはるこん、というものがよくわからない。


 セイヤーは無趣味で、必要だと思ったこと以外にとんと興味を示さなかったので、同年代の男であれば経験しているであろうことが欠落している。


 ゲームやファンタジー映画など「非現実」の知識はほとんどない。


 だから帝国内に耳が長く、長身痩躯な「エルフ族」でいても、低身長で筋肉質な「ドワーフ族」がいても、そういう身体特徴の人たちなのだろう程度にしか捉えていない。


 ただ、その杖が「勇者に必要」という触れ込みなら、入手したほうがいいのだろうな、程度の感覚はあった。


「そう簡単ではないかと思います」


 エーヴァは項垂うなだれるように言った。


「数年前に大飢饉がありまして、お恥ずかしい話ですが、王家はメレニ家に多額の借金をしました。その返済の代わりにと譲り渡した品ですので………」


「どれくらいの負債だ?」


「金剛貨200枚相当です」


 日本円にして200億円だ。


「ふむ。この国は弱肉強食だったな?」


「? え、ええ」


「その豪商の家を強引に王家の力でねじり潰して没収するとかなら協力するが」


「ダメですよ。国民が反乱を起こします。そもそもメレニ家は王家を凌ぐ帝国一のお金持ちですが、決して悪者ではありません。むしろ国民に仕事を与え、飢餓から救った善者として認められています。ぶっちゃけ王家よりも人気があるのです」


「頑張れよ王家。じゃあ200億円、いや金剛貨200枚に利子を付けて返せば、その杖を戻してもらえるかな」


「そういう交渉はできるかと思いますが………今の国庫をひっくり返しても精々金剛貨50枚しかありませんし、それを使えば来年王族や貴族に払うお金がなくなるので、王政に支障が出ます」


「そういうことなら得意だ。時間をもらえるのならどうにかしてみせよう」


 セイヤーはこの世界に来て、初めて笑顔を見せた。

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