第5話 セイヤーは守らざるをえない。

 セイヤーの魔法能力を調べるための「死合い」にて。


 魔術師長が「そんなまさかバカな」と早口で連呼している中、セイヤーは簡単に発生させた火と水の玉を、ひょいと投げた。


 まるでバスケットボールをパスするような、そんな勢いで投げられた「それ」は、魔術師長の周辺を囲っていた自慢の魔法障壁をガラスのように割り、同時に爆音と爆煙を生み出した。


 水蒸気爆発だ。


「なんのこれしき!!」


 魔術師長はあらたな魔法障壁を作り爆煙から飛び出してきた。


 この魔術師長は「火」について誰よりも詳しい。


 火が発生する原理原則を、幼少の頃から魔術の師匠から叩き込まれたので、ちゃんと理解できている。


 だから、帝国で最強の炎の使い手として、魔術師長の座に就けた。


『爆音と爆煙で焦ったが、大したダメージはない。だが、なんという脅威! やつには私の持つ最大の攻撃魔法を────」


 魔術師長は愕然となった。


 魔法が使えない。


 いつのまにか新たに張り巡らせた魔法障壁も消え失せている。


「魔力はすべて奪った」


 セイヤーは魔術師長だけではなく、この場にいる王女以外のすべての人間から魔力を奪っていた。


 魔術師長には、どういう原理で何をしたらそんなことができるのか皆目見当がつかなかった。が、実際に魔力が枯渇した者達が意識を失ってその場に倒れていく。


「おのれ………」


 魔術師長が倒れたところで死合いは終わった。


「なるほど、魔力を失うとこうなるのか。ん?」


 バタバタと帝国最強の者たちが倒れてしまった後だというのに、まだ残っている者たちもいる。


 残っていたのは数人だ。


 肩で息をして顔面蒼白ではあるが、元々魔力の容量が大きかったのだろう。


 セイヤーは王女から「魔法以外にもなにか能力がないか念のため確認してください」と言われたので、ショートソードを手にした。


 まるで忍者が小刀を持つように逆手で持っている。


「あんなヒョロいおっさん、魔力不足とは言え、俺にかかれば一撃だ」

「魔法さえ使われなければ!」

「てか、魔法だけでも十分脅威だけど………」

「ショートソードの持ち方も知らないド素人だ。負けるはずがない!!」

「うおおおおお!!!」


 残った者たちは周りに聞こえるように各々が喋り始めた。勇者という未知数の敵に対する恐怖心を、声を荒げる事でごまかしているようにも見える。


 だが、残念ながら、セイヤーはただのおっさんではない。


 どこかの勇者は「アホみたいに努力するとアホみたいな力を得られる」のが勇者特性だったが、セイヤーの場合は「バカみたいに突き抜けた魔法の天才」であることが勇者特性のようだ。


 魔法を使わない肉体行動や体力は普通、いや、この異世界においては普通以下と言ってもいい。


 だから天才たるセイヤーは肉体の不足分をすべて「魔法」で補うことにした。


 人並み以下の体力は、魔法の力で数百倍に増加する。


 人間が耐えられないほどの強化によって神経・筋肉・皮膚・骨格といった体組織が崩壊しないように、常時肉体の再生回復をする魔法効果もつけたし、痛覚も魔法で緩和した。


 これによって、逆手に持ったショートソードを刃先も立てずに適当に振り回しただけで、真空波が生じた。


 セイヤーの相手達は容赦なく真空波の渦に引き裂かれ、金属製の鎧まで真っ二つにされ、血だらけで倒れた。死ななかったのは、セイヤーが攻撃しながら回復魔法を掛けてやったからだ。


「これ、もう魔王とやらを倒しに行けるレベルなのか?」


 数百名が倒れ伏す中、セイヤーがエーヴァに問いかけると、満面の笑みを浮かべられた。


「そうだと思います。魔法の申し子セイヤー様!」


 エーヴァは唐突にセイヤーに抱きつき、頬に口づけをした。


 勇者に褒美を与える王女らしい行為だろう。


 だが、セイヤーは「今なんでキスされたんだ」とキョドっていた。


 さらにセイヤーは、別の理由でも動揺した。


 急に魔法が操れなくなったのだ。


 それだけではない。


『な、なんだこれは………』


 自分の存在すべてが、この世界から否定されるような悲壮感が体の中を駆け巡る。


 不快で不愉快な、胸糞悪くなる気分だ。


 頬にキスされただけでどうしてこんな気分になり、魔法が繰れなくなったのか。


 セイヤーは明晰な頭脳と知能と知識をフル活用して答えを探った。


 ────頬に口づけ。


 ────気持ちが悪くなる。


 ────魔法が操れなくなる。


 ────いや、待て。時間経過で魔法操作能力は回復したようだ。


 ────もう一度、なんらかしらの接触をしたらどうなるか。


「すまない。不躾だが許して欲しい」


 許可も得ず、エーヴァの手を取り、甲に軽く唇を押し付ける。童貞にはこれが精一杯の接触だ。


 ────む、やはり。


 先程までではないが、凄まじい不安感と不快感に襲われ、魔法を繰り出す力が数瞬掻き消えた。


 まさか!?


 魔法の申し子セイヤーは頭を抱えた。


「あ、あの。どうしましたか、セイヤー様」


 突然手に接吻されたエーヴァは少し頬を赤くしている。


「………」


 ありとあらゆるすべての事象を魔法として顕現できる「神にも等しい」おっさん勇者は、いまの事象と自分の半生を振り返り、答えに行き着いてしまった。


 人との付き合い方はわからないが、孤高の天才であったこと。


 人との付き合いがないのだから、当然恋人もいなかった半生だったこと。


 当人も異性に対して強い興味を持てなかったので、気がついたら40代になっていたこと。


 …………つまり、今の今まで童貞だということ。


 そして前の世界にはこんなバカげた話があったということ。


【童貞を30歳まで貫くと魔法が使えるようになる】


 そんな馬鹿話が示す「30歳」を越えても童貞だったセイヤーは、いうなれば度を越した魔法使いだ。


 まさか異世界に来て、その度を越した魔法使いというものを体現しまうとは。


 キスされて虚無感に襲われたのは何故か。


『もし童貞であることが魔法使いの条件だとしたら、私が女性と性行為をすれば、この勇者的魔法能力を失ってしまうということか』


 この仮設を検証するためには、女性とそういう関係を結ぶことになるし、その結果が予測どおりであればすべての力を失い、ただのおっさんに成り下がる。かなりリスキーなチェック方法になるだろう。


 『この世界で生きていくためには、この先一生、童貞を守っていくしかないということか』


 セイヤーは実に悲しい運命を背負ってしまったことを悟った。


『だが、よくよく考えたら、今まで通りだ。童貞でも何ひとつ不便なことはない』


 すぐさま切り替えられるのはセイヤーの長所でもあった。

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