第4話 セイヤーは魔法使いだった。

 セイヤーが召喚された翌日………第ニ王女エーヴァによって、国内最高の魔術師、剣士が集められた。


 勇者特性を調べるためという触れ込みで呼ばれた彼らは、「勇者」を紹介され、一様にがっかりしていた。


 勇者は、見た感じだと全く鍛えられていない、とてもヒョロいおっさんだった。


 そんなおっさんのために集められた魔術師と剣士の数は、200名を超えている。


 不満そうな魔術師と騎士達相手に、セイヤーは「いいのか?」とエーヴァに尋ねた。


 エーヴァは微笑みながら頷き、その様子を見ていた魔術師長と剣士長が訝しげな顔をした。


 今の「いいのか」とは「俺のためにこんなに集めてくれてよかったのか?」という意図には聞こえず「こいつら全員ボコボコにしていいのか?」という挑発気味な言い方だったのだ。


 その答えは、エーヴァの口から出てきた。


「みなさんには勇者様とをしていただきます」


「だ、第ニ王女にお尋ね申し上げます! 勇者様はご自身の特性をもう承知されているのでしょうか!?」


 剣士長が恭しく言う。


 勇者が特性を把握しているとしたら………伝説の勇者は山を砕き海を割るという。そんな化物相手に大事な部下たちを殺されてはたまらない。


 だが、エーヴァは「まだわからないので、みなさんとをしていただくのです」と答えた。


 このディレ帝国では『弱肉強食』の考えが強い。


 弱い者は強き者の糧となることを喜びとせよ。


 一人の強者を育てるのに、複数の弱者が糧となるのは至極当然。


 そうやって弱者は糧となり、間引かれ、帝国は屈強な者たちの手により盤石なものとなる…………セイヤーがエーヴァから聞いた中で「極端だな」と感じた、この国特有の考え方だ。


「いやいや王女様、無茶を仰る! 特性が分かる前に我々全員と死合いをしろと!? せっかくの勇者様を殺すおつもりですか!?」


 魔術師長が焦ったように進み出てきた。


「うーん。昨夜私が目の当たりにしたことが、本当に正しいのか検証したいだけなのですが」


「王女様が目にされた? 不躾ながら、いずこで目にされたのです?」


「私の自室で、私が手解きして、あんなことやこんなことを」


 エーヴァは少し顔を赤らめた。


 ただ魔法の訓練をしていただけなのだが、意味深に聞こえるような言い方だった。


「ほう」


 魔術師長どころか、この場にいる全員の顔色が変わり、目つきが鋭くなる。


「どういう能力があったのか、とても興味ありますな。ならば、まずは私一人でお相手致しましょう」


 魔術師長は「殺る気」だった。


『このおっさん………若く美しい王女に、様々なことを要求したに違いない! なんという卑劣漢! 許すまじ!』


 エーヴァは、この帝国における「アイドル」のような存在で、ここにいる者たちは、どうにかして彼女を射止めようと弱肉強食の世界を戦い抜いていた者ばかりだ。


 更に言うとエーヴァは、ただのセックスシンボル的なアイドルではない。


 王女なのだ。


 帝王家の第一王女と第三王女は、既に伯爵家や侯爵家と結婚しており、どちらも帝王の家督は継いでいない。


 更に、現帝王の世継ぎは三で、男がいないため、第二王女のエーヴァは、帝国家の血筋を残すために、必ず婿を取らざるをえないのだ。


 つまり、行き遅れているとはいえまだ18歳のエーヴァが婿を取れば、自動的にこの帝国の次期王の座がついてくる………この世に生まれた男であれば最高権力を手にする夢は捨て難いのだ。


 そういう男たちから見て、セイヤーは「ぽっと出の邪魔者」でしかない。


「なにか不穏な空気を感じる」


 セイヤーは不安感で胸焼けした。居並ぶ騎士と魔術師たちから発せられる殺気のせいだ。


「うふふ、私が少し発破をかけましたから」


 エーヴァはくすりと笑った。


 やる気のなさそうな彼らを本気にするため、わざと勘違いされそうな物言いをしたようだ。


 夜、エーヴァの自室で二人きりだったけど、なにもしてない………というのは現代日本における「ラブホテルに二人で入ったけど指一本触れていません、本当です、信じてください」と同じくらい信用ならないことなのだ。


『アイドルを汚したおっさんに死を』

『あのおっさん勇者を打ち倒せば、私こそが魔王を倒せる真の勇者!』

『そしてエーヴァ様と結婚し、次期帝王に………』


 どいつもこいつもそんな事を考える中、魔術師長が杖を持つ手に力を込める。


「もうやっていいのか?」


 セイヤーがエーヴァに問いかけ、頷かれたので「では」と頭上に火の玉を生み出してみせた。


「ほお」


 魔術師長は感嘆の声を上げた。


 呪文を形成するための詠唱を必要としないのは、この世界の「魔術師」としては当然のテクニックだが、それを成し得るためにはそこそこの訓練を要する。それを一晩で可能にしたのであれば、魔術の才に恵まれていると言っても過言ではないだろう。


 だが、そのレベルなら魔術師長の部下にも何人かいる。傑物ではあるが異常なほどではない。


 しかし魔術師長は「異常」に気が付き、言葉を失った。


 セイヤーが生み出した火の玉には水の筋が渦巻いている。


 火と水が同時に球体を形成しているのだ。


 水が非常に温度の高い物質と接触すると水蒸気爆発が起きるのは、地球でもこの異世界でも同じだが、セイヤーはそうさせないように魔法を操っていた。


「………なんだ、これは」


 魔術師長は力なく、そして心の底から漏れ溢れるように言葉を吐いた。


 違う系統の魔法を同時に顕現させて混ぜ合わせることなど、この世界の魔法常識では考えられないことだった。











 昨夜。エーヴァから簡単に魔法の原理法則を聞いたセイヤーは、あっと言う間にこの世界の常識を覆し、二系統魔法の融合を成し遂げた。


 あまり魔法にくわしくない王族のエーヴァでも「これはすごい」と理解できる偉業だったが、セイヤーは大したことがない風だ。


「簡単なことだ。魔力の使い方がわかれば、あとはどうして火というものが現象として発生するのかを思い巡らせれば、具現化できる。そこに水の要素も加えただけだ」


「え?」


「要するに、どんな系統の魔法も現象の発生方法を理解していれば使える」


 エーヴァはよくわからなかったが、通常一系統しか顕現できない魔法を、セイヤーは確認されている全系統で顕現させ、しかもこの世界の魔法常識ではできないこともやってのけた。


 魔法にどれだけ適性がある魔術師であっても、せいぜい三系統が使えたらそれだけでも奇跡だと言われる。それをいとも簡単に「全部」使用してみせただけでも驚きだ。


 もちろん全系統魔術師が過去にいなかったわけではない。百年、いや、千年に一人はこういうことができる天才が現れたと、様々な記録が残っている。


 しかし、セイヤーはその天才すらをも超えたところにいる「勇者」だとすぐに思い知らされた。


「魔法の系統は地水火風だけじゃないのか。ほほう」


 と、空間魔法や色魔法、香魔法、虚無魔法、識別魔法、精神魔法などの系統化されていない、つまりは「血統魔法」とされているものまで次々に再現していったのだ。


 エーヴァの体から常時バラの香りが出るようにしたり、空飛ぶ鳥と会話したり、メイドたちの精神をコントロールしてみたり、部屋全体をピンク色に塗り替えたり、ワープしてみせたり、終いには自分自身をコピーして分身してみせたり………。


 もうエーヴァは「どうしてこんなことができるのか」などと考えるのを止め、ただただ驚き続けた。


 セイヤーはエーヴァから軽く聞いた魔法を原理からすぐさま推察し、実行し、アレンジしていく。もはや、一を聞き十を知るというレベルではない。


 こうして魔法の種類を無尽蔵に生み出すセイヤーは、まさに「なんでもあり」だった。


 普通は「魔力」という、魔法を顕現するために消費する力があるのだが、それですらセイヤーは「自分の体から使わなくても、そこらへんにあるだろう」と、大気や空間にある、人の認知していない魔力を操作して、如何様にでも魔法を作り出して見せた。


 エーヴァは魔法や戦闘について素人だが、今日集めたものたちが認めるのであれば、おそらく魔王など恐れるに足らず、だろう。


 だが、実際やってみないとわからないこともある。そのために行う死合いだ。

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