第7話 セイヤーは半年かけた。
元手はディレ帝国から借りることも出来たが、セイヤーはそれを良しとせず、無一文からスタートした。
何は無くとも金を稼ぐ必要があったので「冒険者」という何でも屋になった。
そこから3日でディレ帝国首都にある冒険者ギルドの依頼表はなくなった。
依頼件数0────ここに冒険者ギルドが設立されて初めての出来事だった。
トイレ掃除から災害級の魔物退治まで、ありとあらゆる仕事が舞い込んでくる冒険者ギルドで、仕事が途絶えた────その理由は、一人の新人冒険者(なのにおっさん)の手によって、ありとあらゆる仕事が完了してしまったからだ。
セイヤーは魔法で自分自身を何十、何百人にでも分裂し、仕事の大小、金額の高低に関係なく、すべてを遂行し、すべてを終わらせた。
それでも3日掛かってしまったのは、首都に冒険者ギルドが三軒あり、それぞれを一日ずつこなしたからだ。
こうして、わずか3日で手にした資金は、白金貨80枚。金剛貨で換算するとたった8枚だが、日本円の価値で言えば8億円だ。
「………」
その金剛貨8枚を原資に、ディレ帝国が豪商のメレニ家から借りた金剛貨200枚を生む………何年掛かる計画なのか、とエーヴァ王女は焦りだした。
たった3日で金剛貨8枚も稼いでくるセイヤーの化物っぷりには頭が上がらない。だが、金剛貨200枚は遠すぎる。
その時はそう思っていた。
それから半年………ディレ帝国の首都で起きた「奇跡」を王城から睥睨しながら、エーヴァ王女は溜息をついていた。
首都の町は【エーヴァ】というブランドロゴに支配されていた。
もちろんエーヴァとは、ディレ帝国第二王女、エヴゲニーヤの愛称である。
首都の大通り沿いにはセイヤーが建てた巨大な時計塔があり、細かな時間管理で民は日があるうちは際限なく働くというブラック生活から、定められた時間の中で効率的に働くことを覚え、国民総生産は半年前の倍になった。
また、その大通りには、総合服飾雑貨の【エーヴァ・デパート】や婦人服販売の【エーヴァ・マダム】が何店舗も立ち並び、若い女性向けファッションブランドの【エーヴァ・ブリリアント】、紳士向けの【エーヴァ・ダンディ】【エーヴァ・ボーイズ】も負けていない。
他にも各区画に必ず一軒は【コンビニエンスストア・エーヴァ】があり、別の大きな通りには【エーヴァ家具】【エーヴァ建設】【エーヴァ病院】【レストラン・エーヴァ】【喫茶エーヴァ】など、とにかく帝都はエーヴァという看板尽くしになっていた。
他所の国から来た商人や旅人が「首都の名前はエーヴァなんですかね?」と勘違いされるのも、もはや当たり前のようになっていた。
何が起きたのか。
セイヤーはエーヴァの名前でブランディングした商売を始め、たった半年で鬼のような多角展開をすべて成功させ、労働環境も整え、首都のあらゆる商行為において「一番」になった。それだけだ。
それだけ魅力的な商品を提供できたのは、現代日本人であるセイヤーがスーパービジネスマンだったから、というだけではなく、現代世界の様々な様式を取り入れたからだ。
そのおかげで首都の生活は格段によくなり、文化文明のレベルが一気に飛躍した。
上下水道、ガス、電気といったインフラも整備し、エーヴァ水道、エーヴァガス、エーヴァ電力といった企業は、まさに公的機関に匹敵するだけの力を得ていた。
各家庭にはガスコンロや電球が常備され、帝都は「不夜城」と称されるほど文明の明かりに包まれている。
人々の服装は現代の地球に近くなり、仕事はたくさんあるし、貧富の差も少なくなった。
エーヴァグループに逆らえばインフラすべてが止まり原始的な生活を強いられるだろうが、そんな強権を発揮することはなく、民も貴族も平等な「お客様」として商売する姿勢にも共感を持たれた。
権力を嗅ぎ分けるのが上手い者たち、特に貴族はセイヤーに媚び、取り入ろうとしたが、それらはすべてエーヴァが防波堤になって防いでくれた。
「勇者様は人付き合いが苦手ですので」
ぴしゃりと言い放つエーヴァは、まだ18歳だというのに妻の風格だった。
そういうことをしていたらグループ名からしても「エーヴァ王女がこのグループのトップ」と思われるようになるのも致し方ないことだった。
だが、それでよかった。また乗っ取られて裏切られるのは勘弁だ。
こうして、ディレ帝国のどんな名君主でもできなかったことをセイヤーは半年で成し遂げたが、反目する組織もあった。
セイヤーが無双した結果、帝都の商業界は非常に困っていた。
あらゆる客はエーヴァグループに取られ、いくつもの同業者はエーヴァグループに吸収合併された。
そこで出てきたのが、各商業ギルドだ。
彼らは「商売の公平性」を重視する。
だから、商業ギルドに入ることなく、あっと言う間にトップに上り詰めたエーヴァグループに、何度も「商売の手を休めろ」「他の店にも客を回せ」「そうしないと店に火をつけられる可能性もあるぞ」「王女の名前を使うとは言語道断」「その商品を他の店にも卸せ」と、無理難題を突きつけ、排斥の動きを見せた。
「いいね。悪くない。悪くないよ」
人付き合いの悪い天才勇者は、自分に歯向かってくる者がいると、張り合いがあって嬉しくなるタイプだった。
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