天才のおっさん勇者物語

第1話 セイヤーは天才だった。

 渡部わたべ聖也せいや


 昭和の第二次ベビーブーム生まれ。


 青春時代はバブルが弾けた後で、世間も大人も鬱蒼としていた頃合いだったが、彼には関係なかった。


 彼は所謂「天才肌」だった。


 大した努力をしなくても、明晰な頭脳によって必要不必要を瞬時に取捨選択し、必要なことに対する猪突猛進的な実行力で「すべて」得てきた。


 正月に親戚からもらったお年玉の数万円を元手に、親の同意を得て、中学生の頃から株取引を始めたのは「将来、働かずに生きていくためには資金を貯蓄する必要があるから」だった。


 彼は、所謂「人付き合いが上手く出来ない」タイプで、人との距離感が測れないし、心境を思いやるような機微もない。だから、社会生活にも溶け込めず一生独り身で老いていくのだろう、と中学生の時から達観していたのだ。


 株の他にも様々な商取引を行い、聖也の自己資産は中学卒業時点で親の年収の100倍を超えていた。


 高校は偏差値最高の学校………には行かず、近所にある普通の学校に行った。


 どんな偏差値の学校であっても彼の人生設計上は関係なく、最底辺の高校からでも東大、いや世界最高峰の大学にでもいけた。だから偏差値より利便性を取捨選択したのだ。


 学校のテストは常に二位。本人が望んでわざと一つ二つ答えを書かず、そうした。


 一位は目立ちすぎるから、と。


 だが、常に一位は入れ代わり立ち代わりするのに、二位はずっと渡部わたべ聖也せいやのまま………すぐに「わざと二位につけている」と気が付かれてしまう。


 バレても別に気にしなかった。


「たまたまです」


 だけで切り抜けられることを知っていたのだ。


 だが、そんな天才・聖也でも無理事があった。


 体を使うことだ。


 理論はわかる、推論もできる。どうすればどうなるのか理解もできる。


 だが、自分の体だというのに想像した通りに動いてくれないとわかったのだ。


 これは生まれながらにして持っている体を動かすセンスの問題だろう、と割り切り、聖也は体を使ったことは取捨選択の中から切り捨てた。


 こうして「人付き合いが悪くて運動音痴な天才」という、絵に描いたようなガリ勉キャラが誕生する。


 聖也は、運動音痴を逆手に取って「自分にも欠点があるからねー、勉強バカで人付き合いの悪い人じゃないよー」とアピールするほど器用ではなかったのだ。


 だから聖也は浮いていた。


 いじめはなかったが、クラスメイトは誰一人聖也と親しくなろうとしなかったし、聖也自身も人の輪に入ろうとしなかった。


 どこで掛け違えてしまったのか。


 本来の彼のスペックであれば校内外に友達はたくさん作れたことだろう。教師からの信頼も厚く、どこにいても中心人物で、悪くない容姿なので彼を好む女も多い。そんな青い春を過ごせたはずだ。


 だが、現実は違った。


 友達はいない。勉強型の同級生達からは「あいつを追い越してやる」と目の敵にされ、勉強型ではない同級生達からは「住む世界が違う人」として遠巻きにされた。


 教師たちからも「かわいくない生徒」として遠巻きにされ、どこにいてもいつも一人。見た目は決して悪くないというのに、彼を好む女など一人もいなかったのは、共学だというのに、異性との接触や会話がゼロだったからだ。


 それは日本最高学府と呼ばれている大学の、経済学部経営学科生になっても続いた。


 彼の学力と資金力があれば、医学部だろうがなんだろうが余裕で入学可能だったがそうはしなかった。


 当初、彼の人生設計は「働かないで生きていく」ことだ。


 将来労働せずに暮らしていくために、今、労働して貯蓄する。リタイアするのは早ければ早い方がいい。


 人とコミュニケーションが取れないので会社勤めは向いていない。ならば、自己資金を使って、やりたい仕事ではなく「稼げる仕事」を始めよう。


 そして大学を卒業し、それまでにチクチク貯めてきた自己資本を元手に起業した。


 業種は、当時はまだ主流ではなかった「インターネットビジネス」だ。


 インターネットのインフラ事業、レンタルサーバー事業、インターネットのバナー広告やメディアを取り扱う事業、ECサイト、金融事業、ネットワークゲームも取り扱った。


 従業員は、あっという間に1000人を超え、設立5年で東証名証大証一部上場も果たした。


 30代の頃には「日本有数の若手経営者」として取材も来たが、彼は決して表に出なかった。


 人付き合いが下手な経営者など存在するものか、と思うかもしれないが、彼はまさにそうだった。


 しかし天才だった。


 どう采配してどう資金運用したらどんな結果になるのか、彼は恐ろしい的中率で事業を進めた。


 だが、人付き合いのできない経営者は味方がいない。


 その結果、彼は役員や株主たちによる「乗っ取り」を受け、会社から追い出されてしまった。


 いくら創業者でも上場すれば「自分だけの会社」ではなくなるのだ。


 が、聖也はまったく焦らなかった。


 その後、すぐに来るであろう「マーマン・ショック」を嗅ぎつけていたのだ。


 案の定、アメリカ合衆国の投資銀行であるマーマン・シスターズ・ホールディングスが経営破綻し、連鎖的に世界的金融危機が発生した。


 続けて証券取引委員会がシルバーマン・オックスを証券詐欺の疑いで民事提訴したことに端を発し、株式相場とドルが急落した。


 その煽りを受けたことと、聖也という「天才」を失い、利権を争うだけになってしまってまともな経営ができなくなった会社は、急激に勢力を落とした。


 企業価値があるのなら数ヶ月後にどこかの会社に買収されるだろう………聖也の価値に気がついて、今更「戻ってきてほしい」という声もあったが、もう知ったことではなかった。


 なんせ、彼の目的である「働かずに生きていける金」はもう手元にあるのだ。


 バブル以来の大不況が到来しても、彼は普通のサラリーマンが得るであろう生涯年収の数百倍の資産を持って、悠々自適の生活を始めた。


 郊外に豪邸を建てる。


 たまに来るハウスキーパーが掃除もなにもかもしてくれる。


 食事も一人………早期リタイアしてから、聖也は「意外と料理が楽しい」という生まれて初めての趣味を獲得できていた。


 そして知った。


 虚しさを。


 周りに誰もいない。


 趣味もない。


 愛する者もいない。


 広く小綺麗な邸宅に一人。


 あるのは金だけ。


 気がつけば40代になっていたが、なんのために生きているのかわからなくなるほど、彼は孤独だった。


 そんな渡部わたべ聖也せいやが、北の大国と呼ばれている三大国家の一つ「ディレ帝国」の召喚によって異世界に強制転移させられたのは、どういう運命のイタズラか。

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