第14話 ジューンはガチャを回さない。
残る玄室は9。最後の1つがラスボスだとして中間点に残り8つと考えたほうがいいだろう。
「ん」
不死の騎士を倒した玄室の奥に宝箱がある。鍵穴がない代わりにコインを入れるところがある。
これが課金したら開くトレジャーボックスルーレットというものか、とジューンは白い目で見た。
ブラックとは言えないが、そこそこ不景気気味な会社で働いていたジューンからすると、ガチャなど無駄遣いの極み。割の悪いギャンブルと変わらないものだった。
粗暴そうな見た目と裏腹に堅実で堅物の彼は、大して多くもない給料の大半を、何をするでもなく貯蓄していた。
大した趣味もなく、趣味に興じる時間もなく、彼女も家族もいないジューンは「金の使い方を知らない男」でもあった。
スポーツ観戦、キャバクラ通い、フィギュア集め………どれにも興味がなかったので、日々の生活費で一定額を使う以外、本当に金を使っていない。
服飾関係も半年に一度ちょっとまとめ買いする程度だったし、中年になっても体型は然程変わらなかったので、高校生の頃に着ていたシャツを今も着ていたりする。
たまにする贅沢は、外食。
会社関係者と行く食事は「付き合い」なので、美味かろうと不味かろうと気にしないところだが、一人で行く飯はできるだけ美味いものを求めた。
味に拘るようになったのは30代後半くらいだったか。それまでは質より量だったが、いつの間にか量がいけなくなり、脂っこいもので胸焼けするようになってからは「少ない量でも満たされる美味しいもの」を探した。
その結果、近所にある下町の狭い居酒屋が一番だった。
そこで日替わりで仕入れてくる日本酒を楽しみ、酒の肴としてまた旨い料理をつまむ。それだけで幸せだった。
「まぁ、それでも一回5000円も使ってなかったな………」
「どうしました?」
独り言をエリゴスに聞かれてしまったが、ジューンは「なんでもない」とトレジャーボックスルーレットを無視して先に行こうとした。
「ちょ! え、これ放置していくんですか!?」
エリゴスは驚いてジューンの腕を引っ張った。
「凄いレアが入ってるかもしれないじゃないですか、開けましょうよ!」
「俺の目的は勇者用の剣だから。しかもそれは一番奥にあるって確定してるから、途中の宝箱には興味ない」
「それじゃ、これ、私が開けてもいいですか?」
「無駄金だと思うが」
「えー、そんな、夢も希望もないこと言わないでくださいよ」
「クシャナ、この宝箱から【レア物】と呼ばれるものが出る確率って分かるか?」
「レア物の定義によるけど、魔法局調べではここのダンジョンの最深部ではゴミカスみたいなアイテムは出現しないから、超激レアは5%くらいね。激レアは20%でレアは75%。正直良いほうだと思うわよ。ひどいところだと0.1%、もっとやばいところは0.03%なんてところもあるうえに、ゴミみたいなアイテムも混ざってることあるから」
なぜか忌々しそうにクシャナが応じた。
「私が何度課金してこの杖を手に入れたことか。しかも性能限界を突破するために同じ杖を数本用意しないといけないなんて、もう地獄の沼みたいなものよね」
「わかる。わかるよ………私のこの服もダンジョン産なんだけどお目当てのが出てこなくて破産しそうになったもの」
「いや、その程度の服くらい仕立ててもらいなさいよ」
「これには魔法付与があるの! 結構なものなんだからね!」
「はいはい、二人ともそこまでにしろ。こんなところで散財するくらいだったら、事が終わった後に美味しい酒と肴で金を使いたい」
「あんたのそういうところ、オヤジ臭いと思うわ」
クシャナに言われて「ほっとけ」と思ったが、実際おっさんなのは自覚していたので反論はしなかった。
そして次の玄室………から9番目の玄室クリアまでは30分もかかっていない。
どんな敵が現れたのかクシャナやエリゴスの説明を受けるまでもなく、とにかく一撃で倒し続け、宝箱も無視して突き進んだ。
二人の美女は完全に規格外のジューンに呆れ返った。
クシャナ
「デッドエンドオーバーロードまではわかるけど、まさかエンシェントブラックドラゴンまで問答無用で一撃だなんて」
エリゴス
「命乞いもできなかったわよね、あれ」
クシャナ
「あのドラゴンきっと有名な特殊個体よ。確かツィルニトラとかいう……」
エリゴス
「うそ、魔法の神って言われてる古龍じゃないの」
クシャナ
「ひどい神殺しだわ、このおっさん」
「なぜ俺がこの二人に責められているのか」
ジューンは憮然としながら10番目、つまり最後の玄室の扉を押し開け────うわぁ、と初めて声を漏らした。
その玄室は階段状になっていて、階段の一番上には巨大な玉座があった。
その玉座に座して艶めかしい足を組んでいるのは………両腕と膝下、それに胸元と股間しか鎧で隠れていない、露出過多な身長5メートルはありそうな女巨人だった。
『我が名はテミス。栄えあるティターンが戦士である。よくぞここまで来たな冒険者』
頭の中に響くような声だった。
「この女がラスボスか?」
「いや、ラスボスっていうか」
「古き神です」
クシャナとエリゴスは完全に白目を剥いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます