第13話 ジューンは不死の騎士と出会った。
最深層第一玄室。
縦に10メートルはありそうな鋼鉄の扉は、ちょっと押すだけで簡単に開いた。
中は松明が壁一面に几帳面に並べられていて、通路よりも濃い魔素が開けた扉から吹き付けてくる。
「なぁ、ここに来るまでの通路にも松明があったが、誰が管理してるんだ」
「ダンジョンマスターが配下に命じて管理させてるのよ」
クシャナは「そんなことも知らないの?」という顔をしたが、修練を積む日々が長すぎて、この世界の常識が所々欠けているのだから仕方ない。
「ダンジョンマスターはどこのダンジョンにもいるわ。ダンジョンに来た冒険者から得られる利益で生活しているわけだし」
「生活?」
「外で見たでしょ? ダンジョンがあると冒険者が来て金を落としていく。その収入の何パーセントかをダンジョンマスターに支払って出店してるのよ」
「共存共栄!?」
「そうね。有名所のダンジョンだと月収が白金貨30枚にもなるって、いつかなにかの文献で読んだことがあるわ」
「白金貨………1枚1000万くらいとして、月収3億か」
「収入の殆どは冒険者がダンジョン内で行うトレジャーボックスルーレットの課金らしいわ」
「なんだそれは」
「宝箱を見つけても魔法の鍵がかかっていて開けられないんだけど、お金を入れたら開けられるの。開けるたびに中身が変わるから、レアリティの高いアイテムが出るまで開け続ける冒険者もいるのよ」
「………」
そういうスマートフォンのゲームをいくつも見てきたジューンとしては、なんとも現実感のある金の稼ぎ方に「ダンジョンマスターは異世界人じゃないのか」と首を傾げた。
「それはないわ。勇者召喚ができるのは三大国家の王家のみ。そうポンポンと異世界から勇者を呼べるものでもないし」
「ねぇ、ちょっとお二人。玄室の主が超待ってるけど」
エリゴスに言われて中を見ると、玄室の中心に西洋甲冑の武者が立っていた。
片手にはロングソード。そしてもう片手で小脇に抱えているのは自分の頭だ。
首なしの騎士の威風は魔素となって吹き付けてくる。
「デュラハン………不死の騎士よ」
クシャナは魔法の杖を構えた。
「絶対に殺すことは出来ないから、行動不能にして次に行きましょう」
「殺すことが出来ない?」
「ええ。不死なの」
「ほう」
ジューンは眉毛をなぞるように指を這わせると、ずいと前に出て剣を抜いた。本気を出すとき眉毛をなぞるのは、彼のクセだ。
「やれるところまでやってみる」
その言葉にクシャナは納得したように後ろに下がる。下がりながらエリゴスの手も引っ張って下がらせる。
「え?」
「巻き込まれたいの?」
「い、いや、下がる下がる!」
いつの間にか仲良しの様相を呈している二人には目もくれず、ジューンは
小脇に抱えた首が虚ろな眼差しを向けてくる。
『まだ剣の間合いじゃない』
一歩一歩、敵の間合いを測るように足を進めていくと、不死の騎士はロングソードを真横に構えた。
片手で長剣を軽々真横に構えるあたり、かなりの怪力だろうと予見できる。
そしてあの鎧。どれほどの強度があるのか。
「真紅の衣」の強度も確認したい。
「行くか」
一気に間合いを詰める。
「!?」
今、不死の騎士が抱えている顔が驚愕の形を作ったように見えたが、多分気のせいだろう。
ジューンは空気抵抗と摩擦によって真紅の衣を煌々と赤くしながら突進した。まるで炎をまとった鬼神のような打ち込みだ。
不死の騎士は受けることも流すことも出来ず、一閃したジューンの剣圧に吹っ飛ばされた。
一本しかない大事な剣なので力は加減してあるが、それでも空間に亀裂が入り、その部分が急速に元に戻ろうと轟音を立てて収束していく。
それほどのパワーで打ち込みを受けた不死の騎士はどうなったのか────原型を留めていなかった。
鎧の中身がなんであったのかわからないが、とにかく鉄と肉のミンチのようなものがべっとりと玄室の壁にこびりついていた。
「うん、鎧はいい感じだ」
ジューンは不死の騎士には一瞥もくれず、自分のバカみたいなスピードに問題なく耐えている鎧を讃えた。
剣の方は少し歪んでしまっている。
「え、うそ。もう終わり!?」
エリゴスは驚愕している。
それよりも驚いて声も出ないのがクシャナだった。
不死の騎士が死んだ。
どんな剣も通さない謎の鎧。その隙間にどれだけ刃を突き入れても、その騎士は死ぬことなく剣を振るい続ける────冒険者ギルドでは「現れたら町が一つ消滅する」と言われているA級厄災に認定されている魔物。それが一撃だ。
「ほんとに魔王も一発で殺してしまいそう」
あらためてジューンの恐ろしさを味わったクシャナは「この人と子作りしたら死ぬんじゃないだろうか」と漠然と思った。
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