第11話 ジューンはやれるときにやる男。

 同族からも「アホ魔王」と呼ばれる人類の敵を倒すためには、ジューンの技に耐えられる武器が必要だ。


 と、いうわけで努力の勇者ジューンと魔術師のクシャナ、そして女魔族のエリゴスは、冒険者達から集めた情報を頼りに、リンド王朝の北西部にある「ダンジョン」に潜ることにした。


 この時代に作られたものではなく、いつ誰がどんな目的で作ったものなのか定かではない建築物「ダンジョン」は、その名が示すとおり迷宮だ。


 中にはダンジョンの中に住み着いた人々によって興された町があったり、外とは違う生態系が出来上がったりしていることもあるが、どんなダンジョンでも共通して言えることは「魔物の宝庫」ということだった。


「まぁ、レアアイテムはダンジョンにあるってのは、わからなくもない」


 ジューンの持つロールプレイングゲームの知識は浅い。


 なんせ中高生の頃ちょっとやった程度だ。


 社会人になってからは忙殺され、長時間のプレイを余儀なくされるゲームは殆ど未開封のまま置かれている。


 大好きなアクションホラーゲーム「ゾンビハザード」も、気がつけば10作目だったが、5作目以降は買いはしてもプレイしていないまま積んである状態だった。


『あのゲームもプレイできないままか………』


 二度と元の世界に戻れないと言われていたので、結局できず仕舞いだ。


 人は「あとでやろう」と思う生き物である。


 きっと「あと」になれば余裕ができて、好きなことをする時間もあるだろう、と。


 だが、実際はそんなことはない。


 40代に入って、ジューンは深く反省した。


 忙しさは変わらない。いや、責任が伴う中間管理職になってからと言うもの、忙しさと心労は急カーブを描いて右肩上がりの急上昇だ。


 そして若い頃のようなバイタリティがない。物理的に「体力がついてこない」のだ。


 ちょっとした余暇が出来たら旅行に行く────そんな気力はない。寝ていたい。


 仕事から帰宅したら積んであるゲームをプレイして徹夜して仕事に行く────どんなに遅くても午前2時にはまぶたが落ちて、浅い眠りで6時には目が覚める。


 買い溜めた本を読む────最近目が霞む。老眼というわけではないが、視点が定まらなくなったり、そもそも視界にゴミのようなものが浮いて見えるようになり眼科に行ったら「老化によるものですね」と言われて愕然とした。


 結婚して子供を作って円満な家庭を作る────そんな甘いものではなかった。毎日同じ生活をしていれば運命のめぐり合わせでもない限り女性との出会いもないし、愛を育むのにも時間が必要だというのに、20代30代を仕事だけで過ごしてきた結果、誰も傍らにいなかった。


 焦って30代後半から恋人を探そうとしたが「その男が美形か大金持ちでもない限り、わざわざ30代後半のおっさんと結婚するような女はいない」「いるとしたらなにかしらの闇を抱えてしまった女性」であると悟らされてしまった。


 もちろんジューンの探す先も悪かった。そういう手合いしか来ないような怪しげな婚活合コンなどで探してしまったからだ。


 できれば若い女性がいいと思うのは男の常だろうが、まず若い女性にとって魅力的なおっさんは「金持ち」「美形」など、ハードルが格段に上がる。同年代なら許せても年上に対してはかなりハードルが高く設定されてしまうものなのだ。


 さらに美人だったりすれば、引く手数多だ。とてもその生存競争の中で勝ち進んでいく自信はなかった。


 そのため、若い女性を捕まえることは早々に諦めさせられた。


 ジューンも強く若い女を求めているわけではなかったので、そこに固執はしていなかった。


 では30代後半から40代の女性はどうかというと、こちらも難有りだった。


 既に数回の離婚歴があったり、何人もの男を経験して人生に疲れている女性だったり、やたら男に対して出費の要求レベルが高かったり、いい年して結婚に夢持ちすぎていて怖かったり………なんらかしら将来に不安を感じる女性ばかりだった。


 大して頑張りもしなかったがジューンは婚活を諦めた。


 いつか、もしかしたら、ちょっとしたきっかけで、相性のいい運命の人が現れるかもしれない……そんな夢を持ちながら。


 だが、そんな夢は無駄だった。


 鼻毛や伸びたヒゲ、さらに胸毛に白髪が混じっていた時、ジューンは「老い」を感じた。


 一番愕然としたのは下の毛のいくつかが白髪になっていたと発覚した時だった。


 もう、重度のおっさんだ。


 そう思った時、まだ20代の頃と気持ちは変わっていないつもりだったジューンは急激に老け込んだ気がした。


 やれるときに、やれるだけやらなかった後悔………それは取り戻せない後悔だった。


 後になって「やりたくても出来なくなっていた」なんて想定していなかった。


 だから、この世界に来た時、馬鹿みたいに反復練習し、努力に努力を重ねて「勇者」として認められるレベルの力を身に着けられた。


「あとでドーンとレベルが上って、さくさくーと魔王倒せるはず」などという10代20代にありがちな甘えは、実際に「いろいろとやれるはずだったことができなくなっている」と実感していた40代のジューンにはなかったのだ。


「やれるときにやる」


 ジューンは自分に言い聞かせるように言った。


 その小声を聞いていたクシャナとエリゴスは目を合わせた。


 クシャナ『聞いた? れるときにるってなにか決心したみたいだけど、あんた殺られるんじゃない?』


 エリゴス『うそ、ほんと? きゃっ♡ れるときにるって……今夜あたりかしら』


 勘違いは、いっときの間、解消されることはなかった。

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