第10話 ジューンは魔王のことを知る。
「あの、ほんとに助けてくれるんですか? あとから殺すとかないですよね?」
「ないよ」
「体ですか? 私の体が目的なんですか? い、いいですよ。人間とは肌の色とか色々違いますけど、こんなんでも良いというのなら………」
「いや、脱がなくていいから」
「じ、じゃあ奴隷にするんですね! ボロボロになって死ぬまでこき使われるんですね!」
「だから、もう用はないから帰れって」
ジューンは足を止め、女魔族エリゴスに少し強めの口調で言った。
本当は洞窟で土下座したエリゴスを殺すかどうか迷った。
人と戦争している敵兵だ。情けをかけず殺すべきだ……とは理解していた。
だが、クシャナが「戦意喪失している相手をも殺すなんて、人としてどうかと思う」と言い出したので、迷いに迷った挙句、解放することにした。
ちなみに魔族は「人間が命乞いしてきても必ず陵辱の憂き目に合わせて殺す野蛮で非道な連中」らしく、人は「そんな外道にはなりたくない」という矜持があるので鬼畜行為は避けるのだそうだ。
随分と剣術指南役と言っていることが違う気がしたが、ジューンもわざわざ若い女を殺したくもないのでクシャナに従った。
そうしたら、エリゴスは放免したというのに着いてきては「本当に逃してくれるのか」と何度も聞いてくる。
逃げようと背中を向けた瞬間に石を投げつけられ、殺されるんじゃないかと思っているのだ。
「いいか。俺はなにもしない。なんなら俺達が立ち去ってから逃げればいいだろ」
「いえ、あの、その」
「なんだよ」
「こ、これからどこに行くのかなー、って」
「敵に言うわけないでしょ」
クシャナが割って入る。それでもジューンの横から動かないのは、エリゴスには勝てないのでいざという時に守ってもらうためだ。
「あの………あの!!」
エリゴスはバタバタと翼をはためかせてジューンたちの前に出ると、ズサーと土下座した。
「ど、どうか魔王を倒してください」
「「はい?」」
ジューンとクシャナは声を揃えた。
「つまり、愚王ってことか」
魚に塩をまぶしたジューンは、ホクホクのアツアツなそれにかじりついた。
釣り竿などないので、川に小石を叩き込み、その衝撃波で気絶した鮎のような魚を拾い集め、焚き火で焼いている。
今夜は野営だ。
焚き火の反対側でエリゴスが「そうなんです」と同じように鮎のような魚にかじりつきながら言った。
「うん、あのさ。足閉じて?」
ジューンに指摘され「はっ!」と足を閉じる。
大きな石に腰掛けて豪快に魚にかじりついていたら、ついつい気が大きくなって足も広がってしまったようだ。
さっきから対面にいるジューンはエリゴスのドロワーズが丸見えだった。パンツではないのでジューンの感覚では大してエロいものでもないが、やはり若い女性の股が見えるのは良くない。
クシャナがジト目がジューンを見てくるが「俺が悪いのかよ」と納得できずに反論する。
「いーえ、別に。英雄色を好むといいますしー」
「いや、そんなに好んでない」
「好んでよ! こんなにチョロい女が二人もそばにいるのに!」
「自分でチョロいとか言うなよ。てか、お前、いつからそんなデレるようになったんだ」
「あなたが現実離れした力を発揮したからでしょ。その力があれば魔王軍とか余裕でぶっ潰せるし、そうなったら戦後の身の振り方も視野に入れて行動するのが才女の有り様だから!」
「才女関係あるか? やってることはいやな感じの婚活女子みたいだぞ………で、話を戻すが」
ジューンは真面目な会話を再開した。
現魔王は随分とヤンチャで向こう見ずで阿呆らしい。
本来、魔族は人と敵対しているわけではない。交流がないだけだ。
文化文明的には似たようなものなのだが、とにかく生き物としての優劣の差が激しすぎるため、互いに近寄らずにやり過ごすことで、この世界の中では共存していたのだ。
それなのに現魔王が『我々優良種なる魔族が人間を支配・管理・運営してこそ初めてこの世界は────』などとご高説を垂れ、戦争を起こしたのだ。
種的には魔族は人間に負けない。が、数では圧倒的に劣っている。
どんなに力が強くても、数万倍の数の差は大きい。
魔物を使役してその数を補おうとしても、所詮は獣。軍隊のような規律的な行動はできないし、基本的に使い捨てだ。
「魔王に反対する連中はいなかったのか?」
「現魔王は魔族の中では突出して強いので………戦争反対派は全員殺されました」
「まさに魔王の所業ってやつか」
反対派を殲滅した魔王は、兵力を補うためにエリゴスのような一般人をも戦地に駆り出す始末で、魔族の領内では「魔王やべぇ」という話題で盛り上がっているところだった。
その「魔王やべぇ」が「勇者やべぇ」に変わったのはつい最近だった。
なんでもリンド王朝を攻めた魔王軍の主力部隊が、半刻も保たずに壊滅したらしく、生き残った魔族の話によると、その勇者には近寄れもしなかったとか。
「まさかあなた様では?」
「そう………だな。多分、俺だ」
その大敗によって、魔王は随分焦っているらしい。
さらに、今回現れた勇者は一人ではない。三大国家それぞれが同時に勇者を召喚しているのだ。
一人で魔王軍の主力部隊が壊滅させられたのに、そんな化物が三人………ちょっと正面から戦っても勝てる気がしない、というのが今の魔王軍の状態だった。
中には勇者を籠絡して仲間に引き込みましょうとか、なんとかして暗殺しましょうとか、いろいろな意見が出ているらしいが、愚王たる現魔王様は「勇者なんぞ物の数ではない! 余が自らの手でぶっ殺してくれる!」と張り切っているらしい。
「どうかあのアホ魔王を倒して平和を取り戻してください!」
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