第8話 ジューンは真紅の衣を手に入れた。

 真紅の衣は、活火山の中腹に空いた洞窟の中に鎮座ましましていた。


 日本で例えるなら、武者鎧が椅子に腰掛けているような姿で飾ってあるような感じで、西洋のフルプレートメイルが座ってこちらを見ていた。


 どういう染色技術で染めたのかわからないが、冷たい鉄の輝きを放つ鎧全体が鮮血のように赤く、所々に刻まれた装飾模様が職人の技を物語っている。


「………」


 ジューンは伝説の勇者の鎧だと聞いて来たが、少し残念に思った。


 とてつもなく重そうだからだ。


 こんなものを着て動けるのか。いや、これを着て動けるようにしかないだろう。


 問題は簡単に取らせてもらえるのかどうかだが────なんの障害もなく、難なく手に入った。


「勇者以外が触ると全身の血を吸い取られて絶命するらしいけど」


 クシャナはぺちぺちと装甲表面を触っているが、もうジューンによって無効化された後だからか、血を吸われたりすることはないようだ。


 着込んでみる。


 とてもじゃないが一人で脱ぎ着できる代物ではないので、クシャナに手伝ってもらい、軽く30分もかかってようやく着ることが出来た。


「これ、魔法でパッと着脱できないのか」


「そういう血統魔法を持ってる人がいればできるでしょうね。だけど世の中そんなに甘くないわよ」


「行ったことがある場所ならどこにでも一瞬でワープできる女が何言ってんだか」


「簡単じゃないから! かなりの魔力を消費するんだからね!? 魔力が枯渇すると死ぬかもしれないんだから必死に使う魔法なのよ、あれは!!」


「え、死ぬ!? そうなのか?」


 ゲームだと生命に関するポイントが0になったら死ぬが、魔法に関するポイントが0になっても死ぬことはないのが世の中の常識だ。


 魔法習得の努力中、何度も魔力切れを起こして気絶したが、あれはギリギリの状態だったのだろうか。


「っていうか、それ着て動けるわけ?」


「ああ。驚いてるよ」


「?」


「めちゃくちゃ軽い。何も着ていないようだ」


 魔法の鎧というところだろうか。


「よかったわね。じゃあ王都に戻りましょう」


「次は剣を探しに行く」


「バカなの? これ以上王都を留守にしていいわけないでしょうが!!」


「剣の場所も確認してある。ここから一週間ほどで辿り着くらしいぞ」


「私が止めたら?」


「寝ている時にこっそり抜け出して俺だけ行く」


「はぁ」


 クシャナは肩を落とした。


 ジューンが本気で全速力で走ってどこかに行けば、クシャナが追いつけるはずもない。


 それくらいのことはわかっている。


 努力の結果、人間の規格外となったジューンは、こう見えて、ちゃんとクシャナに気を使って行動しているのだ。


「わかりました! 行きますよ! 行きます け ど も !」


「なんだよ」


「第一夫人の座は私がもらうからね!?」


「ははは。国から殺されるかもしれない男の嫁になってどうすんだよ」


 ジューンは今のクシャナのセリフを冗談として受け止めていた。


「英雄として一生安泰かもしれないじゃない」


 冗談事を言っているつもりのないクシャナは、実に真剣な眼差しだ。


「天国か地獄ってことか」


 クシャナもジューンも、今のところ「魔王に倒される」ということは全く想定していない。それほどにジューンは強い。異様とか異常とかいう次元を超えて強いのだ。


 そんなジューンの前に、命知らずの魔族が高笑いしながら現れようとは。


「フハハハハハ! きっとここに来ると思っていたぞ勇者!」


 黒い翼を広げて洞窟の天井近くに現れたのは、肌の色が薄紫色で、額には一本角がある、見た目は20代前半くらいの女だった。

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