第6話 ジューンは旅に出る。
「あ?」
執務室にいたクシャナは、大きなリュックサックを背負って挨拶に来たジューンを見て思わず凄んでしまった。
いつの間に準備していたのか、その大きなリュックサックにはコップやら鍋やらもぶら下がっていて「これから旅に出ます」と言わんばかりの格好だった。
「なんの真似?」
「俺に合う武器を探す旅に出ようかと」
「いやいやバカですかあなた! 国家機密の要人である勇者を自由にさせるわけ無いでしょうが!」
クシャナは机をバンと叩いて立ち上がった。
「いいですかジューン! 旅先で野盗に襲撃されたらどうするの! 人間を殺せる勇気が今のあなたにある!? 宿とか酒場で魔王軍に毒殺される可能性もあるのよ!?」
「………」
「だいたい、勇者が一人でなんでもできると思ったら大間違いで、あなたのためにどれほどのバックアップが常日頃動いてると思ってるの!」
「人を勝手に召喚しておいて、命賭けろだの元の世界には帰れないから腹をくくれだの、やっぱり使い物にならないだのと勝手なことを散々言っておいて、いざ俺が使えるようになったら手のひら返して要人扱いか」
「な、なによ。今の待遇に不満があるのなら聞くだけ聞くから。食事も満足に出して………あ、もしかして女? はっ、もしや美しくてかわいくてセクシーな私に欲情して………」
「なんでそうなる」
クネクネと体を揺らすクシャナを白い目で見ながら、ジューンは「世の中を見て回りたいだけだ」と訴えた。
「それに魔王軍と戦うのに武器が必要だろ。いつも使ってるやつだと一振りしたら壊れてしまうからな」
「それなら国で一番の鍛冶屋に………って、普段使ってるのがそれだったわね」
「こういう世界なら、なんかあるだろ。勇者が使う伝説の武器とか」
「あなたから見てどういう世界なのかよくわからないけど、まぁ、確かに伝承も心当たりもあるわ。だけど、あなたが行く必要はないから。探索隊を編成して集めてくるように指示しておくから荷物を置きなさい。ね?」
「それは勇者じゃなくても手に入れることができるのか?」
「………」
この国だけの話ではないが世界各地の伝承には「勇者にしか手にすることが出来ない武器」がある。
お伽噺レベルの話ではあるが、眉唾ものの話ではなく、実際に目撃例は多い。そしてそのどれもが「勇者でもないのに振れたから灰になった」とか、様々なえげつない内容ばかりだった。
ジューンのワガママのために、魔王軍との戦いを前にして貴重な兵力を減らすわけにもいかない。
「では、在り処を探るのは冒険者に頼むから。彼らなら金さえ出せば何でもするし」
クシャナはそう言いながら、ロッカーから着替えのローブやら下着やらを取り出して、大きなリュックサックに詰め込み始めた。
「なにやってんの」
ジューンは嫌な予感がしたので尋ねたが、返答は予想通り「私も行くに決まってるでしょうが」だった。
「一人で行くから。来なくていいよ」
「バカですか!? 一人旅とか魔王軍を滅ぼしてからにして!」
確かにそれも道理だ。
仕事も終わっていないのに「有給ください。旅に出ます」とか言ったら、きっと会社から席がなくなる。
「大体ね、またいつ魔王軍がここに来るとも限らないのに、のんきに冒険なんてさせらないから。だけど、私がいれば転移魔法ですぐ戻れるのよ」
「転移………ほう。そんな便利なものが」
「断っておくけど、こういう血統魔法はいくらあなたでも覚えられないからね」
「血統?」
「私の家系に代々伝わる魔法よ。他の人には扱えない
「やってみなきゃわからんだろ。あぁ、そうだ。旅路で教えてくれるなら同行してもいいぜ?」
「偉そうに! できるもんならやってみてほしいけど、無理なものに無駄な労力は掛けたくないの。あ、そうだ! 旅のついでに魔王城行って魔王倒しちゃお」
「アグレッシブすぎない?」
「あなたの力ならパパッとやっつけられると思うし、大軍率いて行動すると時間かかるわ見つかって対策立てられるわで、なんにもいいことないのよね。だから私と二人でやっちゃお?」
「………俺の力を過信しすぎじゃないか?」
ジューンは鼻歌交じりに旅支度をするクシャナを「何考えてるのかわからん」と不思議そうに見つめた。
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