第3話 ジューンはお披露目された。

 ジューン。


 努力の勇者。


 その努力が尋常ではなかった。


 教えられたことを繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、とにかく気が遠くなるほど寝る間も惜しんでやり続けた。


 そうすると「上手くできるコツ」というのが体に染み入ってくるのがわかった。


 それを完全に自分のものとするために、また何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も反復練習した結果、彼はこの国の誰よりも強烈な炎魔法を放つことができるようになっていたのだ


『そうか! 無茶苦茶練習したら無茶苦茶強くなるというのが、このおっさんの能力ね!!』


 クシャナは次々に魔法を覚えさせようとした。


 しかし、火系統の魔法は最初に教えた「蝋燭に火をつける呪文」以外身につかなかった。身に付けなくてもそれ自体が極限究極限界魔法みたいなものだったので文句はなかったので、次の系統の魔法を試させた。


 次は水系統の初歩魔法「うがいするための水を出す魔法」だ。


 ジューンはこれも、気が遠くなるような反復練習で己のものとし、砂漠が巨大湖に変わってしまうほど大量の水流を生み出すに至った。


「風呂上がりの体を冷やす風」とか「夜中に本が読める指先の光」とか「寝る時に目隠し代わりになる闇」とか「園芸時に土に種を入れる穴を開ける」とか、そういう初歩の初歩魔法を教えると、ジューンは必死に練習し、どれもこれも究極魔法に仕上がった。


 もちろん、この世界は努力すればすべてが報われるというような安易な世界ではない。


 どんなに魔法の才能があって、ジューンと同じだけの努力をしたとしても、ここまで極限の魔法にまで発展させられる者などいない。


 しかもジューンいわく「俺、魔法苦手だわ」である。


 普通の人が一系統………クシャナクラスでも三系統使えたら「天才」と呼ばれている中、地水火風光闇というすべての系統の極限破壊魔法を使えるジューンから「魔法苦手」と言われたら、世の天才魔法使いたちは杖を折って引退しかねない。


 実際、魔法局のホープであるクシャナが「私の魔法人生って………」と全身脱力したのも頷ける。


 魔法を努力だけで極めたジューンは、剣の道も極めるべく努力を重ねた。


 リンド王朝最強の剣術指南役が教えた基礎の素振りを繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返した結果、剣閃だけで大地を…………いや、空間すら叩き割るほどになった。


 最早剣術とは言えない。剣圧をソニックムーブとして広範囲に叩き込む大量虐殺技だった。


 どんなに固い防具防壁も、空間ごと叩き割られてしまえば強度など意味を成さない。


「まだ剣のほうがやりやすいけど………なるほど、これがズル技チートってやつか。なんだか引け目を感じるんだが」


「いやいや! あなたが努力した結果身に付けた正真正銘の技ですよ!」


 クシャナはこの謙虚な努力家をとっくに見直していた。


 しかし、ジューンとしては「死ぬほど努力しなければ身につかない技術というのは、自分に合っていないのではないか」とも思っている。


 普通の人であればもっと簡単にお手軽に身につくことを、人の数万倍も練習してようやく、だ。


 勇者としてなんらかのズル技チートがあったからこそ身につけることは出来たが、才能など欠片もないのだろう、と。


 そしてジューンは国民にお披露目された。


「魔族恐れるに足らず。我がリンド王朝の勇者ジューンは、まさに最強である!」


 王に宣言されて王城前に集まった大衆に姿を晒したジューンは「ただのしがないサラリーマンが救世主扱いかぁ。素人映画でももっとマシなシナリオ考えるだろうに………」と、全く高揚せず、調子にも乗らず、良い具合にリアリストなので冷めかけてすらいた。


 そんなジューンの雰囲気を察したのか、国民の反応は微妙だった。


「え、あのおっさんが最強?」

「そんな強そうに見えないんだけど」

「異種族か? 随分顔立ちが違うな」

「戦士か? 魔法使いか? 法師か? 暗殺者か?」

「てか、わー!とか、おー!とか俺たちを盛り上げてくれたりしないわけ?」

「やる気が感じられん」

「俺のほうが強いと思う」

「勇者様ってもっと美形かと思ってたのに枯れかけたおっさんじゃないのよ」


 王や貴族の前なので民衆の声はヒソヒソとした小声ではあったが、そんな小さな民の声もたくさん集まることで音のうねりとなってジューンを襲った。











「なんで俺の意思とか関係なしに異世界に拉致られた挙句、こんなにディスられなきゃならないんだ」


 ジューンは「もう知らね。もうやってらんね」とベッドに横になっていた。


「愚かな民衆に実績を見せるしかないわよ!!」


 枕元に立ち「民はあなたの実力を見ていないからあんなことを言うのよ!」と、なげやりなジューンに変わって憤慨しているのはクシャナだ。


「実績ねぇ」


 それもそうかとジューンは思った。


 突然入社してきた中途採用者に対して社長が「この人すごくデキる人らしいから社運を委ねるわ」とか言い出したら頭を疑う。


「じゃあ魔物討伐に行きましょ! できるだけ派手に民にあなたの実力を見せつけるのよ!」


「初めての魔物退治を俺一人で!?」


「ご心配なく。もちろん指導官の私も行くし、精鋭の手練を100名単位で集めておくから。だって勇者を一人で行かせて、もしも死んだりしたら………私の一族郎党全員縛り首になるわ」


「必死だな。それにしても100名って多くないか?」


「あなたならどんな魔物でも余裕で勝てるでしょうけど、私達は必死になるわよ!」


「いやいや、俺も結構努力した結果なんだから、そんなキツい言い方するなよ………」


 ジューンは面倒になって「はぁ」と溜息をついた。


 しかし彼もクシャナも忘れていた。


 攻撃の努力は積み重ねてきたが、防御の努力は一切していなかったと。

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