第2話 ジューンは蝋燭に火をつけた。
異世界から来た勇者ジューン。
その中年男性はクシャナから見て「欠陥品」でしかなかった。
まず「魔力」が赤子より少ない。
呪文詠唱という、今では廃れてしまった魔法文化を用いて、ようやく従来の効果の百分の一程度の魔法が発動する………それはひどいものだった。
普通の魔術師は無詠唱で瞬時に火の玉を生み出せる。
ジューンは「大いなる猛る炎の精霊よ、我が盟約に従い集い来たりて、穢れ払う聖火を興し給えエロエロエッサイムイロイロウッサイウー!」という長ったらしくて口にするのも恥ずかしくなる呪文を唱えながら、精神統一しつつ、ごく僅かな魔力を雑巾を絞るかのように絞り出して、ようやくハナクソ一つ分程度の小さな炎のゆらめきを生み出す。
当然風が吹けば消える程度の、なんの意味も持たないような粗末な呪文だ。
魔物や魔族の大軍相手に魔法の一つも使えないなど、あり得ない。
クシャナは焦った。
どうにかして勇者が勇者であるはずの「利点」を探さなければ、と。
伝承では、勇者というのはこの世界の者たちにはない「特別な力」を授かっているものらしい。が、勇者当人にはその自覚がないので、見つけ出してやらなければならないのだ。
魔法がダメなら剣技ではどうか。
ダメだった。
剣など握ったこともないジューンは、木偶人形に刃を立てられるまで後20年は剣を振り続けないとダメだろう。剣術指南役からも「才能がない」と太鼓判を押されていた。
では、異世界の豊富な知識で戦争を有利に………と、思ったが、どんな知識も科学と文明に裏付けされたものばかりで、こちらの世界では実現不可能なものばかりだったし、大半はジューンが言っていることの意味をクシャナほどの才女でも理解することができなかった。
日本で、戦国時代の人々に「スマートフォンで会話できる」と説明しても、まったく理解されないだろう。それと同じことだ。
さらに言えば、ジューンも「なんでスマフォで会話できるのか」という具体的な常識があるわけではない。
現代社会の人間誰しもそうであるように「与えられた便利は当たり前のように使う」だけで、携帯電話で遠隔地でも会話できることに、疑問や疑念など抱かない。仕組みを知ろうとも思わないのだ。
そういうジューンに価値を見出せなかったクシャナは、別の勇者を召喚したほうがいいと魔法局に進言した。
が、月の満ち欠けと星々の位置から推測した次の召喚タイミングは、100年後らしい。
それだけあれば、魔王が人間を1000回滅ぼしても余りあるだろう。
「どうしよう」
クシャナは毎日頭を抱えていた。
その「使えない勇者」たるジューンは、クシャナの心中を知ってか知らずか、出来もしないのに毎日毎日剣と魔法の修行を続けていた。
詠唱を繰り返しながら精神集中して、吹けば消えるような小さな火の欠片を生み出すのに30分以上かかっていたのが、最近は少し短くなっている────が、だからなんだ、という話だ。
どれだけ努力しても無駄だ、とクシャナはある時からジューンの修練に付き添わなくなっていた。
そして、ジューンが異世界に来てから半年過ぎたある時、クシャナはジューンから「努力の成果を見せたい」と呼ばれた。
無駄な努力を目の当たりにするのが嫌だったが、仕方なく鍛錬場に赴いた。
「じゃあ、まずは魔法から」
ジューンは無詠唱で炎を生み出した。
ただの炎ではない。
あまりの熱量に鍛錬場に張り巡らされた強力な魔法バリアが融解し、空間が歪んでしまうほどだった。
こんな膨大な熱量、見たことがなかった。
「今のは伝説の極限魔法、エターナルインフィニットバーニングフレイムですか!?」
どうやって、いつの間にこんな極限魔法を習得したのか。
「いいや? 教えてもらった【蝋燭に火をつける魔法】ってやつだけど」
「は?」
「ってか、それしか教えてもらってないし」
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