第6話 おっさんたちは僅かな幸せがあればいい。
「「「ぷはあああああああああ!!」」」
おっさんたちは、店主に言ってキンキンに冷やしてもらった木のコップに注いだエールを一気に飲み干して、おっさんの代名詞たる「ぷはあああ」をやった。
エールはビールと違って薬草臭いし炭酸の爽快感も少ないが、この世界にビールがないのだから仕方ない。
しかしそれでも酒は美味い。
更に言うと尿酸値や尿路結石やプリン体を気にせず、たらふく酒が飲めるのは至福だ。
勇者としてこの世界に召喚された三人の身体能力は、前の世界では考えられないほど屈強になっていた。
病気や疲労とは無縁だし、どんな裂傷も回復魔法の必要もなく瞬時に元に戻る。やったことはないが四肢を切断されても元に戻る気がしている。
ちなみに魔王の持っていた「邪聖剣ニューロマンサー」は大地も切り裂くと言われていたが、その直撃を生身に受けたジューンの肌には、ちょっと赤い打ち身が残った程度だった。
「贅沢に天然の氷使って正解だったな」
ジューンはエールのおかわりを頼みながら、旨い酒を堪能する喜色満面を隠しきれずにニマニマしている。
冷凍庫のないこの世界で氷は貴重品だが、このディペンの町は大陸北部に近い上に、町の少し先には頂上が白く雪化粧された山もあったので「いける」と踏んだ。
おっさんたちは、小さな幸せのためになら努力を惜しまない。
エールを美味しくするために「氷」が欲しい。魔法で作った氷でも変わりないのに「味気ない」とおっさんたちは考える。
キンキンに冷えたエールが飲みたいと思い立ったが吉日で、セイヤーが空間転移の魔法を連発して山に移動。そこでコウガが得意のラッキーで山の湧き水が凍結した場所を探り当て、ジューンが大剣でごっそりブロックアイスを吸い出す。あとはまた空間転移の魔法で、家一軒分の氷と一緒に戻ってきたのだ。
これを普通の人々がやろうと思ったら、数十人が数カ月に及ぶ行程を経て、持ち帰れるのは、ほんの僅かな氷だけだろう。
「いいね、この浅漬け」
ジューンはこの地方で取れるらしい白菜のような野菜を、酢、みりん、砂糖、あと謎の旨味成分で漬け込んだものに舌鼓を打っていた。
「日本酒が欲しくなるな」
浅漬けを口にしたセイヤーも満足しているようだ。
「店主さん、他にいいお酒、あるー?」
コウガが言うと、酒場の店主は「もちろんでっさー!」と張り切りだした。
なんせこのおっさんたちは、ディペンの町を救った英雄だ。
銀龍退治はもちろん、外壁修理代まで出してくれるし、物珍しい氷の塊まで持ってきてくれた。
町長からは「くれぐれも粗相のないように、十二分にもてなせ」と重々に言われているし、そんなこと言われなくても彼らをもてなしたいという気持ちでいっぱいだ。
店主に言われ、娼婦宿になっている二階から、けばけばしい化粧をした女たちが降りて来る。
古今東西、女の体は男にとって最大の癒やしともてなしだ。
………が、おっさんたちは「そういうのいいから。楽しく飲もうぜ!」というノリで、降りてきた娼婦たちにも酒を与えて、和気藹々と宴会を続けている。
「そんな格好してたら肌寒かろう」と露出多めのドレスを着ている娼婦にブランケットを渡したり、普段大したものを食べていない娼婦たちに「好きなものを食っていいから。全部おごるよ」と言ったり、酒が入ってきて身の上話を始める女がいれば「雨の日ばかりじゃない。晴れる日もあるさ!」と応援し………とにかくおっさんたちはこの店にいる娼婦たちはもちろん、すべての客たちにとってオアシスのような存在になっていた。
「最近うちの店の若い衆が、全くあっしの言うことを聽いてくれないんですよ。どうも
「あー、あるある。わかる、わかるよ、そういうの。部下が上司を蹴落としてその地位に行こうとする感じ。あったなぁ、そういうの」
ジューンが感慨深く言うと、行商人のおっさんは「わかりますか!?」と握手を求めてくる。
「俺としてはさ、甘いと思われるかもしれないけど、上手い具合に俺を追い抜いて上に行ってくれるのなら『あぁ、俺の部下がそこまで育ってくれたか』って嬉しくも思えるわけだ。しかし、上司を卑下して自分のほうがいいとアピールして上に立とうとするやつが現れると『あー、なんか育て方間違ったなぁ』って思うな」
「わかります。わかりますぞ」
行商人は力強く頷いた。
「まぁ、大体そういう風に人の悪口言ったりして上にいこうとするやつとか、成功しないどころか、どこかで実力のボロが出て排除されちゃうんだけどね」
「その通りですとも!!」
行商人とジューンは仕事話で熱く盛り上がっている。
普段適当に枯れているおっさんたちの魂に火がつくのは、こういう酒の席で知らない者たちと意見を交わし、意気投合する時だ。
旨い酒と美味い肴。そしてほんの数時間得られる飲み仲間。
その一瞬の幸せだけで「明日からも頑張れる」と思えるのがおっさんたちなのだ。
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