第5話 おっさんたちは欲をかかない。

 ────数刻後。


 ジルファは凱旋するおっさん三人の姿を呆然と眺めていた。


 町のあちこちで歓声と甲高い口笛が響き渡り、誰がいつ用意したのかわからない色とりどりの紙吹雪が舞っている。


 三人のおっさんたちの後ろからは、リアルタイムで解体される銀龍の四肢が次々に運ばれる。


 三人はただ単に龍を退治して町のメインストリートを戻って来ただけなのだが、龍の部位を荷台で運ぶ者たちが律儀に一列になっておっさんたちに追従するものだから、凱旋パレードにしか見えない。


 冒険者ギルド前に到着したおっさんたちを代表して、ジューンが「騒がしくてわりぃ。素材買い取ってくれないか」と、まるで余った薬草を買い取ってくれというようなノリで話し始めた。


「い、いや、ちょ………銀龍とか、こんな小さな町のギルドではとても買い取れな………買い取れません」


 ジルファが言い方を変えたのは、三人の戦いぶりを遠目で見たからだ。


 ジューンの大剣は一撃で銀龍の首を落とし、セイヤーの魔法は銀龍の体を解体可能なサイズにまでバラバラに分解し、コウガはたまたまこのディペンの町まで行商に訪れようとして龍の襲来に巻き込まれていた外の行商人たちを率いて、町の者たちが呆然としている中で解体ショーを行った。


 すべてが一瞬。


 魔法障壁や物理耐性がある銀龍が為す術もなく、いや、もしかしたら自分が死んだことにも気が付かないうちに狩り殺されていた。


「えー、買い取ってくれないと困るんだけど」


 コウガは頬を膨らます。


「だから40過ぎておっさんが、それ、やめれ」


 ジューンが呆れたようにコウガに釘を刺す。


「冒険者ギルドが買い取ってくれないなら、解体してくれた行商人たちに売るしか………「ちょっと待って!!」


 セイヤーの言葉をジルファは遮った。


 銀龍の部位は、血の一滴、鱗ひとかけら、すべてが莫大な利益になる。


 冒険者ギルドは同業者の自治営利団体でありボランティアではない。稼げる時に稼がないとギルド職員の名が廃るというものだ。


「相場価格で全て買取ります。ただ、今は手元に現金がないので二週間、いえ、一週間ください!」


「とりあえず今夜の宿代と飯代分くらいは欲しいんだが」


 セイヤーは束ねた髪を解きほぐしながら交渉する。


 こういう商取引はセイヤーが一番だとわかっているので、ジューンもコウガも口を挟まない。


「わかりました」


 ジルファはカウンターに幾つもの麻袋を並べた。


「袋一つにつき大銀貨500枚で、袋は7つ。計3500枚が今ここにある現金すべてです。一週間お待ちいただければ冒険者ギルドの名にかけて、残金もお支払いたします」


「3500万円分か」


「え?」


「いや、なんでもない。では、後で言った言わないと言い合いしたくないから取り交わした約束は文章で残しておきたい。あと正確な報酬金額も明示してくれ」


「はい。銀龍一体分ですから、相場観で言えば白金貨プラチナ20枚以上かと。細かい金額はちゃんとしたものを後で出します」


「ふむ………」


 セイヤーが厳しそうな顔をしている後ろで、こういった交渉が苦手なジューンがコウガに話しかける。


『なぁコウガ。庶民は4人家族が一年間生活するのに大銀貨300枚から500枚が一般的な年収だったよな?』


『そうだね。大銀貨で1000枚も年に稼いでたら金持ちだと呼ばれる部類でしょ」


 日本円に換算すると大銀貨1枚1万円くらいで、100枚だと当然100万円の価値だろう。


『白金貨1枚ってどんな価値だ?』


『いい加減自分でも覚えてよジューン。えーと、待って………大銀貨1枚1万円。金貨1枚10万円で大金貨1枚は100万円。ってことは、白金貨は1枚1000万円だわ』


 この世界の金額換算がパっと出来ないところに年齢を感じる。


『白金貨1枚1000万円の価値………それが20枚だから………2億円ってことか………いつものことだが、それだけの金が動くといろいろめんどくさい事になるんじゃないのか』


『なるさ。今までもそうだったじゃん』


『だったら今まで通り…………』


 後ろでジューンとコウガがコソコソヒソヒソ話をしているが、それを聽いていないふりでセイヤーは咳払いした。


「私達は町の外壁修理代として、銀龍の部位売却費用を寄付する」


「…………はい?」


 ジルファは聞き間違えかと思い、セイヤーにもう一度同じことを言わせた。


「私達の報酬はこれだけで十分」


 麻袋を一つ手に取る。


 これだけでも大銀貨500………日本円で500万円だ。おっさん三人が数ヶ月贅沢に過ごしまくっても有り余る金だと言えるだろう。


「そもそもギルドの依頼書に書いてある討伐報酬は大銀貨500だったからな」


「い、いいんですか!? 本当にいいんですか!?」


「ギルドで全部せしめたりしないで、ちゃんと町の外壁修理に充ててくれよ?」


「も、もちろんです。私も住んでいる町のことですから! それより、あ、あの。他に要求はないのですか? あとから言われても困るのではっきりと申してください」


「私達がどれだけ強欲に見えているか知らないが、ない」


 セイヤーは顔をしかめた。


「本当ですね? あとから若い女をよこせとかも言わないですよね!?」


「言わない」


 セイヤーは憮然としている。


ジューン

「俺達がほしいのは旨い酒と………」


セイヤー

「美味しい肴と………」


コウガ

「安らかな寝床だけだ」


 三人は流れ作業のようにいつもの決め台詞を言った。


「あなた方は神の御使いエンジェルなのですか!?」


「「「は?」」」


 おっさんたちは驚きの声を上げた。


「だって、お金も女も要求せず、銀龍討伐というとんでもない偉業をたった三人であっという間に………あ、すいません! 報酬受け渡しの受領書作成のために冒険者章をご提示ください」


「あ………ああ、そ、そうだな。出すの忘れていた」


 突然のエンジェル扱いに面食らっていたおっさんたちだったが、意識を取り戻して首に下げた認識票ドッグタグを引っ張り出した。


 冒険者ランクS。


 世界にたった三人しかいない、魔王討伐を成し遂げた勇者しか持たないその認識票を見てジルファは声と色を失い、石化したように硬直した。


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