#038 自由と束縛を求めて
「お顔を上げてください、マスター。今回の件はわたくしにも責任の一端があります」
「いや、そんなこと……」
「最初に網をかけようと提案したのはわたくし……。もっとも、人員を挙げたのは別の方でしたけれど」
う……。耳が痛いわね。
「そ、それもダンジョンの修復工事を滞りなく進めるための提案だったから」
「わかっております。ですので、もう網で塞ぐ方法はやめておきましょう。何か、他の方法をお考えいただきたいと思いまして、ここに参上いたしました」
「他のやり方か……」
「うーん。すぐには思い浮かばないな、ちょっと時間をもらえるかい?」
「そうですか。では、わたくしどもは一旦、ナワバリに戻るといたしましょう。アイちゃん、帰りますわよ」
ヒトミさんの声に応じて、アイちゃんが
◇◇◇
「あの子はフレンドじゃなくて、単なる使い魔に過ぎないことをつい失念していた……」
「見た目と違って、力も判断力も本当に幼児並なのね」
「使い魔に管理させようとしたのが間違いだったな」
「考えてみれば、子供ってよく風船を手離して泣いているものね」
わたしたちは
視界にはせわしなく動き回るたくさんのモビルタロス。それを眺めながら問題の解決方法を模索している。
話題の中心はもっぱらアイちゃんに集中した。なぜなら、能動的に動くことが出来るのは彼女の方だからである。
「わたしも小さい頃、せっかく買ってもらった高い風船をついアーケードの天井に離して泣いていたわ」
「中身がヘリウムガスだと、意外に浮力が強いからな」
「そうだよね。風が強い日だと子供には辛くなっちゃう」
考えてみればアイちゃんは一日中、あのぷかぷか浮いてるヒトミさんをどこかに行かないよう、しっかり捕まえているのだ。休んでいるときくらい、指の力を抜いて手放すのは当たり前。
「ヒトミさんもどこかの妖怪のお父さんみたく、自分で動けるような手足があればいいのに……」
「いや、あの大きさの眼球が手足を使って移動したら、ちょっとしたホラーだろ」
そう言われて、自分でも想像したらかなり怖かった。
あの大きさは”風船”だからこそ、ぎりぎりファンシーで済んでいることにあらためて気がつく。
「そもそも空中に浮かんでいる大きな目をした怪物というのがモチーフだからな。あの姿にしたのは
「代わりとして、移動用にフレンドみたいな大型の使い魔を生み出すわけね」
「使い魔と言っても万能じゃないからな。こんな問題が起こることまでは埋さんも予想していなかったんだろう」
「意外と行き当たりばったりなのね」
「後のことは、誰かが創意工夫すればいいと割り切っていたんだ。あの人らしいさ」
ボンヤリとここにはもういない人の思い出を語りながら時を過ごす。
その間にも、タロスくんの使い魔である『モビルタロス』はミノタさんの指揮を受けて黙々と働いていた。
段差や障害を苦もなく動き回る高い走破性。その秘密は無限軌道によるキャタピラー。
現実世界においても、荒れ地を往く力は他の車両を大きく引き離す。
「あ……」
「どうかしたの?」
「そうか、車輪だ!
「じ、軸受?」
なにやら思いついた感じの試くんが興奮気味に自身のアイディアを口にする。
相変わらず、わたしにはなんのことやらサッパリだわ。
「由乃はバンシーさんに頼んで、ヒトミさんもう一度、ここへ来るように伝えてくれ!」
「試くんはどうするの?」
「おれは研究所に戻って必要なものを工作してくる。大したものじゃないから、すぐに出来上がるさ。それじゃあ、よろしく」
用件だけを言い残し、あとは一目散に駆け出していく。
まあしょうがないわね。彼を信用して、おとなしく待つとしましょう。
◇◇◇
ふたたび
ほどなく、庭園の向こう側から息を弾ませてこちらへ駆けてくる男の子の姿が見えた。
「おまたせ、ヒトミさん。申し訳ないね、何度も足を運んでもらって」
「とんでもございませんわ、マスター。わたくしのためにこれほどのお骨折りを……。感謝いたします」
そう挨拶をして、心持ち頭を下げるように体を揺らす。
なんと言うか、ヒトミさんは作法に厳しいけれど、それは自分自身を含めた礼儀を重んじるからなんだと思った。怖いけれど、悪い人では決してない。
「ちょっと不格好だけど、有り合わせで作った。これを使おう」
「ん? なにそれ……」
男の子が見せつけるように持ってきた小道具を白衣のポケットから取り出す。
それは細い板に事務用の椅子を動かすキャスターが左右にふたつ付けられた、『車輪』であった。板の中心には登山などで扱う、落下防止用の小さなカラビナが止められている。
「これは重りだよ。勝手に飛んでいかないための。ただし、自由に動き回ることも可能だ。ヒトミさん、ちょっと失礼……」
アイちゃんからヒトミさんの糸を受け取り、それを小道具のカラビナに結びつけた。車輪を地面に置いて、ヒモから手を放す。
ふわふわと風にそよぐ”ビホルダー”のフレンド。でも、その体は糸に繋がれた車輪の重さによってビクリともしなかった。
「でもこれだけじゃないんだ。ヒトミさん、自分で動こうとしてみてごらん」
試くんの言葉に、ヒトミさんは体を揺らすようにしてヒモを引っ張る。その動きに倒れていた小道具が立ち上がり、コロコロと車輪が回りだした。
ヒトミさんが行こうとする方向に重しの小道具は追随していく。
「どうだい? これならある程度、自由に動き回ることも可能だ。すべてをアイちゃんに委ねるのではなく、自分の意思で移動するか、途中の糸を引いてもらうかも選択できる」
「す、すばらしいですわ、マスター! このわたしが自分だけで動くことが出来る! それに、この状態でしたらアイちゃんも腕を下げたまま、わたしを引いていけます」
新たなアイテムを使った斬新な方法に感動しきりのヒトミさん。
なるほどね。これなら風に流されることもなく、アイちゃんの負担を減らす方法にもなってる。よく考えられていると思った。
ただし、わたしにはこのアイディアの元ネタがバルーンショップで売っている、犬の形をした風船にコロコロと転がる重しの車輪を付けた商品なのだという確信めいた予感があった。
リード代わりにヒモを引いているアイちゃんの姿は、まさに風船を買ってもらった幼女そのものだ。
「これで今日からは安心して休めることで出来ますわ。工事の方は問題なく進めていってください」
「よかったよ、ヒトミさん。それにアイちゃんも。今日からは安心して眠ってくれ」
「さあ、アイちゃん。それではダンジョンに戻りますわよ。マスターも由乃さんも本日はお疲れ様でございました」
丁寧な挨拶を交わし、地下迷宮への入り口に帰っていくヒトミさんたち。
階段を降りる直前、アイちゃんがわたしたちの方を振り返り、深くお辞儀をした。
それまで一切、感情を表に出すことがなかったフレンド型の使い魔。
彼女の精一杯の気持ちが込められているように見えた。
「よかったね。アイちゃんもうれしそう」
「そうなのか? てっきり、ヒトミさんの真似をしているだけだと思ったけど……」
「……夢のない感想ね」
まったくおなじものを見ていても、別々の感想を抱く。
人間というのはつくづくおかしなものだわ。
◇◇◇
次の日、あいも変わらずに空はまぶしく晴れ上がっている。
今日も今日とて、
「ミノタさん、おつかれー!」
「やあ、マスター。今日もいい天気で良かったね。おかげで仕事がはかどるよ」
「問題も無事、解決した。今日からはノートラブル、ノーアクシデントでいこう」
すっかりガテン系の雰囲気に馴染んでしまっているふたり。
陽光の下で進める労働には、人の心をポジティブにさせる何かがあるのかもしれない。
「ん……。何かあそこで動いてない?」
視線の中でゆらゆらとした丸い物体がこちらに近づいてきていた。
そよぐ風に時折、煽られ、右に左へと進路が曲がる。
「ヒ、ヒトミさんかな? もしかして……」
「もしかしなくてもヒトミさんでしょ、あの丸いフォルムは。それにしても変ね。アイちゃんの姿がどこにもないわ」
「と、とにかく、迎えに行ってみるか」
わたしたちが近寄ると、”ビホルダー”のフレンドは体を震わせて緊急事態を伝えてきた。
「ああ、マスター。実は昨日からついつい楽しくて、ダンジョン内をひとりで探索していると、いつの間にかアイちゃんの姿がどこかに消えてしまったのです……」
ヒトミさんが涙ながらにわけを話すと、試くんは困ったように片手で顔を覆った。
それからおもむろにミノタさんの方へ向き直る。
「ミノタさーん! モビルタロスを半分、使い魔の捜索に回してもらっていいかな?」
「え? で、でも、いま人手を割かれると、工期の予定が遅れちゃうんだけど……」
現場監督が苦労をにじませるように訴えた。
「しょうがないんだ。ここのモットーは何よりも『フレンド第一』だからね……」
結局、問題のしわ寄せはすべて現場に押し寄せる。
誰かの夢を守るには、誰かのたゆまぬ努力が必要なのだわ。
CASE #05 END
イマジナリー・モンスターフレンド ゆきまる @yukimaru1789
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