CASE #05 ビビビのビホルダー
#035 クレーマー・クレーマーズ
日差しがまぶしい春の日。
ここ、『
しかし、目立つのは銀色の
「ミノタさーん、おつかれー!」
「やあ、マスター。それにトモミさんもご苦労様」
わたしたちの声に反応して、手にした図面から顔を上げたミノタさんがこちらを向いた。
いつものホルスタイン模様の衣装とは違い、いまは長袖のシャツに下は腰の部分がゆったりと膨らみ、足首で絞られているデザインの作業服を履いている。
ニッカポッカというやつらしい。
頭には黄色の安全ヘルメット。その姿はどう見ても建設工事の現場監督さんである。
今回の修復作業を監修するに当たり、自ら衣装を変えたらしい。とことん現場主義なフレンドである。
「すまないね、ミノタさん。ダンジョンの修復工事なんて面倒な作業をおまかせしちゃって」
「気にしないでよ、マスター。もともとはぼくが作り上げた場所だからね。他人に構造を理解してもらうのがそもそも無理なんだ」
”リッチ”のフレンドであるキリ子ちゃんが自ら作り出した石の巨人によって、
当初、予定されていた外部企業の手による原状回復は地下構造の複雑さ故、早々と見送られた。人間にはミノタさんが生み出したダンジョンを元の状態に戻す技術はないとのこと。
「工事の
「思っていたよりは楽だよ。タロスくんの眷属が想像以上によく働いてくれるからね」
「元と違って、使い魔の方が優秀なのね……」
「命令に従うだけだと、余計な思考回路がいらないからな」
試くんが身も蓋もない言い方でタロスくんをそう評価した。
しかし、声とは裏腹に最初、迷宮庭園で居並ぶモビルタロスを目にしたとき、興奮気味に機構を解析していたのは彼である。
こうして、工事はミノタさんをプロジェクトリーダーとしたフレンドたちの手によって進められていった。主要な人員はタロスくんが大量に
わたしと試くんは午前と午後、現場の様子を確認するためにここを訪れていた。
万が一のことを考え、二人とも頭には安全ヘルメットを着用している。
現場を預かるミノタさんから、これだけは絶対に守るよう強く言われているからだ。
「あれ、そういえばバンシーちゃんはどこにいるの? 使い魔のウィリーウィリーはそこら中で見かけるのに」
「彼女にはぼくと各モビルタロスの連絡を担当してもらっているんだ。集中運用が必要だから、庭園に専用の個室を作ってそこにいてもらってるよ」
見事なまでの役割分担。というか、ミノタさんの邪魔にならないよう、気を使って遠くにいるわけか。愛だね、バンシーちゃん……。
「本当にすごいわね、三人とも。これじゃあ、わたしたちの出る幕なんてどこにもないわ」
「その代わり、工事に直接、関係のない問題はこちらで解決するわけだからな。ミノタさん、何かあればすぐにおれたちへ知らせてくれ」
まるで下請け業者を見舞うデベロッパーの担当者である……。
そんな感じでのんきに見守っていると、一匹のウィリーウィリーがミノタさんの耳元へ何かを告げているのが見えた。
「え? ほ、本当なのかい……」
「どうかしたのか、ミノタさん」
「あの……。ダンジョンの周辺住民からクレームが入ってるって報告が……」
さあ、法務部の出番よ!
◇◇◇
迷宮庭園の生け垣をパーティションとして作られた個室。
そこを応接間代わりにして、わたしたちは相談窓口を用意した。
いまはふたりとも工事関係者が残していったパイプ椅子に腰掛け、来客を待ち受けている。
「クレーム対応なんて、やったことないけど大丈夫かしら?」
「おれだって経験はないよ……」
「でも、誰なんだろうね。ダンジョンの住人て?」
「さあな。なにせ、数だけはやたらと多いのがダンジョンにいるフレンドだ。来てみないことにはサッパリわからない」
わたし同様、困惑しきりの試くんが緊張した面持ちで答えた。
基本、先の展開が読めない突発的な事態には弱いんだよね……。
「あれ?」
何かの気配を感じて、生け垣に目を転じる。
そうすると、目隠し代わりの垣根の上にふわふわと漂う、怪しい物体を見つけた。
まるで風船のような浮遊物は段々とこちらへ近づいてきている。
「あ……!」
「どうかしたの?」
「よりにもよって、ヒトミさんか……」
試くんが不意に相手の名前らしき単語を口走る。
ヒトミさん……? 随分と人間っぽい名前だなと思った。
そして、部屋の入り口として開けられていた生け垣の隙間。そこに問題の相手が姿を見せる。
見えたのは、長い前髪で右目が隠された目つきの鋭い女の子だった。
細い手足に人形のような体型。身につけている黒いTシャツには勢いがある白い文字で、『このロリコンどもめ!』という文章が記されていた。
下半身には黒と黄色の横縞模様で塗り分けられたハーフパンツを履いている。
足元はなぜか素足に下駄履きであった。
そして、女の子は片手に風船のヒモを握りしめている。
ふわふわと頭上に浮かぶバルーンには、まるで眼球のようなひとつ目が描かれていた。
「彼女が”ヒトミ”さんなの?」
「いや、あれは……」
試くんがどうにも困ったような表情のまま、いきなり立ち上がった。
そして、目の前の現れたフレンドに向き直り、ふかぶかと頭を下げる。
わたしもあわてて彼の行動に追随した。
「この度は大変、ご迷惑をおかけいたしまして、誠に申し訳ございませんでした!」
ハキハキとした声で、深く謝罪の言葉を口にする。
なんだろう。このものすごく慣れた感じの対応は……。
「あ、あの……。椅子をご用意させていただきましたので、よろしかったらおかけ下さい」
顔を上げて、問題のフレンドを対面に置いてあるパイプ椅子に誘導する。すると女の子はトコトコと椅子に近づき、片手に持った風船の糸を背もたれのパイプに結びつけた。それから、自分自身は椅子の後方に立ち位置を変える。
「え……。ど、どういうこと?」
「
ビホルダー。ダンジョンの奥深くに生息する、かなり強いモンスターだと資料では読んだ記憶がある。姿形はとても大きな目玉に、いくつもの蛇が
なぜか日本では
「でも、その割にはあんまり元の姿が反映されていないわね……」
それっぽいのは椅子にくびりつけた目玉のデザインをしたバルーン程度で、あとはなんと言うか
すぐ隣にいて、まだ表情を固くしている男の子にそっとつぶやいた。
「ちょっと、あなた。初めて見る顔だけど、マスターの関係者かしら?」
唐突に前方から女の人の声が聞こえた。驚いて顔を上げると、風船に描かれた目玉とバッチリ視線がかち合う。
え? なに? なんなの、これ?
ほとんど事態が飲み込めず、あたふたとしているわたしに試くんが横から助け舟を出そうとする。
「由乃は初めて会うから知らなくて当然だけど……」
「はい?」
「ビホルダーのフレンドは、目の前にいるヒトミさんなんだよ」
ちょっと、何言ってるのかわからないわ。
「ん? 本体……。この風船が……? え、でも、フレンドっぽいのが椅子のうしろにいるわよ」
「あの子はヒトミさんが作り出した、使い魔の『アイちゃん』だ……」
にわかには信じがたい現実に頭の中が軽くパニックを引き起こした。
これはまた、とんでもないクセ玉が登場してきたわね。
眼球だけに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます