#034 隣の星を見つけて
太陽が山の稜線にかかり、空に昼と夜の境目が生まれた。
石造りの大きな足がよっつ残されている
巨人の材料とされたダンジョンの表層には、大きな穴が
「これから大変だね」
目の前には簡易的に設けられた転落防止用の柵がいくつも置かれ、目立つような場所には『KEEP OUT』と書かれたテープがたくさん張られている。
「問題はないさ。明日から工事を進めて、すぐに元通りの状態にして見せる。フレンドが安心して過ごせる環境を整えるのがおれたちの使命だ」
試くんは応急措置が取られた
「昼間はあんなにたくさんいたフレンドが、いまは誰もいないのね」
「あまり見慣れない外部の職員が出入りしていたからな。怖かったんだろう」
「そう言えば、わたしも最初の頃はあまりフレンドの姿をみなかったわね」
「人間に近い姿をしていても彼女たちはそもそも、人とは離れた場所に住む存在だ。見知らぬ相手には警戒して身を隠す。おれたちは特別なのさ」
「……そうか、わたしはようやくみんなに受け入れてもらったのね」
そう考えると、なんだかとても嬉しくなった。
いまや多くのフレンドがわたしの前に平然と姿を現し、屈託のない笑顔を向けてくれる。
「そういえば、まだちゃんと言ってなかった」
「ん? どうしたの」
「今日は由乃がいてくれて助かった」
「何よ、急にあらたまって……。それにわたしなんかより、バジー様やタランテラちゃんの方が何倍も活躍したわ。もちろん、
正直に言って、今回もわたしが果たした役割は大したものではない。せいぜい、試くんに頼まれたおつかいを無事にやり遂げたくらいだ。それだって、帰りはコッカちゃんとバジー様の助けがあったわけだし。
「今日一日だけの話じゃない。由乃の協力がなかったら、いまでもおれはライムを救うことが出来なかった」
「あ、例の『水まんじゅう』のこと? しっかりとした餡のタネのまわりを柔らかい皮で包む。ライムちゃんを自力で立てるようにしたのも同じ発想なんでしょ?」
「そうさ。でも、冷静になればそれは別に特別なことじゃない。ある程度以上の大きさを持つ地上の生き物なら、みな堅い骨のまわりに筋肉をまとって動いている。
「そうなの?」
「大切なのは、落ち着いて『考える時間』があったかどうかなんだ。埋さんにはそれがなくて、おれにはあった……。違いはそれだけだ。その時間をおれに与えてくれたのは間違いなく由乃のおかげだ」
そんな風に言われてしまうと妙に恥ずかしいわね。
お手伝い程度にしか役に立たない自分でも、それが結果として彼の助けになったのなら、それは喜ばしい限りである。
「だからおれはいまこそ、キチンとした言葉で由乃に伝えなくちゃならないんだ。自分の正直な気持ちを」
一瞬、弾むように胸が高まった。
嬉しさと同時に怖さがこみ上げる。
「な、なにかしら?」
可能な限りに平静を装い、次の言葉を待つ。
「これからもここにいて欲しい。ひとりでは何も出来ないおれを助けてくれ」
「それだけ?」
「え? 何か言い方が悪かったのか……」
ああ、いけない。また独りよがりな期待に心を動かされていた。
試くんはいまの自分に精一杯の言葉でわたしの存在を認めてくれている。
その気持ちにウソはないのだ。
「違うのよ。いまさらそんなことを真顔で告げられたからちょっと驚いただけ。大丈夫だよ、わたしはどこにも行かないわ」
「本当か?」
「そんなに必死な顔をしないで。何より、ここにいるフレンドたちはわたしにとっても大切な友達よ。彼女たちのお世話を試くんひとりにはもう任せられない」
「あ、ああ……。そう思ってくれると、あの子たちもきっと喜ぶよ」
いまはこれでいい。
わたしにはわたしの、試くんには試くんのやるべきことがある。
その中でお互いを支えにしていけばいいのだ。
「そう言えば、今日の帰りはどうするんだ? 必要だったら、千田河原に車で送ってくれるよう伝えるけど……」
「大丈夫よ。昼間の事件のせいで遅くまで他の職員もいるから、特別にバスを回送してもらえるらしいの。それに乗って帰るわ」
「そうか……。だったら急いだほうがいいな。もういいから先に施設へもどってくれ。おれはもうちょっとだけ、ここの様子を見ておくよ」
なんだか妙にやさしいから口調から察すれば、少しの間だけひとりになりたいのだろう。
知り合ってまだほんの数ヶ月だけど、徐々に声と態度から伝えたいことがわかるようになっていた。
彼をその場所にひとりだけ残し、大きく開かれた庭園に向かっていく。
途中で不意に思い出したことがあり、もう一度うしろを振り返った。
「そう言えば、最初に会ったとき。
別に騙されたとは思っていない。埋さんが旅に出たという事実は変わらないから。ただ、現実はもっともっと深い事情が隠されていた。
「もし、他の誰かがこのセンターを訪れたときは、そう告げるように言われていたんだ。負けず嫌いな性格だから、かわいそうだと思われるのがイヤだったんだろうな……」
「……そういうことだったのね」
「埋さんらしいよ」
残念だけど、わたしは試くんと同じ結論にはたどり着けなかった。
きっと埋さんは、あとに続くわたしのような人間が本当のことを知って、無駄にプレッシャーを感じないよう、気を使ってくれたのだと思う。
彼女の他者を決して傷つけまいとするやさしさは、この童呼原の地に息づくフレンドたちの様子を見ていればよくわかる。
あの子たちはみな、埋さんが残した子供たちなのだ。
「また明日ね、試くん」
「ああ、またな……」
明日を約束して、その場を離れる。
大丈夫、わたしは次の日も変わることなく、この童呼原の地を訪れるのだ。
◇◇◇
迫る夕闇に少年はひとり身を置いていた。
思わず上を見上げ、まだオレンジ色が残る空にいくつか星を探した。
だが、その行為に虚しさを覚えたのか、すぐに頭を下げて、さっきまで女の子が歩いていた庭園の方を見やる。
「いくら星空を眺めていても寂しさは紛れない……。埋さん、少しだけあなたが本当に言いたかったことがわかったよ。ひとりでは孤独を埋められない。必要なのは、そばにいてくれる誰かを見つけることだ。そうでしょう?」
ここにはいない誰かに向けて、静かに問いかける。
答えるように山の方から一陣の風が吹いた。
「また明日もきっと騒がしい一日なんだろうな……」
何かが起こる予感に少年が嬉しそうな声を出す。
その時が来るのを待ちきれないように笑顔を浮かべた。
CASE #04 END
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