#033 タロスの鼓動

「何かあったのか?」

「巨人の様子がおかしいんだ。すでに動けないと思っていたけど、ついさっき頭がもう一度、持ち上がった。なんだか、怪しいよ!」

「キリ子、まだ何かするつもりなのか……」


 試くんが神妙な面持ちでタラちゃんの報告を受ける。


「あれ……。そこにいるのはライムなのか?」

「うん。マスターのおかげでひとりであるけるようになったの」

「……そうか、よかったね」


 仲間の新しい姿を見て、小さく微笑む。

 その時、わたしたちがいる巨人の体が急に激しく揺れだした。


「なんだ! 何が起こっている?」

「やっぱり、ここは危険だ! マスターたちは早く、その使い魔で脱出して!」

「でも、ライムが……」

「彼女はぼくが連れて行く。ライム、この中に入って!」


 タラちゃんがそう言って、背中のリュックサックを開ける。ライムちゃんが袋の中に足を入れるが、いまは真っ直ぐな骨組みが邪魔をして腰までしか入らない。


「大丈夫だ、ライムはぼくの肩につかまって!」

「ほ、本当に平気なの、タランテラちゃん?」

「ぼくもライムも壁の昇り降りは問題ない! それよりもマスターたちは自力で地上へは戻れないんだから急いで!」


 蜘蛛女アラクネのフレンドがライムちゃんの入ったリュックを軽々と背負いながら、わたしたちに脱出を急かす。

 確かに言われてみれば、タラちゃんはその名の通り蜘蛛の力で。ライムちゃんだって、そもそもは高い粘着性を持つ体が特徴なのだ。

 ふたりとも高い場所から移動するなどたやすいのだろう。だとすれば、ここは自分たちの安全を第一に考えたほうがいいのかもしれない。


「由乃、おれたちもさっさとここを離れよう」

「そうだね……。なんだか、嫌な予感もするわ」


 そして、わたしたちはふたたびドラバーンにまたがって、巨人の胸から飛び出した。行きとは違い、帰りは高い場所からの発進なので楽々と滑空状態に移行する。

 地上へのランディング地点を探りながら周囲を旋回していった。

 下を見ると、糸を使って巨人から離れ、近くの建物に退避しているふたりのフレンドの姿が確認できた。


「よかった。タランテラちゃんたちも無事に逃げ出してる」

「キリ子め。システムの有効範囲を狭めているのか」

「でも、ライムちゃんはもういないのにどうやって?」

「残ったライムの生体部品を集めて、再起動をかけるつもりだ……」


 試くんがキリ子ちゃんの狙いを洞察した瞬間、巨人の体が大きく震えた。

 そして、長い腕の手首から先がまるで切り落とされたように地面へ落下する。

 続けて、バジー様たちの石化攻撃によって動くなった足が、膝から下を置いて分離した。台座から降りていくように新しいつま先が地面に降り立つ。


「あいつめ! 不要な部分を捨て去って、リサイジングしたのか?」

「急にそんなことして、よくバランスが取れるわね……」

「制御管制がタロスだからな。多少の無茶は物理演算で処理してしまうんだろう」

「あの、ポンコツ。そんなにすごいの?」


 にわかには信じがたい男の子の高評価。眉唾まゆつばに感じて、つい不信を口にした。


「思考回路がバグだらけなだけで、中身はオーパーツのかたまりだ。うめるさんもそれをわかってて、わざとデチューンしたんだろう。キリ子のような本物の技術者に使われると、本来の能力が開放されてしまうんだ」

「敵に使われて強くなるとか、いい迷惑よね……」

「やっぱりタロスをどうにかしないと問題は解決しないな」

「え! でも、どうやって? いまは完全にキリ子ちゃんの制御下だよね」

「まあ、なんとかなるさ……」


 わたしの心配をよそに試くんは余裕を感じさせる口ぶりでうそぶく。

 それから降下のタイミングを見計らい、ドラバーンをふたたび迷宮庭園に着陸させた。


「試様! ご無事ですか?」


 使い魔の背中を降り、庭園の出口に向かうと、そこに千田河原せんだがわらさんとほかのフレンドたちがいた。


「大事ないよ、千田河原。それよりも相手の様子はどうだ?」

「先程から、探るような足取りで少しづつ歩いております」

「ジャイロ機能の調整に手こずっているのか。倒れたら最後だからな。高さは十四、五メートルといった感じだな」

「それでも十分に驚異的な大きさです」

「まあな、ところで……」


 一拍置いて、試くんが千田河原さんに顔を向ける。


「一撃で倒せるか?」

「動きさえ止まってしまえば容易に。ただ、ああも小刻みに動かれますと狙いが定まりません」

「やっぱりあれを使うしかないか……。コッカ、預けておいた荷物はどこだ?」


 試くんがうしろを向いて、フレンドのひとりに声をかける。

 そうすると、両手でプラスチック製の黒い筒を抱えたコッカちゃんが前に出てきた。


「ここにありますよ。どうぞ、マスター」

「ん……、ありがとう」


 ペーパーホルダーから用紙を取り出し、包みは下に落とす。

 両手で青写真ブループリントを大きく広げると、なにやらアニメにでも登場しそうなスタイルのいいロボットが描かれていた。

 気持ち斜めに構えて直立し、両手を下げたポーズで拳を握りしめている。

 細かい数値が書き込まれ、製図画の一番上には『GMMー001RZ』と型番号が振られていた。


「なにこれ?」

うめるさんが報告書の裏側にイタズラ書きしていたのをおれが図面に起こした。面白そうだったからな」


 そんなことしてるから余計に時間がなくなるのよ……。

 若干、あきれているとバツの悪さを覚えたのか、試くんがごまかすように声を出す。


「あいつは結局のところ、埋さんが作り出した人工知能だ。情報を集め、経験を積めば積むほど、その性格は創造主と似たような偏重を顕著にする。まるで、子供が成長して親と似てくるようにな……」

「その理屈と手にした設計図がどう関係するのよ?」

「まあ、見てろって……」


 不敵な笑みを浮かべながら、図面を巨人に向けて見せつけるように掲げた。


「これを見ろ、タロス!」


 大きな声で呼びかける。

 巨人の視線が不自然にこちらを向いた。

 多分、いまごろ頭部のコクピット内で慌てふためいているキリ子ちゃんの姿が容易に想像できる。駄目よ、あんなのを信用しちゃ……。


「こいつは埋さんとおれで考えた、お前の強化改修策だ! この計画が実行されたとき、お前は『ゼータロス』として生まれ変わる! そんな石で出来た不格好な形じゃない。変形機構を実装する空間戦闘能力を大幅に引き上げた最新デザインの機体だぞ! さっさと戻ってこい!」


 試くんが得意げに自らの案を示しながらタロスくんへ帰還を求める。

 同時にすぐそばで待機していた、わたしにだけ聞こえるような小声でポツリとつぶやいた。


「ま、あくまでもペーパープランニングで実現の可能性はないんだけどな……」


 見つめた横顔にはこれ以上ないくらい、意地悪な表情が浮かんでいる。

 魔物でなくても悪魔に魂を売り渡す存在がいることをわたしはこの日、学んだ。


「近代化改修、高速移動形態、カトキダチ。アア……。ナンテ、ウツクシイ言葉ノ数々」

「こ、こら! あんな戯言ざれごとに騙されるな! あいつはそういった甘い言葉でお前を騙そうとしているだけだぞ!」


 鋭いわね、キリ子ちゃん……。まったく、その通りよ。


緊急警報エマージェンシー! 緊急警報エマージェンシー! 強制脱出モードヘ移行シマス。周辺人員ハ安全地帯ニ至急、退避!」

「こ、こら、待て! こんなところで飛行モードに入ったら……」


 キリ子ちゃんの叫ぶような声に続いて、巨人の頭部からものすごい噴射音が聞こえてきた。

 次の瞬間、巨人の頭を吹き飛ばし、天高く飛翔する銀色のドラム缶が視界に映る。一筋の白煙を描きながら、タロスくんはぐんぐんと高度を増していった。すぐにその姿は空の彼方へ見えなくなる。


「う、うわあああああ!」


 残されたキリ子ちゃんが破壊された巨人の頭部で煙にまみれながらもがいていた。

 その拍子に足を滑らせて、高所から落下する。

 いかにフレンドと言えども、あの高さから落ちてはただでは済まない。

 そう思って一瞬、ヒヤリとしたがいつの間にか巨人の足元に駆けつけていたミノタさんとタラちゃんが、網のように蜘蛛の糸を広げてキリ子ちゃんの体をしっかり受け止めた。


「よし、いまだ! やれ、千田河原!」

「承知いたしました。試様」


 試くんが命令を下すと、千田河原さんが動きの止まった巨人に向かい、小走りで駆け出していく。

 距離を見計らって大きく跳躍し、右足をまっすぐに伸ばした。

 勢いをつけたまま、巨人の胴体に飛び蹴りの姿勢で激突する。

 次の瞬間、強烈な爆発音とともに石造りの魔物は両足を残して跡形もなく四散した。

 辺りに降り注ぐ瓦礫がれき只中ただなか、着地を決めた千田河原さんがゆっくりとこちらを振り返った。

 子供の頃に見ていた特撮ヒーローの思い出が蘇る。


「くそ……。このわたしのフランケン壱号がこうもたやすくやられてしまうなんて」


 崩壊する巨人の欠片を避けるため、半ば強引にわたしたちのもとへと連れてこられたキリ子ちゃん。

 自身の作り出した使い魔があっけなく倒されてしまい、力なく地面に腰を下ろしている。


「わたしの負けだ。最重要エリアでもどこでも好きな場所に閉じ込めるがいい……」

「キリ子、何を言ってる。おれは別にお前が使い魔で暴れたことなんて怒っていないぞ」

「な、なにを?」

「おれが許せなかったのは、他のフレンドを巻き込んで危険な目に合わせたことだ」

万条目試まんじょうめためす。貴様はこのわたしに情けをかけるというのか?」


 かたくなな態度を崩さない”リッチ”のフレンド。

 そのかたわらに試くんが近づいていき、膝を落として目線を合わせた。


「情けをかけるほど、おれは偉くも立派でもない。お前がまた知恵比べをしたいと言うなら、いつでも好きなときに相手をしてやる。遠慮なんてする必要はないんだぞ、キリ子」


 静かに語りかけたあと、彼女の頭に手を置いて、銀色の長い髪をやさしく撫でる。


「……ふ、ふざけるな。次こそは貴様に吠え面をかせてやる! 覚悟しておけ、万条目試」


 意地っ張りな女の子が顔を下に向けたまま、負けん気を示した。

 わたしには、その声がなんだかとても可愛らしく聞こえてしょうがない。


「ん……?」


 何かを感じたのか、試くんが不意に空を見上げた。

 わたしや他のフレンドたちも同様で、一斉に視線を上に向ける。

 空気を切り裂き、爆音を轟かせながら飛来する銀色の筐体。

 あっけにとられていると、タロスくんが逆噴射で制動をかけながら、わたしたちの目の前に着陸した。

 本当、無意味に高機能だよね……。


「タロス……」

「マスター。オマタセイタシマシタ。サア、イマスグ改修工廠コウショウヘ向カイマショウ」

「タランテラ、よろしく頼む」


 男の子が冷めた口調で蜘蛛女アラクネのフレンドに協力を求めた。

 その声に応じて、タラちゃんが素早い動作でタロスくんを糸でぐるぐる巻きにする。


「ナ? ダ、騙シタナ! アナタモワタシニ嘘ヲツイタ! 呪ッテヤル! タタッテヤルゾ!」

「機械のくせに、オカルトめいたことを言うんじゃない。いいから、じっとしていろ」


 動けないタロスくんの正面に近づき、試くんが両手の親指で相手の目の部分にあるプラスチックのカバーを深く押し込んだ。途端にタロスくんの電源が落ち、数秒後、ふたたびオレンジ色のランプが灯る。


「再起動、完了っと……。これで前回までのメモリーはすべて消去だ」


 そこ、リセットボタンだったのね。

 こうして、童呼原どこはらの地を騒がせた石の巨人による騒動は、ようやく終結を迎えた。

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