#031 巨人VSフレンド

 近くに巨人を見下ろす位置で、ドラバーンは周囲を旋回している。

 向こうもわたしたちの存在には気がついているようで、しきりに上空を警戒していた。

 まあ、頭を取られるというのは、誰だって嫌なものだろう。

 それでも、石を投げつけられては大変なので距離だけは取っておく。


「どうする? 迷宮の上に降りるというわけにはいかないぞ」

「そうだね……。あの巨人に狙われたら大変だもの」


 着陸地点が見つけられずに上空旋回を続けていく。

 地上にいる仲間も、どうやらわたしたちに気がついている感じだった。

 試くんがミノタさんに何かを呼びかけている。その声に応じて彼女がひと目、迷宮庭園の方を見た。それから、男の子がこちらを見上げながら、大きなジェスチャーで庭園を指差す。

 うながされ視線を向けると、庭園は姿を変えて、中央に”H”の形で生け垣がある広い空間が用意されていた。


「さすが、対応が早いわね。バジー様、あそこに降りて!」

「了解した。飛び込むぞ」


 巨人に邪魔をされない方向からドラバーンは迷宮庭園へのアプローチを敢行する。

 舵を取るバジー様は見事な手さばきで地上にタッチダウンを決めた。


「試くん、言われたものを取ってきたわ!」


 着陸後、すぐにドラバーンの背中を降りて、みんながいる戦場に向かった。

 庭園出口そばに待機していた試くんに持参してきたものを手渡す。


「ご苦労だったな。これで必要なものはすべて揃った」


 受け取ったナップサックからふたつの道具を取り出して、両手に収める。

 完成したばかりのデバイスには、真ん中に穴が開いていて、そこへ集積器のグリップハンドルを差し込んだ。

 そのまま器械の電源をオンにして稼働を始める。うなりあげて童呼原の大気を吸い込んでいく集積器。


「次はなんとかしてやつの足を止め、胸部のオブジェクト内部に取り付く必要があるな……。むしろ、そちらのほうが難問か」

万条目試まんじょうめためす、これはどういうことだ……」


 庭園の方からわたしを追いかけてやって来たふたりのフレンド。

 彼女たちは目の前の状況を確認すると、近くにいた男の子に説明を求めた。


「バジーか。心配をかけて済まないな……。すべてはおれの不徳と能力不足が招いた結果だよ」

「自虐に反省とはお前らしくもないな。で、どうするつもりなのだ?」

「キリ子がどういった手口であのモンスターを動かしているのかは大体、見当がついている。どう対処すればいいのかも頭の中ではとっくに計算済みだ」

「問題は?」

「それをどうやって実行するかだ。まず、なんとしても相手の足を止める。あれだけ軽快に動き回られると、それだけでやっかいだからな」

「ふむ……。では、そちらはおれ様たちにまかせてもらおう」

「……本気か?」

「王の寝所をおびやかそうとする愚行。その身で代償を払ってもらわねばな……。では、いくぞ。庭師よ、われに続け」

「もう! だから庭師じゃありませんってば!」


 フレンドたちはいつもの調子で掛け合いをしながら、臆する気配もなしに戦場へ飛び出していく。

 いきなり姿を見せた新手の勢力に巨人が警戒の様子を見せた。


「もう遅い。この間合いは我らの射程内だ。くらえ、『石 化 の 邪 眼ストーン・コールド・イービル・アイ』!」


 バジー様が放った石化魔法は的確に巨人の左足をとらえた。

 続けて、今度は逆方向からコッカちゃんが石化の呪文をお見舞する。


「こちらもです! 『石 化 の 魔 眼アイ・オブ・ザ・ストーン・フレッシュ』!」


 ふたりの連携攻撃によって、魔物の動きがピタリと止まった。

 正確には、足から根が生えたように地面から一歩も離れない。


「くそ、なんだこれは! 足首から下の反応がない」


 巨人の頭からキリ子ちゃんのいまいましげな声が響いてくる。

 なぜだか、石を使って出来ているはずの魔物に石化攻撃を加えると、相手は移動が不可能となってしまったのだ。


「地面にあるダンジョンの石材と癒着させたのか! 能力の相性が高いと効果も半端ないな……」


 いともたやすく敵の動きを封じたバジー様たちに、感心しきりの試くんが小さくつぶやく。


「これで目標の一段階目はクリアした」


 役目を終えたふたりが意気揚々と庭園前に引き返してくる。


「思った以上にうまくいったぞ。あの様子では五分などと言わず、半永久的にあのままだ」

「そうだな。あいつがあらがうことをしなければ……」

「なんだと?」


 指摘にバジー様が慌ててうしろを振り向いた。そこには両方の拳で足元の地面を激しく殴打している巨人の姿が映っているはず。


「やつめ! なんのつもりだ?」

「力づくで足元の岩を破壊し、また動けるようにしたいんだろ」

「感心している場合か! あれでは、すぐに自由を取り戻してしまうぞ?」

「わかっている。お前たちの努力は無駄にしない……」


 試くんが短く答えて、誰かを探すように視線を周囲に巡らせた。

 目的の人物を見つけ出し、大きな声で呼びかける。


「タランテラ。ちょっといいか? 頼みたいことがあるんだ」


 離れた場所で経過を見守っていたタラちゃんがその声を聞きつけ、足元に駆け寄る。


「いまの非力なぼくで役に立てるのかい?」

「力はあるなしは関係ない。大事なのは使い方だ」

「気楽に言ってくれるね……。で、何をすればいいのかな」


 男の子はタラちゃんへ何事か指示を下している。

 それを聞き終わり、”蜘蛛女アラクネ”のフレンドは少し困惑したような態度で要請を受け止めた。


「了解だよ。それになんの意味があるのか知らないけど、あれを止められるなら文句はないさ。それじゃ、行ってくる」


 短く答えて、巨人の周囲にある比較的、背の高い建物に登っていった。

 そこから糸を渡しながら、次々と魔物を囲むように移動を繰り返していく。


「なんのつもりだ? こんなものでわたしを止められるとでも思っているのか!」


 目障りと感じたのか、キリ子ちゃんは巨人の腕を大きく振り回し、張られた蜘蛛の糸を絡み取る。糸はあっさりと建物から剥がれ、巨人の腕や体にまとわりついた。

 それらはいつの間にか、体を構成する石と石の隙間へと入り深く食い込んでいく。


「くそ! いまいましい!」

「それが蜘蛛の糸というものだよ……。簡単にはちぎれない」


 ◇◇◇


 敵に糸を巻き付けたタラちゃんがふたたびわたしたちの前に戻ってきた。

 手には長く伸びた一本の蜘蛛の糸、つながる先は巨人の体躯のあらゆる場所に絡んでいる。


「お待たせ、マスター。あんな感じでいいのかな? 言われたとおり、胸の飾りの部分には念入りに食い込ませておいたよ」

「十分だ、ご苦労様。あとは糸をこいつに通してっと……」


 試くんが青写真ブループリントを入れていた円筒形のペーパーホルダーから蓋を外す。真ん中に開けた小さな穴にタラちゃんから受け取った蜘蛛の糸の先端を差し込んだ。


「これでよしと……。さあ、バンシーさん。こいつを持ってミノタさんを応援してあげて」

「は、はい……。わかりましたわ」


 すぐ近くに招き寄せておいた”泣き女”のフレンド、バンシーちゃんにコップのような形をした円筒の蓋を手渡し、仲間たちに声援を送るよう促した。

 これから何が起こるのか、まるで想像がつかないわたしは黙って成り行きを見守る。


「ミノタさあああああああんん!」


 空を震わせるほどの大音量。その振動が糸を伝わって、巨人の体に届いた瞬間。

 突如として破砕音が起こり、魔物の節々ふしぶしが爆発した。


「え?」

「思ったとおりか……。あれだけ滑らかな挙動。機械関節でも球体関節でもない、完全な流体関節でなければ実現するはずがないんだ。さあ、バンシーさん。どんどん、いこう」

「は、はい!」


 そして、バンシーちゃんが声を上げるたび、巨人の体はボロボロと崩れていく。

 終いには腕を上げることが難しくなるほど全身が壊れてしまい、胸の部分のオブジェクトはいまにも本体から脱落しそうになっていた。


「な、何だ、これは! 万条目試、貴様はわたしのフランケン壱号に何をした?」

「驚くようなことでもないだろ。獲物の振動を敏感にとらえる”蜘蛛女アラクネ”の糸、”泣き女”の広範囲に響く声、柔軟性を極限にまで高めた粘液上の生体部品。これだけ条件が揃えば、たかが石コロの魔物を破壊することなんて造作もない。これは、キャビテーションによる損壊現象だ」

「試くん、試くん……」

「どうかしたか?」

「一言でいま何が起きているのか説明して」

「…………でかい超音波洗浄機だよ」

「あーーー。再放送の『ガ○レオ』で見たやつか……」


 水中で人に向かって超音波を放つと、生じた圧力差で物体の表面に気泡が生じる。

 その泡が破裂する際、衝撃となって物体の表層を傷つける。

 船のスクリューを高速回転させると、プロペラが壊れてしまう現象も理屈は同じ。

 バンシーちゃんの声で蜘蛛の糸を振動させ、接触していた粘液上の関節部分に気泡を発生させたということね……。


「問題はそこに使われている生体部品の正体だ。タロスのCPU、タランテラの糸。あとひとつ、条件を満たすフレンドはひとりしかいない。キリ子、どうやってお前は彼女の協力を得たんだ……」


 試くんが怒りを押し殺した感じで、キリ子ちゃんに詰問する。

 そのとき、ギリギリでぶら下がっていた三角形のオブジェクトが重力に耐えきれず、ついに落下した。

 むき出しとなった巨人の体内。その内部が明るい日差しに露見する。

 そこに”スライム”のフレンドであるライムちゃんがいた。

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