#030 天駆ける合成獣

 坂道を駆け上がり林を抜け、ようやく中央施設が集中している区域へと戻ってきた。フィールドワークが得意だと言っても、それでフィジカルが強化されたわけではない。

 わたしは息を切らせ、フラフラとしながら研究所までの残り少ない道のりを進み続けた。


「えっと……。集積器は確か、ロッカーの中だよね」


 入り口の扉を抜け、まずは更衣室のロッカーから警備員が持つ誘導灯のようなハンディタイプの器械を見つけ出す。ナップサックに包まれていたので、袋ごとまとめて持ち出した。

 続けて試くんの机に向かい、そこに置かれたままの真新しいデバイスを手に取る。ナップサックの口元を緩め、無造作にしまいこんだ。

 これで、三つの内のふたつは入手完了。

 あとひとつ。青写真ブループリントと言うのは……?


「確か引き出しの中にあるんだったよね」


 一番下の大きな引き出しを開けて、中をのぞき込む。

 肩掛け用のナイロンベルトが取り付けられた円柱型の黒い物体。

 素材はプラスチックで出来ていて、意外と安っぽい感じだった。

 筒状のふたを取って中身を確かめる。ロール状に巻かれて入っていたのは、青地に何本も線が引かれている用紙だった。


「これね。なんに使うのかはまるで想像できないけど、とにかく必要なものは揃ったわ」


 指示されたものを肩に掛け、研究所の建物を出る。

 これからもう一度、走って現場に駆けつけるのだ。果たして体力がどこまで持つのか自信はない。


由乃よしのさーーーん!」


 建物の陰から見覚えのあるフレンドが飛び出してきた。

 丈の長い白のパーカーに黄色いハイソックス。頭に被ったフードの天辺には、トサカのような赤い飾り。

 女の子は”コカトリス”のフレンドであるコッカちゃんだった。


「ど、どうしたの?」


 相手の様子に少しばかり驚きながら尋ねた。

 コッカちゃんはわたし以上に息を切らしている。

 林の方から急いで駆けつけてきたのね。


「ま、待たぬか、庭師よ……。王を置いていくとは、許されぬ所業だぞ……」


 さらにその後、コッカちゃん以上に息も絶え絶えなフレンドがもうひとり姿を現した。

 こげ茶色のパーカーに、腰の部分が膨らんだ赤青の縦縞模様の半ズボン。頭のパーカーの上には小さな金色の王冠が被せられている。彼女の正体は、”バジリスク”のフレンドでわたしは『バジー様』と呼んでいた。


「誰が庭師ですか? 勝手に役職を付けないで下さい!」

「庭城をキレイに保つ使い魔たちの元締めなら、庭師で間違いなかろう」

「わたしの使い魔たちは、ついばむエサが多いから、あなたのナワバリにいるだけです」


 お隣同士で仲のよろしいこと……。

 まあ、バジー様が勝手にコッカちゃんを家来扱いしているようにも見えるけどね。


「えっと……。ふたりはどうしてここに?」

「そうでした! 実は林の整備をしていた千田河原のおじさまが、ものすごいで勢いで飛び出していったんです」

「そのあとにおかしな気配を感じたのでな……。気になってここへ来てみたんだ」


 そういうわけか……。

 離れていても、フレンドたちは敏感に異変を察しているのね。


「由乃さん。その様子だと、また異変の原因がいる場所に戻るんですよね? わたしたちも一緒に連れて行って下さい。フレンドだけでは結界を超えられないので……」

「ああ、そうか……。フレンドの状態だと、みんなは区域ごとのバリケードを超えられないのか」


 センターの心配をしてくれているコッカちゃんとバジー様。

 ただ、現実問題としてわたしは急ぎ、迷宮ラビリンスゾーンへ駆けつける使命を帯びていた。

 ここで体格的に足が遅いこの子達を引き連れていくというのは……。


「由乃朋美。お前が一緒であれば、もっと早く現場まで行けるぞ」

「え? バジー様、どういうこと……」

「簡単なことだ。使い魔を利用する」


 自信たっぷりで答えるバジー様。

 まあ、この子は根拠のない大言壮語をあまり口にしないタイプなので、取りあえず成り行きを見守ることにした。


「庭師よ、例のニワトリを一羽、出すがいい」

「な……。どうしてですか?」

「そう警戒するな。お前が創り出す眷属を土台とするのだ。おれの力でより強力な使い魔に組み替えてみせる」

「わかりました。時間がないので、いまはとにかくあなたに従います……」


 半信半疑のまま、エクトプラズマの塊から自身の使い魔である『白色グリフォン』を生み出したコッカちゃん。猛禽もうきんの首、ニワトリの体、爬虫類の尻尾を持つなぞの生命体が彼女の腕の中で誕生した。


「ご苦労。あとはおれ様に任せてもらおうか」

「は、はい……。さあ、ルーデンドルフちゃん。こわくないですよ」


 コッカちゃんが両手で抱えた白色グリフォンをそっと、バジー様に手渡す。

 ルーデンドルフと名付けられた使い魔は、初めこそ首や足をジタバタとさせて藻掻もがいていた。それでもバジー様が自分のエクトプラズマを注ぎ込むと、すぐに大人しくなる。

 それから、すぐにルーデンドルフの姿が大きく変わっていった。

 猛禽の首と爬虫類の尻尾はそのままに、白い羽に覆われた胴体が黒黒とした硬い鱗に変化し、翼はコウモリのような薄い皮膜を広げたものになった。さらに体全体が大型化していき、もはやバジー様ひとりで抱えることは不可能なほど。

 肉食恐竜のような太くたくましい後ろ足で地面に立ち、首の位置がわたしの頭を超えた辺りでようやく変化が止まった。


「まあ、こんなところだな……」

「バジー様、これは一体?」

「見ての通り、ふたりのフレンドによる”合成獣キメラ”だ。『ドラバーン』とでも名付けておくかな」

「試くんが好きそうなネーミングだなあ……」


 両者の発想にちかしいものを感じて、ひとりごちる。

 そうこうしていると、ドラバーンが腰を落とし、首を屈めて姿勢を低くした。


「それではさっさと出発するか……」


 さも当然とばかりに、バジー様とコッカちゃんがドラバーンへ取り付き、背中にまたがった。そして、さっさとしろと言わんばかりにふたりして視線をこちらに向けてくる。


「いくぞ、由乃」

「行くってこれで?」

「当たり前だ。そのために用意した」

「ひとつ訊くけど、どうやって?」


 予想はしていたけど、聞いてみるまではわからない。

 わたしの問いかけにバジー様があきれたような表情で短く答えた。


「飛ぶに決まっているだろう。早くしろ」

「うん。そうじゃないかと思ってた……」


 こうなってはしょうがない。怖さは残るが覚悟を決めて、ドラバーンにまたがっていく。

 そこだけは柔らかな首筋に両手をしっかりと廻した。

 何が怖いって、体を固定する方法が自分の両手足しかないということ。

 この状態で空を翔ぶというのは、ハッキリ言って無謀、極まりない。


「ほ、ほんとに大丈夫なの?」

「人ひとりにフレンドが二体。荷重はまだまだ余裕だ」

「そういうことじゃないんだけどね……」

「あとはお前が振り落とされないように、しっかりつかまっているだけだな」

「それが一番、不安なんだってば……」


 案の定、最大の懸念はまったく解消されず、命綱無しで行うアトラクションは決行される。


「さあ行くぞ。飛び立て、ドラバーン!」


 バジー様が命じると、魔獣は大きく翼をはためかせながら軽く駆け出した。

 不意にドラバーンの体が大地を離れ、浮遊感に包まれる。


「う、うわ! 本当に飛んだ?」

「当然だ。まずは高度を取って風に乗る!」


 指示を受けると魔獣は広げた翼に風を受け、ぐんぐんと上昇していく。

 十分な高さまで上がると、見下ろした視界に現在の迷宮ラビリンスゾーンが確認できた。


「なんだ! あの巨大な人型は?」

「あれが問題の魔物なの。”リッチ”のフレンドが創り出したらしいわ」

「創り出した……なるほどな。風穴を通れば、魔物は否が応でも大規模プラント地下にあるエクトプラズマの集積所に導かれ、強引にフレンド化されてしまう。だが、地上に出現した魔物はそのままの姿を維持するわけか」

「試くんと千田河原さんは、あの場所で魔物を倒すつもりよ」

「見たところ、石の巨人という感じだな。その割には随分と機敏に動いている」

「同じことを試くんも言ってたわ。運動性能がやけに高いって……」


 下の様子を見ていると、千田河原さんとミノタさんが連動して、相手の攻撃を封じようとしていた。それでも巨人はすばやい動きでふたりを相手にスキのない戦いを繰り広げている。戦況はどうやらあまりかんばしくない模様。

 何より、巨人の大きさが一番の脅威であった。あのサイズの打撃をひとつでも受けてしまえば、いかに千田河原さんとは言え、無事では済まないのだろう。


「とにかく近づいて上空を旋回しつつ、着陸できる場所を確保する。しっかり、つかまっていろ」

「ええ? ちょ、ちょっと待って、バジー様!」

「振り落とされるなよ」


 わたしの叫びを一切、無視してバジー様はドラバーンの行先を変更した。

 風を切り、突き進む合成獣キメラ

 その勢いはほとんど自由落下と変わらない。

 わたしたち三人と一匹は、あっという間に巨人がいる迷宮ラビリンスゾーン上空へと移動した。

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